ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

感想・見どころ

「黒塚」初心者はこう楽しんだ!〜四月大歌舞伎(歌舞伎座) 夜の部感想


先月の「吃又」で、ぎゅっと心を掴まれた猿之助さんのおとくこの記事
その猿之助さんの舞踊劇「黒塚(くろづか)、これは逃すわけにはいかないと楽しみにしておりました。

そして、やっぱり素晴らしかった。圧巻でした。圧倒されました。

幕見の感想を語ります。

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今月の筋書。咲き誇り、散っていく桜。解説は筋書p.33。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめます!
「楽しむ」という感じの演目ではないかもしれませんが、何かしら響くものは大きいと思います。

老女・岩手の苦しみと、そこから解放される喜び。
その喜びも束の間、やはり鬼となってしまう悔しさ、辛さ、我が身を恥じる気持ち。

岩手の胸の内が伝わってきて、こちらの心が素手で鷲掴みにされてがたがた揺さぶられる感じです。 

楽しく気持ちの良い踊り、一転して鬼の本性を顕したあとの迫力など、多彩な踊りに「おぉ!」と思える演目

照明や芒の原の大道具、琴や尺八が入って厚みを増す音楽など、舞台全体を通して楽しめると思います。 

***

参考までに、非常にざっくりとあらすじをば。
能の「黒塚(安達原)」が元になっているようです。

自分を裏切った夫を恨みながら、長い年月を安達原のあばら屋で一人、暮らしていた老女・岩手。
そこにやってきた仏道修行の一行が、一夜の宿を求めます。
彼らに救いの言葉をかけられた岩手は、「閨の中を見ないでほしい」と言いおき、彼らをもてなすための薪を取りに山へ入っていきます。

妄執の晴れた岩手。月の光の下で童心に返り、気持ちよく踊ります。

しかし、先ほどの一行が「見るな」と言われた閨を見てしまう。
閨の中は血の海。岩手は鬼女だったのです。

裏切られたことに憤り、鬼の本性を顕して、彼らに襲いかかる岩手。
しかし最後には、彼らの法力に力尽きるのでした。
 

■私はこう見た!ここが好き!


出だし、閨に浮かび上がる老女・岩手市川猿之助さん)の影。
寂しい粗末な小屋です。
ここで岩手は長いこと、ずっとこうして一人でいるんだなと思うと、まだ影しか見えていないのにこの時点で早くも切なくなってきます。

阿闍梨祐慶中村錦之助さん)ら仏門修行の一行との問答を経て、薪を取りに行く岩手。
ここからの場面、全てを観終わったあとに振り返ると、とっても哀しい。

垣を越えたところで、岩手はふっと立ち止まります。
重く響く鐘の音。 
しばらく考えて、一度戻り、一行に「閨の中は絶対に見ないでほしい」と声をかける。

承知した一行を見届けて花道を去っていく岩手ですが、やっぱり不安なのです。
立ち止まって、戸惑う様子で視線を泳がせながら、もう一度振り返る。

信じて良いんだろうか。
いや、でも自分に仏道の教えを説いてくれた、立派な人なんだから…

彼らに「必ず成仏できる」と言われて幸せな気持ちを、保っていたいんですよね。
不安で仕方ないけれど、やっぱりそう言ってくれた彼らを信じたい。

この二度にわたって立ち止まるところ、張り詰めた空気にやられました。
岩手の不安、迷い、覚悟…そんな諸々が滲む。

どうしても見た目が派手な「動」に注目しがちですが、
「止まる」ことも、劇場全体の空気を支配できるものなんだな、と。

さて、これは大学時代の恩師の言葉なのですが、
「見るなと言われて見ない話はない」

一行の中の強力・太郎吾市川猿弥さん。強力(ごうりき)は修験者の荷物持ち)が、我慢できずに岩手の閨を覗いてしまいます。

そこに広がるのは、血の海と骨。
岩手が鬼女だということに気付く恐ろしい場面で、第一景が終わります。


続く第二景は、芒がいっぱいに広がる舞台です。
奥から岩手が、薪を背負って出てきます。

祐慶らの言葉を信じ、来世は成仏できると喜ぶ岩手。
月明かりの下、一人気持ちよく踊ります。

この場面、舞台がとても美しい

月明かりと影の演出、その下で豊かに揺れる一面の芒。
岩手の衣装も、月に照らされてきれいに輝いています。
箏や尺八が加わった音楽の厚みにも、岩手の深い喜びが伝わってくるようです。

あとの展開が分かっているだけに、この場面の岩手がとても愛しい。
自分の影と戯れながら、童心に返って踊るのです。苦しみから解き放たれて、本当に嬉しそうに、気持ち良く。
こんな気持ちになれたことは、岩手にとって一体何年ぶりなんだろう。

しかし、楽しい時間は長くは続かない。
“見るなの禁”を破った太郎吾がやってきます。

閨の中を見られたと悟る岩手。
怒りから、鬼女の本性を顕していきます。

ここの迫力が物凄くて。
 
猿之助さんの跳躍力、体のキレ、見事でした。
膝詰めで進んでいくところも、スピードと勢いが凄い。
観ているこちらも岩手に取って食われそうで、息を呑んで見入ってしまいました。

照明が落とされ、中央に浮かび上がる岩手と太郎吾。
真っ赤に塗られた岩手の口。
恐ろしかったし、岩手の心の叫びが聞こえてくるようで哀しかった。

岩手、絶対にこんな未来は望んでいなかったんですよ。
こんな姿になんかなりたくなかったはずなんですよ。
でもこうして、変わってしまう我が身。
どうにもならない感情の発露がとても苦しい。

一度鬼女は引っ込むのですが、後ろに倒れ込む演出はさすがの迫力でした。

何とか助かった太郎吾、膝がくがくで立てません。
そりゃそうだ…観ているこっちの膝もがくがくだもの…
 
この太郎吾の踊り、身軽で軽妙で、何もなく観ていればとても楽しいところ
しかしこちらとしては岩手が気がかりで…いや、楽しかったんですけどね!
大向こうからは「猿弥!」の掛け声も何度もかかっておりました。


ここから第三景に移る間の三味線、とても格好良いのです。
間に三味線の聴かせどころがあるのって素敵ですよね。毎度わくわくしています。


第三景。
芒の原に到着した祐慶ら一行に、鬼女となった岩手が襲い掛かります。

岩手、完全に鬼の拵えです。さっきとは全く違う。

こんな姿になるはずじゃなかったのに。この苦しみから解放されると思っていたはずなのに。
祐慶たちはさっきの喜びに満ち溢れた岩手を知らないから、鬼女となった岩手は完全に「押さえ込むべき相手」なのです。 

祐慶をはじめ、弟子の大和坊中村種之助さん)、讃岐坊中村鷹之資さん)も懸命に岩手に立ち向かいます。

彼らの法力に、弱っていく鬼女。
花道での仏倒れ(体を真っ直ぐにしたままうつ伏せにばったり倒れる)、からの暗転…

何で岩手はここまで苦しまなければならないんだろうか。

舞台は、月明かりと影。
さっきは喜びとともに眺めていたのに、すっかり変わってしまった自らの姿。
岩手の絶望は計り知れません。

恥じ入って小さくなる岩手。

彼女が救われてほしいと、強く思います。

仏道の教えって、岩手を救えるものじゃなかったのか。
あなたがたが彼女の閨を見なければ、岩手だって法力に組み伏せるべき相手ではなかったものを。。


■まとめ


「黒塚」、あまり知らないで観に行ったのですが、すっかりやられてしまいました。。
しばらくグロッキーになりそうな余韻。そのくせまたすぐにでも観にいきたい。

***

私の周りには、猿之助さんのひいきが多いのです。
その理由が、この2ヶ月で分かった気がします。

空気感がなんだか独特なんです。じりじりとした濃密さがある、というか。
どちらかというと動かないところ、止まったところに、その緊張感が滲み出る気がします。

加えて動くところの圧倒的なキレの良さ、迫力!
あんなに緩急見せつけられたらもう、圧倒されてしまいます。凄い。

その意味で、「黒塚」は猿之助さんの藝を堪能できる貴重な演目でした。

仕事帰りに寄れてしまうから恐ろしいな…

 


「実盛物語」初心者はこう楽しんだ!〜四月大歌舞伎(歌舞伎座) 夜の部感想


公演情報が出た瞬間にときめき、心待にしていた演目。
昨年の平成中村座で、勘九郎さんの実盛で観た「実盛物語(さねもりものがたり)を、今度は仁左衛門さんで観られる喜び!!

はい、やっぱり素晴らしかったです。

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今月のポスター、片岡仁左衛門さんの実盛。渋かっこいい。。今月だけなのが惜しい。。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめますが、軽くで良いので予習をしておくことをおすすめします!

登場人物の立場が途中で「実は…」と変わってしまうので、初心者としてはちょっと理解しにくい。
そもそも「片腕」というものの存在が、なかなか予想をつけにくくしていると思うので… 

しかし!
子供のかわいさや、武士として、人間としての生き方の重みや深みはやはり胸に響くものがあるし、
最後の花道での馬の表情などは、歌舞伎の堅苦しい印象を取っ払うと思います。

以前にも書きましたがこの記事、本当にいい話なんです。
もし迷っている方がいるならば、難しく考えずにぜひ行ってみていただきたい!!

***

初めてでも楽しめるように、極力情報を絞ってまとめてみました。
 

力不足ではありますが、少しでもご参考になれば…


■私はこう見た!ここが好き!


いやもう、全体的にとても温かみがあって、また大好きな一本が増えたな、という感じでした。

出だし、太郎吉寺嶋眞秀くん)の「おれがとったー!おれがとったー!」がよく響きますね!
持っているものは「片腕」という、見様によってはかなり不気味なものなのに、太郎吉のおかげでだいぶのどかなシーンになっています。
よく考えれば太郎吉、お母さんの腕だとどこかで分かっていたから、怖くなかったのかもしれませんね。

母・小万片岡孝太郎さん)に対する太郎吉の態度には、やっぱり胸を打たれます。
動かぬ母に向かって「もう無理は言わぬ」とすがったり、泣きながら母をぽんぽんと撫でたり、その泣き声がだんだん小さくなっていったり…
こちらも泣かされました。 

眞秀くん、先月に引き続きとても立派でした!!


この太郎吉をとりまく人々の温かさもとても良かった。

太郎吉が来るのを迎える祖母・小よし市川齊入さん)の手、
実盛に小万の死を聞かされて、太郎吉の膝を力強く撫でる祖父・九郎助片岡松之助さん)。

この夫婦が、馬に乗せてもらった太郎吉に手を振ってくれるところも、ほのぼのとしていて思わず頬が緩みました!太郎吉嬉しいだろうなぁ。笑


太郎吉との絡みで最もぐっときたのは、やはり瀬尾中村歌六さん)です。 

瀬尾、最初はやっぱりどう見ても悪いやつにしか見えないんです。
話し方も話す内容もいちいち高圧的だし、一旦立ち去るところの去り際のセリフも嫌味っぽい。

「腹に腕(かいな)があるからは、胸に思案が…いやいや、なくちゃかなわぬ」

みたいな感じのセリフだったかと思うのですが…どうにも嫌らしいなぁ。笑

ちなみにここの言い方が個人的に好きで、「胸に思案が」まではいかにもな感じで勿体をつけて言うのですが、「いやいや」でふっとくだけるのです。
その感じがもしかすると、先述の嫌味っぽさを感じた所以なのかもしれません。…どうだろう、うまく説明できないのですが。。

その嫌らしい瀬尾が後半は一変。

小万を足蹴にするとき、瀬尾は一瞬ためらいます。
それでも我が娘の亡骸を蹴飛ばして、わざと実の孫である太郎吉に刺される。

刺されてからの瀬尾、本当に好きです。

いとおしそうに太郎吉に手を伸ばす様子、
「これ孫よ、爺ぢゃ、爺ぢゃ、爺ぢゃわやい」と大事な孫を抱き寄せる様子…
実の孫と対面できるのが、奇しくも自分を斬らせて武勲を立てさせる場面になってしまうという、壮絶で悲しい場面の中に、太郎吉への愛情が溢れていました。

太郎吉、どこまで状況を理解しているんだろうか。。何歳くらいの設定なんでしょう。
嫌なやつと思っていたこのじいさんが、本当は命がけで自分の将来を考えてくれたんだと、この場じゃなくてもいいから気付いてほしいな。

平馬返りという大技こそなかったけれど、歌六さんの瀬尾の深みはやっぱりとても好きです。


さぁ、やっと実盛片岡仁左衛門さん)を語りますよ!!笑

ポスターからも分かる通り、実盛、大変に格好良いのです。

葵御前中村米吉さん)の子が生まれた」と差し出されたものを、立場上どんな気持ちで確認すれば良いのかと思案するところから、
包みを開き、中が片腕であるのを驚きをもって瀬尾とともに見てきまるところまでの、一連の流れの美しさ。
腕を挟んで実盛と瀬尾がきまったところ、絵にしてほしいくらいでした。

腕を切った女がこの家の娘であり、幼い太郎吉の母であると分かったあと、無礼を顧みずに「なぜ切った」と詰め寄る九郎助の言葉を聴く実盛の表情も、胸に刺さります。

平家の中にありながら、源氏再興を潰えさせたくない実盛の立場としては、あの場面では腕を切るしかなかった。
しかしそうは言っても、やはり一人の娘であり母である小万を殺してしまった、という事実に変わりはない。
その間で苦悩する鎮痛な表情に、平家の武士ではない、一人の人間としての実盛が表れてくるなぁと思いました。

その苦しみがあるからこそ、のちの太郎吉に向ける優しい顔がまた重みをもって見えてきます。
この子の母親を救えなかったこと、この子がのちに源氏の大将になるべき人の家来になること。
いろんな思いがありながらの、あのいとおしそうな笑顔なんでしょうね。

綿繰り機の馬にまたがって「勝負!」と息巻く太郎吉のもとに、扇子をぱちぱちやりながら気持ちよく歩いていく実盛、絶対子供好きなんだろうなぁという雰囲気。
そのあとに太郎吉の鼻を拭いてあげるところとか、葵御前の産屋を覗こうとする太郎吉を連れ戻しての「つねつねするぞよ」というセリフとか、
自分が子供だったらああいうおじちゃんは無条件に信頼してしまうなぁと思いました。笑

そんな場面があってからの、最後の花道。

馬を出す瞬間、それまで伏せていた目を、きりっと上げて前を見据える実盛。

もうここからは、一人の武士としての実盛です。

これまでの全てを含みこんで、自分がゆくゆくはあの子供に討たれるのだという未来も胸にありつつ、救えなかった小万のことも思いつつ、実盛は生きてゆくのでしょう。

実盛の人間として、武士としての凛々しさ、格好良さが、あの目に全て表れているようで、やられました。


■まとめ


先述しましたが、「実盛物語」は純粋にいい話なんですよね。
誰も悪くないんです(告げ口する矢走仁惣太片岡仁三郎さん)は別として)。だから、一人ひとりにとても感情移入してしまうし、胸を打たれるのです。

初見で好きだなぁと思った話をこうして別の配役で観られて、新たな感動を得られるのは、歌舞伎のとても好きなところ。
平成中村座と違って今回は気軽に幕見に行けてしまうので、おかわりの誘惑に打ち克てるかが今月の課題となりそうです。笑

【関連記事】
▶︎平成中村座で観た初めての「実盛物語」の感想はこちら
▶︎初心者向けに情報を絞った「実盛物語」予習記事はこちら
 
 

「積恋雪関扉」初心者はこう楽しんだ!〜3月歌舞伎公演(国立劇場・小劇場)感想


ものすごく魅力を感じていながら、スケジュールの都合で泣く泣く諦めていた国立小劇場の歌舞伎。
特に観たかった歌舞伎舞踊「積恋雪関扉(つもるこい ゆきのせきのと)、運良く都合がついて、滑り込みで観ることができました!感涙!!

しかも花道の間近という素晴らしいお席。
揚幕からしずしずと登場する中村梅枝さん、どんな顔で見上げればよいものやらどぎまぎしてしまいました。。

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■初心者でも楽しめるのか?


楽しめるのではないかと思います。
私は圧倒的に楽しめました

しかしなぜこうも断言できないかと言いますと、
私自身が本当に初めて観たときのことをほとんど覚えていないからなんですね。。

しかも「傾城墨染実は小町桜の精」に中村七之助さんという好配役。
声が美しかった記憶、桜の木の中にぼんやり浮かぶ妖しい姿の記憶はうっすらとあれども、筋やら細かいことやらはすっかり抜けています。

やはりあらかじめあらすじを掴んでいた方が、見どころも分かるし楽しめるのではないでしょうか。

***

というわけでほんのざっくりとしたところだけ。

舞台は雪の中に桜の咲き誇る逢坂の関。関兵衛(せきべえ)が関守をしています。

この関の近くには、左遷された良峯少将宗貞(よしみねのしょうしょうむねさだ)の侘び住い。
そこに宗貞と恋仲の小野小町姫(おののこまちひめ)が訪ねてきます。

小町姫を通すか通さないかの関兵衛との問答があったり、宗貞を含めた三人での手踊りがあったりしたのち、この関兵衛から次々と不審な点が。
関兵衛の素性を怪しむ宗貞と小町姫。

実はこの関兵衛、謀反人・大伴黒主その人だったのです。出ました、歌舞伎の「実は」シリーズ。 
宗貞が左遷されたのも、宗貞の弟・安貞が殺害されたのも、この黒主の仕業。
宗貞にとっても、小町姫にとっても、にっくき相手なわけです。

一人謀反の時節を悟る関兵衛。
そこに、亡くなった安貞の恋人・傾城墨染(すみぞめ)が現れます。

この墨染、関兵衛に「自分の色になってほしい」と頼んで油断させ、隙をついて復讐しようとしているわけです。
詰め寄る墨染。ついに関兵衛、大伴黒主としての本性を顕します。
一方墨染も、実は舞台に咲き誇っている小町桜の精。
二人は対峙し、激しい争いを見せるのでした。
 

■私はこう見た!ここが好き!


尾上菊之助さん中村梅枝さんという、これまで短い間観てきて「この方の踊りは好きだなぁ」と思っていたお二人が主演ということで、まずはそこから嬉しい。

梅枝さんは、やはり糸のように自由なしなやかさと緊張感があって、傾城墨染のところは傾城としての余裕も見えて、素敵でした。
手先の美しさよ…そして上半身の自在さよ…

菊之助さん、今まで「品」というイメージだったので、今回の役はちょっと意外だったのですが、斧を持ったあたりからの勢いと迫力にやられました。。

***

前半、音楽がのどかで明るいところが多くて楽しかった!

今回絶対に聴き逃したくなかった歌詞に「生野暮薄鈍(きやぼうすどん)というのがあって、文字通りに捉えると「野暮でのろま」みたいな意味なのですが、
ここが当て振りになっていて、言葉の音に沿って「木・矢・棒・臼・ドン(戸を叩く)」と、意味は全然違う振りがついているのです。
その話を知って、「関の扉」への興味が俄然わいたのでした。
今日観てみて、矢と臼とドンは分かりました!それだけでもテンションが上がります。笑

宗貞中村萬太郎さん)との三人踊りのあたりも、好きな曲調でした。
やはり、明るめの曲調に惹かれます。気持ちが踊ります。

***

関兵衛が「勘合の印」と「割符」を落としたあたりからの、小町姫・宗貞vs関兵衛のやりとりの緩急にどきどきでした。

はっとした表情で割符を拾う小町姫(梅枝さん)。
ことあるごとに関兵衛(菊之助さん)の隙を狙うのですが、そのたびに関兵衛に阻まれます。

この二人の間の緊張感に、毎度こちらもはっとしてしまいました。笑
手を伸ばす小町姫と、払う関兵衛、どちらにも鋭さがあって、その鋭さがまた美しい。

***

関兵衛(実は黒主)の一番好きなところは、盃を手に謀反を企て、大斧を持って琴を試し斬りに行くあたり。
この盃のくだりは曲調も一変して、新たに楽器も加わって、一気に舞台の緊張感が増すのです。
関兵衛のときはちょっとおかしみもあったのに、ここから声も太くなり、いよいよ悪人感が出てきます。

斧を手にしたところからのキレがさすがで、とても好きでした。
小劇場という空間で観たこともあり、迫力がすごい!

***

小劇場という観点で言うならば、役者さんの息遣いが分かるのもまた嬉しいところ。
刺さったのは小町姫が宗貞に別れを告げる、「おさらば」というセリフ。
たった一言なのですが、息の震え方に、宗貞との別れの辛さが感じられました。

息遣いというわけではありませんが、セリフの言い方にぐっときたのは、
傾城墨染(梅枝さん)の廓話のくだりでの、「口説(くぜつ)の種にさんすのかえ」というところ(細かい言い回しが違うかもしれませんが…)

上手く言えないのですが、押すばかりでなく引くのもお手の物な傾城の余裕が垣間見えた一言でした。
「墨染」と、自分の名前を名乗るところも素敵だった。
まっすぐ関兵衛を見て名乗るのではなく、関兵衛に背を向けて歩きながら、言葉だけ後ろに残していくように言うのが何だか色っぽいです。

***

この廓話に至るところ、そしてそこからの展開がとても良かったのです。

桜を伐ろうとするも、何かの力によって伐り得ず、座ってしまう関兵衛。
暗くなっている舞台に、音もなく傾城墨染が現れます。
あまりにも静かであるがゆえに、何だか妖しい。鳥肌が立つような時間でした。

そんな雰囲気だったのに、廓話の踊りになると一気に華のある曲調に変わります。
墨染の表情も曲調に合わせ、明るく。

しかし、関兵衛が「血染めの片袖」を持っているのを認めてから、徐々にまた緊張感が高まっていきます。

この片袖は、墨染の恋人・安貞の死を伝えるもの。
墨染にとっては、悲しさと黒主への復讐心を生むものなのです。

廓話にかこつけて、戯れのように見せかけて、関兵衛から片袖を取り上げる墨染。

この!この取り上げ方が、何でもないように見えてめちゃくちゃ素敵なのです…!
本当に、ただ女が男をからかっているときのような取り方をするんです。
でも、実はこれが今後の展開にものすごく噛んでいるところ
それが分かっていると、わざと軽いノリで片袖を取り上げる墨染の本気が見えてきて、何ともかっこいいのです。

***

関兵衛が黒主としての、墨染が小町桜の精としての本性を顕してからは、もう圧巻ですね。

きっと大きな劇場で観てもすごい迫力なのだと思うのですが、間近で観るとそのスピード感に圧倒されます
思わず息を詰めて、なぜか腹筋に力を入れて観入ってしまいました。

梅枝さん、よく反るなぁ二人藤娘では児太郎さんがとにかくよく反っていたので、今日梅枝さんの反りが観られて謎の公平感を抱いています)

全体を通して、音楽も味わい深いしお芝居の緩急にもうまいこと持っていかれるし、とても良い時間を過ごさせていただきました。


■まとめ


「国立小劇場で歌舞伎をやる」と知ったとき、なんて贅沢なんだろう、と衝撃を受けました。

普段は文楽や、舞踊のおさらい会などを行なっている印象の小劇場。
舞台との距離がとても近いと知っていたので、あの距離感で、あのダイナミックな舞台を観られるなんて夢のようではないか!と思いました。

実際行ってみて、やはりその予想に間違いはなかった!

もう振動が直接くる。ツケの音も、役者さんの踏む音も
表情がよく見えるのはもちろんのこと、息遣いまで聞こえてきて、より胸に迫るものがありました

踊りをちょっぴりかじっている身としては、間近で役者さんたちの身体の使い方を観られたのも大きな収穫。
こんなスピード感をもってやっているのか、とか、こういう風に動いているのか、とか。
すぐに自分が実践できるとはこれっぽっちも思いませんが、これを目に焼き付けられたのはまたとない経験です。

***

もう一つ、「歌舞伎舞踊」というものの面白さを感じた一幕でもありました。
基本は音楽(常磐津)に合わせた舞踊として進んでいくので、曲調が変わるところがはっきりとしていて、ドラマティックなのです。

特に好きだったのは、先述の通り、関兵衛(黒主)が杯に映った星を見て謀反の時節を悟るところ。
それまでうららかな雰囲気のところが多かっただけに、この変化がものすごく効果的だなぁと思います。

***

何はともあれ、観られて本当に良かった。
諦めないで良かった!!
また観たい演目がどんどん増えております。


 

「傀儡師」初心者はこう楽しんだ!〜三月大歌舞伎(歌舞伎座) 昼の部感想


昼の部の舞踊の演目、「傀儡師(かいらいし)

舞踊の会で何度か観ているのですが、なぜか毎回途中で寝落ちしてしまうという因縁の(?)演目を、幕見で観てまいりました!
(「傀儡師」については、今月の物知らずにちょっぴり記載あり。こちら。)

松本幸四郎さんの傀儡師。
今回は寝ませんでしたよ!!一つ進歩!笑


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今月のポスター、ですが残念ながら「傀儡師」の写真はありませんね。。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめると思います!

といって、私この曲を寝ずに見通せたのが初めてなので、どの口が言うかという話ではあるのですが…。

「物知らず」に書いた通り、「傀儡師」は町中で人を集めて、人形を見せていくお仕事。
そもそもが人を楽しませるための踊りなのです。

振りも分かりやすいところが多くて、どうして今まで寝落ちしてしまっていたのだろう、という感じです。笑


■私はこう見た!ここが好き!


先述の通り、何をやっているのかが分かりやすい振りが多くて楽しい!

たとえば序盤、とあるお嫁さんの良妻ぶりを表すところは、縫い物をしたり機織りをしたり。

そのあとは三人の息子たち、それぞれの性格に合わせて雰囲気が変わったりとか(長男:女好き、次男:堅物、三男:色男。歌詞ではそれぞれ「惣領息子」「二番息子」「三番息子」と聞こえてきます)

三男のくだりから八百屋お七の話に流れていき、お七が吉三との恋の成就を、手を合わせて願う振りなんかもありました。
「お七」「吉三」「湯島」「弁長」という歌詞が何となく耳に入ってくるので、お正月に観た「松竹梅湯島掛額」の人物関係が頭に浮かんできます!(あらすじはまとめていないのですが、感想はこの記事

ちなみにお七の願をかけるところの前、指で何かを摘まんで体の左右に触れるみたいな振りがあったと思うのですが、
あれは確か「塵手水(ちりちょうず)」の振りだったと思います。
「手を清める水のない時、空(くう)の塵をひねって手を洗うかわりとすること(広辞苑第五版) を指すらしい。
今じゃすっかりなくなってしまった風習!おもしろいですね!(お相撲の塵手水とは別物ですもんね。) 

このあとは「チョボクレ」のくだり。
花錫杖(はなしゃくじょう)という、遠目だと桜の枝のように見えるもの(近くで見たことがないために詳細をお伝えできません、すみません…)を持って出てきます。

この「チョボクレ」、他にもいろんな曲に入っているのですが、このチョボクレの音楽が楽しくて、わくわくしてしまいます
歌詞も「おぼくれちょんがらちょ」とよく分からないなりに何だか楽しい。笑
 
そこからまた雰囲気が変わって、綾竹という紅白の布を巻いた棒を使っての踊りになります。
ここからはさすがのキレ!格好よかったです。

すごく細かいのですが、「平知盛幽霊なり」という歌詞の前だったか後だったか、一度後ろに入るのですが、
普通だったらそのまま振り向いて下がっていきそうなものを、幽霊っぽい振りがちょこっと入っていたのではなかったでしょうか…?見間違いかしら。。

でも、そうだったとしたらとても面白い! 
それもやっぱり、町中で人を集めてやっている、という設定だからなんでしょうかね。
御見物を飽きずに楽しませることを主眼に置いているのかもしれません。細かい気配りが楽しいですね!

このあたり、ずっと堅めの音楽が続くなぁと思っていたら、いきなり「どうでい、義公!」という楽しげな砕けた歌詞が挟まれて、おやっと思いました。笑

そんなこんなで、曲も面白いところがたくさんありましたし、踊りもころころと変わっていって、面白かった!
今までの寝落ちしてしまった分を返してほしい勢いです。笑


■まとめ


踊りに当時の生活習慣が垣間見えるのは面白いな、と「傀儡師」を観ていて何となく感じました。

意味の分かる振りが多い分、その振りのことを考えてみると「動きの意味は分かるけれど、現代の生活の中にはない」というものが多かったり
何というか、方言とかの「聞いて意味は分かるけれど自分は話せない」みたいな感じと言いますか。

それは観る側からしたら「興味深い」で良いのかもしれませんが、
踊る側は自然にそういう動きができるようになっておくべきなんだなぁと、ものすごく壮大なことを考えてしまった踊り初心者でありました。笑

もう一つ感じたのは、当時は当たり前のように道ゆく人が理解したであろう物語を、全然知らない自分がいるな、ということ。

というのも、この踊りの中にはお七吉三の恋物語牛若丸と浄瑠璃姫の恋物語平知盛を描いた舞踊「船弁慶」の一節などが組み込まれています。
おそらく、大道芸人であるからには大衆受けするようなことをやるのだと思うのです。
となれば、これらの話は「みんなが知っている」「万人に受ける」ようなものだったのではないかと。

しかし、今自分がちゃんと知っているのはお七吉三くらいのもの。
うぅむ、お江戸は遠いですね。。

と、いろいろぐちゃぐちゃ書きましたが!
基本的には曲も楽しいし振りも見た目で分かりやすいしで、思っていた以上に楽しい踊りでした。

これで大まかな曲の流れが分かったので、次に舞踊の公演で「傀儡師」が出たら、今までよりもずっと楽しめるんじゃないかと思っています。笑
 

「傾城反魂香」初心者はこう楽しんだ!〜三月大歌舞伎(歌舞伎座) 昼の部感想


一度ちゃんと観ておきたいと思っていた演目、「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)
ぎりