歌舞伎では、お芝居の最中に「〇〇屋!」「待ってました!」と掛け声がかかります。
いわゆる「大向う」の方たちの声です。 

初めてだと思わず振り向いてしまうかもしれませんが、あれは「観劇中は静かにしなくちゃいけないのにー!」と目くじらを立てるべきものではなく、お芝居を盛り上げるためのものです。
私はあの掛け声も楽しみの一環として、歌舞伎を観に行きます。

結論から言ってしまえば、「大向うの掛け声はなくなってほしくない」という話です。
 

掛け声がなくなってほしくない理由


掛け声のいいところとして、まず「初心者の観劇のガイドになる」というのが挙げられると思います。

初めて歌舞伎座の幕見席に行ったのは、たしか菊五郎さんの「弁天小僧」だったと思うのですが、
「知らざぁ言って聞かせやしょう」のセリフのときに「待ってましたァ!!」と大きな声がかかり、ものすごくわくわくしたのでした。

このときの予備知識としては、このセリフが有名、ということくらいなもの。
でも、それがいつやってくるのか、どんな空気感で出てくるセリフなのかというのは分かっていませんでした。

しかしこの「待ってました」があったからこそ、私はあそこで「例のアレが来るのか!」と分かったし、余裕を持って名台詞を楽しめたのだと思います。

もし声がかかっていなかったら、「あれ、今のだよね?今のを聞いてれば良かったんだよね??」とちょっぴり不安だったかもしれません。

初心者的には、あの声はどこが見どころなのか知るためのガイドになり得ると思うのです。
そして、自分が「ここかっこいい!」と思ったところで「〇〇屋!」とかかると、非常に安心するのです。

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この「自分がいいと思ったところで声がかかると嬉しい」というのが2番目の理由で、歓声を代弁していただいているという感覚です。

たとえばミュージシャンのライブとか、スポーツの試合とか、感動するものに触れたときって「うぉー!」と大きな歓声が上がりますよね。
しかし劇場内でなかなかそうするわけにはいかず。

なので、自分が「ふぉー!」と思ったときに「〇〇屋!」とかけていただけると、その声にできなかった感動を代わりに声にしてもらった気がしてありがたいのです。

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3つ目としては、「掛け声が舞台から一番遠いところからかかっている」というのが大きいと私は思っています。
つまり、劇場全体を挟んで声が行き来しているわけです。

これにより、舞台から離れた席でも「劇場にいる」と実感できるんじゃないかな、と思うのです。

劇場全体の空気が客席側からも作られているというか。
自分は幕見席という最も舞台から遠い席ばかりに行っているので、尚更ありがたく思います。

裏を返せば、掛け声次第で劇場の空気がイマイチになってしまう危険性もあるのですが。。
それについては後ほど触れるとして。

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最後に、ちょっと身も蓋もない話かもしれませんが…

「掛け声がないと始まらない演目」というのがあるのです。
これ、初めて知ったときには「そんなことある?!」とびっくりでした。笑

私が観たのは「お祭り」という舞踊の演目なのですが、もしかしたら他にもあるのかもしれません。

「お祭り」は、鳶頭(もしくは芸者)の「待っていたとはありがてぇ」というセリフがある踊りです(芸者だと当然言い回しが変わります)
つまり、このセリフの直前、踊り手がきまったタイミングで誰かが「待ってました!」と声をかけてくれないと進まないわけです。笑

いや、もちろんそのくだりをなくして次のセリフを言ってしまえば良いのですが、せっかくならこのひとくさり、あった方が楽しいじゃないですか。。

で、このやりとりが楽しく成り立つのは、普段から掛け声がかかっているからだと思うのです。

もし掛け声がなくなったとして、この踊りが出たときに、いきなり「待ってました」と声をかけるのは違和感があるのではないでしょうか。

こういう演目を先々も楽しむことができるように、掛け声はかかり続けてほしいなと思うわけです。


掛け声はどうあるべきなのか?


とはいえ、「掛け声はかかればいい」というものでもなく。
結構この掛け声に関しては、いろんな意見を目にします。

観客全員が息を詰めて観ているような場面で声がかかってしまったり、掛け声のリズムや声質がいまいちしっくりこなかったり。
いろんなことがあるようです。

幸いなことに自分がそういう場面に出食わしていないのであまり言えないのですが、一つこれだけは!と思うのが、

初心者は絶対に声をかけない方がいいということです。

あの声は、ただ闇雲に屋号や「待ってました」を言っているわけではなくて、やはりタイミングというのがあるわけです。
そこを外すと、周りはもちろん、何より役者さんが気持ちよくできないと思うので、
決して初心者が「初心者だから間違えて当然」みたいな顔をして「歌舞伎楽しんでますー!」という雰囲気でかけていいものではないと思います。
(さすがにそういう方はいないとは思うのですが、考えをまとめるにあたって。)

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それとよく話題になる、女性による掛け声。

女性が掛け声をかけるのは好ましくないという声の方が(男女ともに)大きいように思いますし、伝統としてもかけないものだそうです。

これに対して、私は確固たる理由を見つけられないでいるのですが、やっぱり伝統芸能の世界では「そういうものだから」ということでいいのではないかと思います。

どうしたって男女で体の構造が違うわけで、出せる声も違ってしまいますし。

女性として、自分がものすごく感動したときに「あぁ、自分が男性であったならば…!!」と残念に思うことはあるのですが(笑)、
先述の通りあくまで役者を、芝居を、劇場の空気を盛り上げるための掛け声なので、自己満足のためになっては絶対にいけないと思います。

それは女性だからとか関係なく。



そんなわけで、いつもながらえっちらおっちらどこに行き着くか分からない記事になってしまいましたが、
要は、掛け声をかけるということは歌舞伎の世界には残っていてほしいし、
そのために、初心者であっても掛け声のあり方というものに気を配らなければならないな、と思ったので書いてみた次第です。