秀山祭昼の部、感想第二弾!

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昼の部ラストの演目は「沼津
「伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)」というお芝居の中の、有名であり見せ場となる一場面です。

前半は気楽な楽しい場面が続き、出演者が客席を歩いたりして盛り上がるのですが、後半になると一転、切ない悲劇が待ち受けます。

中村吉右衛門さん、歌六さん、雀右衛門さんという大好きな方々が作り出す、情に溢れた深みのある舞台に、後半から涙が止まりませんでした。。

多分、筋は理解しきれていないところがあると思います。
それでも胸打たれる、大切な時間を過ごすことができました。

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今月の特別ポスター。十兵衛(右・吉右衛門さん)と平作(左、歌六さん)の名場面。



■初心者でも楽しめるのか?


楽しめると思います。ただ、言葉が少々聞き取りづらいところもあると思うので、ネットなり筋書なりであらかじめ筋を知っておいた方が安心かもしれません。

前半はひたすら気楽に、肩の力を抜いて観られます!
後半、真実が次々明らかになっていくあたりで振り落とされず、それぞれの登場人物の行動の理由を理解できるかというのがカギ。

***

後半に関して言えば、(大いなるネタバレではありますが)以下のことが分かればおおよそ問題なく理解できるかと思います!

十兵衛(吉右衛門さん)と関係が深い人物・沢井股五郎(※今回の芝居には登場しません)が、お米(雀右衛門さん)の夫・志津馬(※芝居には登場しません)の仇。
・現在 股五郎の行方は分かっていない。
平作(歌六さん)は、実は十兵衛の実父。つまりお米は十兵衛の実妹。

=十兵衛と平作・お米父娘は、肉親でありながら仇だった!!


肉親の情をとりたいけれど、股五郎への義理もある十兵衛の苦しみと、
それを分かっていつつ、何とか股五郎の居場所を突き止めたい平作との緊迫したやりとり。

前半のほのぼのとした空気はどこへやら、壮絶なドラマが待っています。


■私はこう見た!ここが好き!


まずは楽しかった前半から。

舞台は沼津。東海道の宿場町なので、結構栄えている様子です。
茶屋の前を、物売りやら、町人やら、飛脚やら、いろんな人が行き交います。
何気ない場面ですが、一気に物語の時代にやってきた気分になれるところ。

ここで忘れてはならないのが、小川綜真くんの初お目見得ですね!
お父さんである中村歌昇さんと、叔父さんに当たる中村種之助さんの演じる夫婦に手を引かれ、上手からとことこ登場して花道に向かいます。

舞台にいる鎌倉の呉服屋・十兵衛中村吉右衛門さん)と、その荷物持ちの安兵衛中村又五郎さん)に声をかけられ、幕見席まで聞こえるお声でご挨拶。

「おがわそうまでございます、どうぞよろしくおねがいいたします」
の最後の「す」あたりで、気持ちはもうパパに抱っこされることに向いているのが非常にかわいらしい…!笑

はい、十兵衛と安兵衛めろめろですね
特にお孫さんの初お目見得とあって、又五郎さんは「目に入れても痛くない」とアドリブを。笑

何年かしたらいろんなお役をやるようになってくるのでしょうね!今からとても楽しみです。お顔が歌昇さんそっくり!

***

さて。
安兵衛を使いに走らせ、一人残った十兵衛のもとに現れる、一人の年老いた雲助(宿場町や街道で荷物持ちや駕籠かきを担った、宿を持たない人たちのことをこう呼ぶようです)

これが、この先の物語を動かしていく平作中村歌六さん)です。

平作の荷物持ちはいい感じにじれったくて笑いました!
すーぐに休むんですよ、天気の話なんぞ持ち出したりしながらさりげなく。笑

で、二人が荷物を持って歩き出したらお楽しみです。
平作と十兵衛、客席を練り歩いてくれます!

私は幕見席からの観劇だったので、残念ながら下界でどんなに楽しいことが起きているのか全く見えなかったのですが、
一階席のざわめきと笑いとがちょっとずつ場所を移動しつつ一周している気配があり、想像で補って楽しみました(豊かな妄想力)
知っていてなおかつ余裕があったら、ぜひとも一階席を取りたいところでしたね…!

