ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

2019年05月

「京鹿子娘道成寺」観てきました!〜團菊祭五月大歌舞伎(歌舞伎座) 夜の部感想


はい、

今月はしんどかったです!

過去に拝見した踊りがどれも素敵だった尾上菊之助さんが、「京鹿子娘道成寺」という大曲を、歌舞伎座で踊る。

この大曲には、これまでにずっと流れてきた「道成寺の系譜」みたいなものがあるわけで、その流れに今、自分が観ることができる今、菊之助さんという新たな花子が加わるわけで。

いえ、それはどの演目もそうなのでしょうけれど、一人でこれだけの時間踊り続けるという点において、そして女方の集大成とも言われる踊りという意味で、やっぱり道成寺は特別な気がします。

そうなると、単に「「道成寺」という演目を楽しみましたよ!」で終わりたくない。
「菊之助さんの道成寺」という見方をしたい。

そもそも道成寺を初めて通して観る自分が、「菊之助さんの道成寺」を覚えておくためにはどうしたらいいんだろう。
私は「道成寺」という演目そのものをどうやって観ればいいんだろう。 

いろいろと思い入れが強かったゆえに、気がつけばこの曲のことを考えていた一ヶ月でした。 

結局「菊之助さんの道成寺」という見方ができたかどうかは定かでないのですが、
何にせよ一生懸命だった今月の観劇の痕跡、ここにしたためておこうと思います。
いつも以上に独りよがりですが、何卒ご容赦くださいませ。

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■道行


黒地に花を散らした衣装で登場。
ここだけ音楽が竹本なのが面白いです(他の部分は長唄)。

花道で踊られるこの部分、「白拍子花子」と「清姫の霊」が渾然としていると思います。
詞章でも花子のいそいそとした娘っぽさと同時に、鐘への執着が語られます。

鐘を観ながら体に溜めを作ってじりじりと動き、「清姫」としての心情を見せたかと思えば、そのあとまたすっと「花子」としてのかわいらしさが見えたりもして、「ここから物語が始まるんだなぁ」と感じました。

この「道行」の踊り方で、その方が踊る花子の人物像みたいなものの一端が、少し見えてくる気がします。
菊之助さんの花子は、はっきり娘むすめしているわけではなく、かといって色っぽすぎず、おっとりとしたお嬢さんな感じ。 


■乱拍子/中啓の舞(花の外には松ばかり〜/鐘に恨みは〜)


黒の着物を脱ぎ、赤の鮮やかな衣装で再登場です。金の烏帽子をつけます。
ちなみにこの烏帽子と中啓(このときに使うお扇子)、歌舞伎座ギャラリーに展示してあり、自由に撮影ができましたよ!なりきり花子セット。

ここでは鐘のことが歌詞にたくさん出てきて、振りでも鐘を見るところがいくつかあります。

印象に残っているのは、「花の他には松ばかり〜」で一度花道の方に行き、七三で鐘を振り返るところ。
ここではキッと見上げるのではなく、ふっと引かれてしまう感じ。
きまった形の美しさよ。

そしてもう一箇所、この部分の終わりで「真如の月を眺め明かさん」で、たっぷり溜めて鐘を見上げるところ。
目が素敵なんです。鐘を見るときは目つきが変わるんです。 


■手踊り(言わず語らぬ〜)


しっとりとした曲調の、手踊りの部分。
烏帽子は外しますが、先ほどと同じ赤の衣装で踊ります。

細かいのですが、「つれないはただ 移り気な」のところがとても好きでした。

足を出して体を少し捻り、その足をちょっと上げて下ろす、その足先の何気ない表情が繊細で、かわいらしくてですね…
目線、足先、全てに拗ねている娘のいじらしさが溢れていました。

菊之助さんの踊りは、まっすぐだから好きなのです。
まっすぐというのは、決して「固い」「動いていない」ということではありません。
「素直」と言ったら良いのでしょうか、言葉選びって難しいのですが。。巧まない、と言いますか。

この部分もシンプルかもしれませんが、だからこそ楚々としたかわいらしさが浮かび上がってくるのだと思います。


■毬唄(恋の分里〜)


先ほどの部分の最後「都育ちは蓮葉なものぢゃえ」で引き抜きになり、一瞬で衣装が赤から浅葱色に替わります。
引き抜き、演出として盛り上がるので良いですよね!

ここの引き抜き、後見の方のお力も大きいと思うのですが、私が観た日は全く踊りに影響がなくてすごいなぁと思いました。

ここから少し曲の雰囲気が変わります。
テンドツツン、テンドツツンというお三味線のリズムも楽しく、華やかになるところです(口三味線あいまいですごめんなさい)。

この毬唄の部分は、私としては今回の菊之助さんの道成寺の中で、一番好きなところかもしれません。
何ともほのぼのとした、おっとりとした娘の雰囲気が愛らしい。 

首をきゅっと曲げるとか、はっきり動くとか、娘っぽさを出す方法っていろいろあると思うんですが、菊之助さんの花子はそうではない。
あのただただ溢れ出る、育ちの良さそうな娘の雰囲気はどこから来るのでしょう。動きの柔らかさでしょうか。

柔らかさといっても、玉三郎さんみたいな流れるような柔らかさとはまた違うのです。
もっと素直な、ぽわっとした、丸みを帯びた感じなんですが、うーん、全然説得力がないですね…

見せ場としては、しゃがんだ体勢のまま毬をつきながらつつつと円を描くように回ってくるところだと思うのですが、
印象的だったのは「室の早咲き それがほんに色ぢゃ」のところで、左の帯の前辺りでふわっと花を咲かせて丸めて毬にする振り。
とっても何気なく踊られるのですが、柔らかさきめ細かさが本当に素敵でした。 

確か、以前某テレビ番組で玉三郎さんが「ここは陰気な感じを見せる」とおっしゃっていたと思うのですが、
菊之助さんのこの部分に陰気さは感じず、むしろ無垢な少女だったような気がします。私が感じ取れなかっただけかしら…。

この部分の最後、「思い染めたが縁ぢゃえ」でゆっくりと首を振るのですが、それまでのほのぼのとした空気感と、ここは一線を画しているように感じました。
じっとりとしたものが一瞬滲んだ気がして、ぞっとしました。 


■振り出し笠の踊り(梅とさんさん〜)


先ほどの衣装の上だけ肌脱ぎになって、朱鷺色の衣装に替わります。
道成寺は衣装を見ているだけでも見応えがありますね〜!それくらい衣装替えが多いのです。

「振り出し笠」という三連の笠を使った、見た目にも華やかなところです。
赤い笠を被り、両手に振り出し笠を持って踊ります。

曲調はちょっとおっとりしつつも、明るい雰囲気。

笠を被っている姿って、かわいらしくて好きなんです。顔が小さく見えるからでしょうか、そして影がまたいい感じの効果を生むのでしょうか。

ここもまったりと娘らしくて素敵でした。

「分きて云はれぬな 花の色え」 で、かぶった笠と手に持つ笠を正面で縦一列に重ね、とんとんとんと後ろを向く振り、
要は頭の上にかぶっている笠を正面に見せなくてはならないので、ちょっとうつむくことになるのですが、このうつむく前に一度正面にちょっと顔を見せる感じがかわいらしかったんです。踊りが細かい…!


■クドキ(恋の手習い〜)


先ほどの踊りのあとに、同じ曲調のまま所化の踊りを挟み、また花子が出てきます。
藤色の衣装に替わっています。

しっとりと女心を見せる、いわゆる「クドキ」の部分で、手拭いを使って踊ります。
手拭いの柄は「重ね扇に抱き柏」の、尾上菊五郎家の家紋でした。

ここで好きだったのは、「おお嬉し おお嬉し」で首をいかにも娘らしく曲げ、そして後ろを向いてきまるところ。
そのかわいらしさと、後ろ姿の美しさ、柔らかさ。シャープすぎない感じがとても好きです。

それと「悪性な悪性な気が知れぬ 恨み恨みてかこち泣き」で、鐘を見ながらすーっと上手へ進むところ、踊りというよりはこの瞬間は特に芝居っ気が強いと思うのですが、心ここにあらずな一瞬です。
鐘に目を据えたまま、手元を見ずに手拭いを肩から外す所作に、躊躇いとか激しい想いとかが見えました。

そこからまたぱっと踊りのリズムが変わって、手拭いを振りながら歩く。
その緩急にどきどきするのです。


■鞨鼓の踊り(山尽くし)


上だけ肌脱ぎで、白地に派手な模様の衣装に替わっています。
鞨鼓という小ぶりの太鼓を帯の上につけて撥で叩きながら、様々な山を詠み込んだ歌詞に合わせて踊るところです。

この辺りから踊りの見せ場なんじゃないかと思います。
というか、こういうたくさん動く、盛り上がっていく踊りが私は大好きなんです。笑

「散りくる散りくる嵐山」、結構な詰まった間でぱっと座って、撥でトコトンと床を叩くのですが、それも何気ないんですけどちゃんと整った美しさなんですよね。。

「稲荷山」のところ、ぴょんと跳んで狐の振りなのですが、そこすらも品がありました。
あと、お正月を思い出しました。笑この記事

「稲荷山」のあとはまたがらりと雰囲気が変わり、勢いを感じるような踊りに。
一曲の中でどんどん変わっていきます。
序盤のほのぼのとした空気感は、この辺りの勢いを際立たせるためにあったのかと思うほどです。

★このあと舞台上はしばらく空くのですが、そんなときは音楽の聴かせどころです。
道成寺には三味線に拍手が起きるところがたくさんありますが、私はこの部分の音楽が一番好きです。三味線の華やかさはもちろん、鳴物のリズムがとてもおもしろくて、ここから先の盛り上がりを予感させるようです。


■手踊り/鈴太鼓の踊り(ただ頼め〜)


来ました、道成寺という長い曲の中で私が最も好きな部分です。笑
紫の麻の葉模様の着物になります。

ここも、菊之助さんの魅力が詰まっているなぁと個人的には思いました。

これまでおっとりした雰囲気の娘でしたが、ここはきゅっと首を曲げて、かわいらしさ全開。
袖で隠して人を呼ぶ振りが可憐!!

この「ただ頼め」から始まる手踊りの一連の振り、とてもかわいくて大好きなのですが、それを大好きな感じで踊っていただけるともう非常に嬉しいのです。
 

一旦後ろに下がり、鈴太鼓を持って、出てくるときに引き抜いて白の衣装になります。

鈴太鼓の軽やかな音。
曲調も一層華やかに、テンポも一層速くなって、今まで以上に舞台の空気が動き出す感じがします。 
 
ここも何せ形が素直で美しい。大きく動いても決して崩れない。
踊る人としては当たり前なのかもしれませんが、、でもそれを当たり前に見せることができる、というのは凄いことだと思います。
 
これが一番分かるのが、「さっさそうぢゃいな さっさそうぢゃいな」で手肩肩膝膝と叩くところ。
かなり体重を前にかけてから後ろに戻してくる感じですが、無理のない形というか、整っていたというか…。

その勢いのあと、前に出てきてぺたんと座って、ちょっと首を傾げて止まった形の、素朴なかわいらしさ! 

で、ここからです。ここからが道成寺の中でいっちばん好きなんです。
鈴太鼓でリズムを取りながらの早間の踊り。

菊之助さんのここ、とても好きです。丁寧で、細やかで、可憐で。 
 
軽やかな音に合わせて、踊りも軽快で、観ている方もだんだん引き込まれ、浮かされ、乗ってくる、

そこで急にハッと鐘を振り返り、ドロドロドロと太鼓が鳴って、清姫の本性が出てくるんです。

このスピード感、勢い。
もう絶対に取り返しがつかないのがよく分かる。

所化たちを振り払い、一気に鐘へ飛び込みます。

3回観て、3回とも鳥肌が立ちました。


■鐘入り


最後は上だけ肌脱ぎで、白地に蛇を表す鱗模様が銀色に光る衣装です。

鐘に上って、長い袖を巻き付けた右手を上げて見下ろすときに、恨みだけでなく哀しさが見えた気がしました。

やっぱり清姫としては、やり方はおかしかったにしろ純粋な恋だったわけで、ということは純粋な失恋だったんですよね。


…ふぅ。
満足感。

***

先述の通り3回観ましたが、3回目が一番好きだった。
立ち見でしたが、立ち見一列目だと花道なんかは、座るより却ってよく見えますね。
鐘の真ん前だったので、最後がよく見えたのも嬉しかった。

とにもかくにも、人生初道成寺を歌舞伎座で、菊之助さんで観られて、それを自分なりに感想に落し込むことができたのは大きかったなぁと思います。

明日は千穐楽。
観に行けませんが、きっと今日も、繊細で純朴な花子がいるんだろうなぁ。 


『平成の藝談 歌舞伎の真髄にふれる』(犬丸治)感想〜初心者の観劇の指針にもなる一冊


きっかけは何だったか忘れたのですが、確かTwitterで知った本だったと思います。

犬丸治さんの、『平成の藝談 歌舞伎の真髄にふれる(岩波新書、2018年)。 

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平成の終わりも終わりに歌舞伎にはまった者としては、果たして背伸びにならないだろうかという不安もありましたが、

めちゃくちゃ面白かった。

***

この本に出てくるのは、私にとっては生の舞台を拝見することができなかった方々ばかりです。

他の本を読んだり、過去の映像を観たりする中で、ほんの少し家系図や芸の伝承の流れが分かってきたからこそ理解できる部分が大きく、
「これから歌舞伎を観よう」という方にとっては正直何が何やらかもしれません

たぶん去年の自分じゃ分からないことだらけだったと思いますし、この先もっと歌舞伎を知ってから読んだら全然満足度が違うと思います。

でも、じゃあ初心者は読まない方がいいかというと、決してそういうわけではないと思う。

むしろ「これからずっぷり歌舞伎沼に浸かるぞ!」という勢いの初心者こそ、現状を掴むためにも読んでおくべき一冊な気がします。

***

平成の間に出版された芸談(原則的に)を引用しながら、歌舞伎のあり方を見つめていく本です。

役者の一つの言葉を元に、その背景や、それにまつわるエピソードなどをまとめたエッセイが続く構成になっており、その数は43にもわたります。
エッセイ中に別の本から関連する発言が引かれたりもするので、実際に取り上げられている「芸談」の数は、この倍以上ではないでしょうか。 

芸談そのものの興味深さはもちろんのこと、膨大な冊数から言葉が引かれているので、初心者としては「歌舞伎をより深く知るためにどんな本があるのか」というガイドにもなると思います。

***

芸談の貴重さは、私がここで語るべきことではありません。ただ読むべし!

矜恃と厳しさとがありありと浮かんでくる言葉やエピソードの数々には、ひたすら頭が下がります。

もちろんそれは、主になる役者さんだけではありません。
脇を固める方々のお話も、ものすごく深い。
やっぱり最初は主ばかりを観てしまいがちですが、見方が変わります。
主に注目できる、その上で感動できるのはなぜなのか、という話ですよね。


個人的に面白かったのは、一見何の関わりもないものの鑑賞が、「すべて芝居に通じて」(p.26)いるということ。

それは八代目三津五郎さんの多岐にわたる趣味であり、十代目三津五郎さんのお城であり、四代目猿之助さんの骨董であるわけなのですが、その形や有り様が、すべて芸に繋がっているのです。

それが「芸のためにああしようこうしよう」ではなく、ごく自然にそこから会得してしまうのがすごい。 

ちなみに私、前日見た浮世絵の人の形がものすごくきまっていて、あぁ踊りってこれだよなぁと勝手に思ったのですが、
もちろんここで語られるのはそういう即物的な話じゃないんですよ。笑

***

ビデオの技術が発達し、歌舞伎の興業そのものが増え、芸の伝承のあり方は随分と変わったようです。

それを憂えるのはそれこそ私のすることじゃない。

ただ、芸とは何なのか、これからどういう風に歌舞伎を楽しんでいけばいいのかという一つの指針を、この本から得られたなぁと思うのは確かです。



平成の藝談 歌舞伎の真髄にふれる [ 犬丸 治 ]

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「め組の喧嘩」初心者はこう楽しんだ!〜團菊祭五月大歌舞伎(歌舞伎座) 昼の部感想


楽しみにしていた團菊祭の中でも、一番楽しみだったと言っても過言ではない演目「め組の喧嘩」
め組の頭・辰五郎を尾上菊五郎さんがやると知り、観たことのない演目ながらいても立ってもいられなかったのです。

なぜならば!
菊五郎さんの江戸っ子はかっこいい!!!

大勢の鳶の者たちがわあっと盛り上がる映像は以前観たことがあったので、それを菊五郎さんが率いるのだと思うと、早く観たくてたまりませんでした。

そして!
案の定!

大変に気持ちの良い一幕でした!!!!


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鳶の装束が粋ですねぇ。写り込む友人と私。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめます!

細かい筋にこだわらずに、その場の空気を楽しめば大丈夫です。

江戸っ子たちの威勢の良さ、身軽さ、立廻りの華やかさに、観ている方もスカッとすること間違いなしです。

何せ菊五郎さんがかっこいい!

***

筋としては、力士たちvsめ組の鳶の者たちの喧嘩である、ということだけでとりあえず大丈夫だと思います。
鳶としての誇りを懸けた喧嘩です。 

そしてこの喧嘩に至るまでに、辰五郎が見せる家族愛も素敵です。


■私はこう見た!ここが好き!


最初の舞台は遊郭・島崎楼。 

人気力士・四ツ車市川左團次さん)を中心に据えての、お偉方たちのどんちゃん騒ぎにぶちギレて、隣の部屋からめ組の鳶が乗り込んでくるところから喧嘩が勃発します。

この飛び込んでくるめ組の鳶・藤松尾上菊之助さん)の爽やかさ!
活きのいい若ぇの、という感じで、座っている形もかっこよかった。藤松は終始爽やかです。 

便乗してくる、同じくめ組の亀右衛門河原崎権十郎さん)と長次郎坂東亀蔵さん)も、またキレキレで素敵!

その喧嘩を、め組の頭・辰五郎菊五郎さん)が止めに入ります。
今後のことを考え、若ぇのたちを一声で黙らせて、大人の対応でその場を収めるのです。

この圧倒的風格と余裕。
少しも気張らないにも関わらず、溢れる強さ大きさ
すでにこの時点で、だいぶ辰五郎に心を奪われます。

しかし、ここで辰五郎は、鳶の誇りが傷つく言葉を掛けられる。
辰五郎はあくまで抑えた口調で応じますが、部屋を出ていくときの襖の閉め方に全てが込められていました。

ぴしゃり、と。

それまでの落ち着いて抑えている辰五郎の、心の内はこうだったんだ、というのが分かる音がして閉まるのです。

かっこいい。。

***

そんなことがあった後日の、芝居前(芝居小屋の前のことをこういうんですね、というのが最近やっと身につきました)

辰五郎の女房・お仲中村時蔵さん)とお供の文次坂東彦三郎さん)に連れられて、辰五郎の倅・又八坂東亀三郎くん)がやってくるのですが、

(いろいろ話をすっ飛ばしますが)この又八の捌け際、たまらなくかわいいのです…!
文次に肩車されて、芝居の看板か何かを指差して帰るのですが、
特に台詞があるわけでもなくてさりげない一瞬なのですが、このちょっとした指差しがとてもリアルで微笑ましかった!

さて、ここでも力士たちに対する鬱憤を募らせるめ組の鳶たち。

亀右衛門と長次郎をけしかける辰五郎の「やっちまいな」というひと言、全然力みがなくて、それが却って余裕を醸し出していました

ほんとに辰五郎、とんでもなくかっこいい。

***

その翌日の、辰五郎内(誰かの家の中の場面を「〇〇内(うち)」というのも、最近やっと身につきました)

先だっての芝居前での出来事の後、辰五郎は一向に仕返しの気配を見せず。
あろうことか、慣れぬお酒に酔っぱらって帰ってくる始末。

情けない夫を奮い立たせようと、お仲は辰五郎に離縁を迫り、又八を連れて出ていこうとします。

この場面、夫を説得しようとして威勢良く上着を脱ぐお仲がかっこいい! 
そして母に手を引かれた又八が「嫌だ嫌だ、ちゃん(辰五郎)と一緒がいい」とごねるのも、微笑ましくてかわいい。

この辰五郎内の場、もう又八が大活躍です。
かわいすぎます。

口の聞き方やら座り方やら、すっかりいっぱしの江戸っ子!

座るときにいちいち、着物の裾をバサッと勢いよく払って胡座をかくんですよ。
もう絶対やりたいだけなんですよ。笑

きっとお父さん(又八は父親のことを「ちゃん」と呼びます)のことがかっこよくて仕方なくて、真似ばっかりしてるんでしょうね

大人たちが大事な話をしている間、又八はおとなしく一人遊びをしてるのですが、この遊び道具がまたかわいい
ちっちゃい纏とか、梯子とか、鳶口とか。
そうか、鳶頭の子はこういうので遊んで大きくなるのか、と。笑

で、思うのですが、
何も言わない間にこういうものを適当にいじりながら自分の台詞を待つって、実はとても難しいんじゃないかと。
それをさらっとやってる亀三郎くん。


さて、この場面で又八、本人知らず知らずのうちに大きなことをしでかしているのです。

酔っ払った辰五郎は、水を一口飲み、お仲に「お前ぇもどうだ」と勧めます。
しかし言い合いの真っ只中なので、お仲は意地で断る。
そこで辰五郎、今度は又八に水を勧め、又八は「俺ぁ水は大好きだ!」と素直に飲む(かわいい)。
そして「お前ぇもどうだ」とまたいっぱしな口調で(笑)、母親であるお仲に勧めるわけです(かわいい)。

お仲、息子に言われると無下に撥ね付けることもできず、お水を一口。
すかさず辰五郎は、「お仲、お前ぇも飲んだな」と。

これ、黙っていたけど辰五郎は、別れの水盃のつもりだったんですよね。
本当は命を懸けて、力士たちに仕返しをしに行くつもりだったんです。

かっこいい。手の内をさらさないままに事を進めていく感じがたまらなく渋い。
辰五郎、酔ってなんかいないんですよ。 

命を懸ける覚悟だったから、辰五郎の方でも離縁状を用意していたんですよね。
結局その離縁状は、又八が気持ち良く破きます。笑


さぁ、いよいよ時が来ます。
辰五郎の指示に、お仲も又八も「あいよ!」と返事をして、てきぱきと辰五郎の出陣の準備を整えていきます。

大きなことが始まる前の、この血が騒ぐ感じ。

この時点で観客としてはだいぶめ組に寄り添った気持ちに持っていかれているので、「さぁ行くぞ!行くぞ!!」みたいな気持ちになってきます。笑

出掛ける父親に、「俺も一緒に行こうよぅ」とすがる又八。
そうね、一緒に行きたいんだよね。大好きなちゃんの、大事なときだもんね。
又八がどこまで分かっているのか分かりませんが、ともかく健気な倅に、思わず頬を寄せる辰五郎。
ぐっときてしまいます。。 

しかし、そこに聞こえてくるのは相撲の打ち出しの音。
相撲の興行が終わった時が、喧嘩の始まりなのです。
辰五郎、一気に駆け出していきます。

あぁ、この子のためにも無事でいてくれ。。

***

舞台は変わって、幕が開くとめ組が舞台上に勢揃い。
ここは本当に壮観です!!

下手から徐々に舞台が現れ、揃いの姿の鳶の者たちがだんだんと見えてくるにつけ、まだいる、こんなにいる!と弥が上にも興奮が高まります

その大人数で揃える声の音の厚み!!

逸る若い者たちの中にやってくる辰五郎。
きたきた!きましたよ!!

め組は全員で水盃を交わします。
それを見届け、辰五郎自らも水を含み、全員の意志に相違がないことを確認する。

そしてめ組は、角力小屋に向かって一斉に駆け出していきます。

もうここからは、完全にお祭りのような騒ぎです。
まさしく「火事と喧嘩は江戸の華」
鮮やかで見所たっぷりな立廻りは、さすがの一言!!!

個人的に大注目だったのは、片岡亀蔵さん尾上左近さんとの絡み。
左近くんの動きが軽いなぁ!2月に踊ったのを観られなかったので、ご活躍が嬉しいです。

圧巻は屋根の場面ですね!
纏を片手に梯子を駆け上がり、屋根に上る藤松(菊之助さん)。それに続く面々。
後半は梯子なしで、上にいる仲間の腕だけを頼りにどんどん屋根に飛び乗っていくのです。

すごい勢い!

そして屋根から瓦を投げるという、鳶ならではの荒業!!

もうめちゃくちゃです!!!笑


押しつ押されつの喧嘩は、喜三郎中村歌六さん)の仲裁で、ひとまず落ち着きます。
あれだけ激しいはちゃめちゃな喧嘩だったのに、こうやってサッと引けるものなのか。
潔く、気持ちが良いですね。

筋書の歌六さんのコメントに「実は高い所は苦手で…」(p.64)とあったので、梯子に上るところで勝手にハラハラしてしまいました。笑


最後に。

何度でも言いますが、菊五郎さんの辰五郎がかっこよすぎるんですよ。
カラッとした台詞回し、気負いのない風格。
「江戸っ子」「頭」と言われて思い浮かぶ理想の形はこれだろうと思います。


■まとめ


正直「あれだけのきっかけで命を懸けた喧嘩に出るものかしら…?」と思えなくもない展開なのですが、それは当時の価値観だったんでしょうね。
江戸っ子は喧嘩っ早い。 

観ている方も細けぇことは抜きにして、「江戸の華」たる喧嘩を楽しめばいいと思います。
梯子や屋根を駆使して、大勢の役者さんたちの盛り上がりと共に繰り広げられる立廻りは圧巻です。

***

今回、周りのお客さんが結構賑やかだったんです。
「おぉ!」とか「えぇ?!」とか「菊五郎さんかっこいいなぁー!!」とか。笑

でも、何だかそれが嫌じゃない空気だったというか。
もちろん静かにしていたい方もいらっしゃったとは思うのですが、私は勝手に一緒に観ている感じがして嬉しかった
心の中で「ですよねー!!!」と何度思ったことでしょう。笑 

あのようなぐわっと盛り上がるお芝居は、歓声が上がっても悪くないんじゃないかと思います。

***

いやぁ、気持ちがいいな。
爽快な一幕でした。

お祭り好きには特におすすめしたい!!!


初夏の着物に悩む。


今日は暑かったー!
今年初めて半袖で外に出ました。

その年の「半袖初め」、好きなんです。
そういえばこんな感じで袖から風が通るんだったなぁ、とか、半袖ってこういう軽さだったよなぁ、とか。

同じ感じではだし初めとか、サンダル初めとかも好きです。
これから来る季節にわくわくします。

要は単純なんですよね。笑

***

さて、この時期何が困るって、どの着物を着ればいいのか分からないということなんです。

本来であれば、5月は袷の時期。

しかし全面に裏地のついている袷は、正直言って重いし暑いのです。
20度を超えたらもう、着物の中が蒸されるようで。

気軽なお出かけであれば、何を着たっていいかなぁとも思うんですよ。
現に先日は5月でも気温が高かったので、かなり透け感のあるサマーウールで出かけましたし、早くも夏物をお召しの方もいらっしゃいました。
去年なんかは4月末の時点でかなり暑かったので、夏物を着ていた友人もいましたし。 

ちなみにこの「サマーウール」というのも曲者で、透ける生地のくせにウールなので決して涼しくはなく、いつが最適なのか迷う着物の筆頭です。笑

ですが、たとえば踊りのちょっとかしこまった舞台を観に行くとき(日本舞踊の公演の全てがかしこまっているわけではないので悪しからず!)

行った先には、普段から着物を着ている、いわば着物のプロたちがいらっしゃるわけです。
そして友達との気楽なお出かけではなく、「かしこまった場」です。

そういうところで「いやぁだって袷じゃ暑いじゃないですか~」が通じるのかどうか…
実際、皆さん袷にきっちりお太鼓を締めていらっしゃいましたし。。

どうやって耐えているのでしょうか、
中の襦袢をこっそり夏物にして、半襟だけ袷のものにして、何とかしてたりするのでしょうか。
私は単衣の着物でも襦袢は夏物じゃないともうすでに暑い。 


ともかく!
暑さに弱くてとても汗っかきな私としては、この時期に袷は困難!!
自ら熱中症への道を選んで、一歩一歩踏みしめながら歩いていくようなものです。 

結局改まった場には、洋服を着ていくことになるんですよね。
着物を着たいのに…

洋服だったら、特に気兼ねせずに好きなタイミングで半袖を着始めるのにな。
着物は「季節感」と密接に関わっていて、そこがおもしろいところでもあるのですが、それゆえにどうしても思い切ったことがしにくい気がします。

私がおろおろしているだけで、着ちゃえば意外とすんなり受け入れてもらえるものなんだろうか。

さすがにもろ「夏!」という生地のものは着ないまでも、単衣の透けないもので、かつ柄が夏っぽくないもので、そこそこ改まった場でも何とか切り抜けられないものか。。

ちゃんと分かった上で、自分の考えのもとに「ルール」を崩すのと、よく分からないままにおっかなびっくりやってみるのでは、着たときの安心感が違います。
自分はまだ後者なので、この時期の「ちゃんとした場」での着物は足踏みしてしまうんです。


いろんな場面で着物の人を観察しつつ、着物で無理なく一年を過ごせる方法を探っていければと思います。
 

大向うの掛け声について思うこと。


歌舞伎では、お芝居の最中に「〇〇屋!」「待ってました!」と掛け声がかかります。
いわゆる「大向う」の方たちの声です。 

初めてだと思わず振り向いてしまうかもしれませんが、あれは「観劇中は静かにしなくちゃいけないのにー!」と目くじらを立てるべきものではなく、お芝居を盛り上げるためのものです。
私はあの掛け声も楽しみの一環として、歌舞伎を観に行きます。

結論から言ってしまえば、「大向うの掛け声はなくなってほしくない」という話です。
 

掛け声がなくなってほしくない理由


掛け声のいいところとして、まず「初心者の観劇のガイドになる」というのが挙げられると思います。

初めて歌舞伎座の幕見席に行ったのは、たしか菊五郎さんの「弁天小僧」だったと思うのですが、
「知らざぁ言って聞かせやしょう」のセリフのときに「待ってましたァ!!」と大きな声がかかり、ものすごくわくわくしたのでした。

このときの予備知識としては、このセリフが有名、ということくらいなもの。
でも、それがいつやってくるのか、どんな空気感で出てくるセリフなのかというのは分かっていませんでした。

しかしこの「待ってました」があったからこそ、私はあそこで「例のアレが来るのか!」と分かったし、余裕を持って名台詞を楽しめたのだと思います。

もし声がかかっていなかったら、「あれ、今のだよね?今のを聞いてれば良かったんだよね??」とちょっぴり不安だったかもしれません。

初心者的には、あの声はどこが見どころなのか知るためのガイドになり得ると思うのです。
そして、自分が「ここかっこいい!」と思ったところで「〇〇屋!」とかかると、非常に安心するのです。

***

この「自分がいいと思ったところで声がかかると嬉しい」というのが2番目の理由で、歓声を代弁していただいているという感覚です。

たとえばミュージシャンのライブとか、スポーツの試合とか、感動するものに触れたときって「うぉー!」と大きな歓声が上がりますよね。
しかし劇場内でなかなかそうするわけにはいかず。

なので、自分が「ふぉー!」と思ったときに「〇〇屋!」とかけていただけると、その声にできなかった感動を代わりに声にしてもらった気がしてありがたいのです。

***

3つ目としては、「掛け声が舞台から一番遠いところからかかっている」というのが大きいと私は思っています。
つまり、劇場全体を挟んで声が行き来しているわけです。

これにより、舞台から離れた席でも「劇場にいる」と実感できるんじゃないかな、と思うのです。

劇場全体の空気が客席側からも作られているというか。
自分は幕見席という最も舞台から遠い席ばかりに行っているので、尚更ありがたく思います。

裏を返せば、掛け声次第で劇場の空気がイマイチになってしまう危険性もあるのですが。。
それについては後ほど触れるとして。

***

最後に、ちょっと身も蓋もない話かもしれませんが…

「掛け声がないと始まらない演目」というのがあるのです。
これ、初めて知ったときには「そんなことある?!」とびっくりでした。笑

私が観たのは「お祭り」という舞踊の演目なのですが、もしかしたら他にもあるのかもしれません。

「お祭り」は、鳶頭(もしくは芸者)の「待っていたとはありがてぇ」というセリフがある踊りです(芸者だと当然言い回しが変わります)
つまり、このセリフの直前、踊り手がきまったタイミングで誰かが「待ってました!」と声をかけてくれないと進まないわけです。笑

いや、もちろんそのくだりをなくして次のセリフを言ってしまえば良いのですが、せっかくならこのひとくさり、あった方が楽しいじゃないですか。。

で、このやりとりが楽しく成り立つのは、普段から掛け声がかかっているからだと思うのです。

もし掛け声がなくなったとして、この踊りが出たときに、いきなり「待ってました」と声をかけるのは違和感があるのではないでしょうか。

こういう演目を先々も楽しむことができるように、掛け声はかかり続けてほしいなと思うわけです。


掛け声はどうあるべきなのか?


とはいえ、「掛け声はかかればいい」というものでもなく。
結構この掛け声に関しては、いろんな意見を目にします。

観客全員が息を詰めて観ているような場面で声がかかってしまったり、掛け声のリズムや声質がいまいちしっくりこなかったり。
いろんなことがあるようです。

幸いなことに自分がそういう場面に出食わしていないのであまり言えないのですが、一つこれだけは!と思うのが、

初心者は絶対に声をかけない方がいいということです。

あの声は、ただ闇雲に屋号や「待ってました」を言っているわけではなくて、やはりタイミングというのがあるわけです。
そこを外すと、周りはもちろん、何より役者さんが気持ちよくできないと思うので、
決して初心者が「初心者だから間違えて当然」みたいな顔をして「歌舞伎楽しんでますー!」という雰囲気でかけていいものではないと思います。
(さすがにそういう方はいないとは思うのですが、考えをまとめるにあたって。)

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それとよく話題になる、女性による掛け声。

女性が掛け声をかけるのは好ましくないという声の方が(男女ともに)大きいように思いますし、伝統としてもかけないものだそうです。

これに対して、私は確固たる理由を見つけられないでいるのですが、やっぱり伝統芸能の世界では「そういうものだから」ということでいいのではないかと思います。

どうしたって男女で体の構造が違うわけで、出せる声も違ってしまいますし。

女性として、自分がものすごく感動したときに「あぁ、自分が男性であったならば…!!」と残念に思うことはあるのですが(笑)、
先述の通りあくまで役者を、芝居を、劇場の空気を盛り上げるための掛け声なので、自己満足のためになっては絶対にいけないと思います。

それは女性だからとか関係なく。



そんなわけで、いつもながらえっちらおっちらどこに行き着くか分からない記事になってしまいましたが、
要は、掛け声をかけるということは歌舞伎の世界には残っていてほしいし、
そのために、初心者であっても掛け声のあり方というものに気を配らなければならないな、と思ったので書いてみた次第です。


プロフィール

わこ

◆首都圏在住╱平成生まれOL。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇2年目、毎月何度か劇場に通う日々。
◆着物好きの友人の影響で、着物でのお出かけが増えてきた今日この頃。

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