ここで、「十兵衛が印籠から出した薬で、平作の足の怪我が瞬殺で治る」という場面があります。

この印籠、何でもないように出てきますが、今後の鍵になりますので覚えていてください。

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この平作の娘・お米中村雀右衛門さん)に惚れてしまう十兵衛。
流れで二人の住むあばら家におじゃますることに。

このね、お米を口説くセリフがいいんですよ。
直截的に言うのではなくて、「杜若をいい床に生けたい」という表現で婉曲に(本人目の前ですので遠回しでも何でもないですが)伝えるのです。
吉右衛門さんがとても気持ちよくこのセリフをおっしゃるので、何だかほんわかしてしまいました。笑

このあたりの場面、細かいポイントでふふっと気がほぐれる展開が続きます。

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ところが、床を敷いてそれぞれが眠りにつこうとするあたりから、様子が一変。

お米、こっそりと十兵衛の床に忍び寄り、先ほどの印籠を盗み出そうとします。
驚く十兵衛、激怒する平作。

ここのお米、非常にかわいらしいんです…!
いや、やっていることは本当にやってはいけないことなのですが、必死に印籠を隠しながら、悩み、泣く。
その懸命な姿の、何とも可憐なこと。。

さて、どうしてその印籠を盗もうとしたかと聞かれれば、夫の怪我を治したいからという。
ここから、冒頭で触れた怒涛の展開になっていきます。

お米の夫の正体、それと自分との関係、
平作・お米父娘と自分との関係…

お米が語り、平作が語るうちに、十兵衛はその複雑な関係性に気付いてしまうのです。

二人のために、その仇である股五郎の行方を知らせてやりたい。
一方で股五郎への義理もある。

結局十兵衛は何も言えないまま、それらの事実を二人に知らせるために、いろいろと「忘れ物」をして平作の家を出るのです。

去っていく十兵衛の、花道での「降らねばいいがな」というセリフ
物語の筋とは直接関係のない一言というか、重大な内容を含む一言ではないわけですが、

この重さがすごいんです。

たぶん、十兵衛の胸の内にはものすごくたくさん思うことがある。
でも、そのどれもがこの場では言えないことで。

言いたいこと、言えないこと、ともすれば溢れそうな気持ちが全部、この「降らねばいいがな」のセリフに凝縮されたような凄み

私はこの一言で泣きました。

***

十兵衛が平作の家に置いてきたのは、先ほどの印籠、そして金子。
実はこの印籠には股五郎の紋が入っており、金子を包んだ紙は、平作が幼い十兵衛を養子に出したときの書付でした。

全てを理解した平作、十兵衛を追っていきます。

平作、年老いて体が動かない設定で始まっているのですが、走ったり転んだりで実際の役者さんとしてはかなり動くのではないかと思いました。笑

去っていく十兵衛に追いつく平作。
ここからの二人の場面がまたいいのです。。

お互い、親子だと分かっています。でも立場上、それを明かせない。

平作、本当は息子を抱きしめてやりたいんだろうなぁと。
それでも懸命に自分を抑え、自分が今しなければならないことを最優先にするのです。

待ち受ける、止むに止まれぬ展開。

竹本の「孝行の仕納め」という詞章が刺さります
ここで、竹本も悲痛な声になるのです。

こんなはずじゃなかったんだろうに。本来ならばもっと、しかるべき再会の仕方があったろうに。

降り出した雨に、父親に笠を差しかけながら、股五郎の行先を「九州相良」と叫ぶ十兵衛の心の内。
当然、伝えている相手は平作ではありません。
近くで聞き耳を立てているであろう、お米に聞かせているのです。

平作の命の際に、二人はやっと、実の親子であることをお互いに認めます。
父親の膝にすがる十兵衛が切なくて切なくて。

立ち去りかける十兵衛ですが、振り返り、手に持った笠を取り落とし、今まさに息を引き取った父に対して手を合わせます。

この笠の落とし方が絶妙なんです。

「手を合わせたいから笠を置く必要がある」という物理的な理由もあると思います。
しかし、そんなのじゃ説明できない、もっとどうしようもない心の動きが見えるんです。
理由などなく、ふっと笠を取り落としてしまったという感じ。

本当に、最後の最後の細部まで、しみじみとぐっとくる舞台でした。


■まとめ


「完璧に筋は理解しきらなかったかもしれないけれど、どうにも泣けて仕方ない」という舞台がときどきあります。
これがまさしくそのパターンでした。

濃密で、何気ないセリフ一つ一つにずしんと重みがあって、全部そうなるとしか思えないような説得力で。
舞台の間近で観ていると錯覚するくらい引き込まれて、のめり込んで観ました。


名前だけは以前から知っていた「沼津」。
私が知っているのだから、有名な演目なのでしょう。
そんな大きな演目を初めて観るのに、この配役で観ることができて幸せです。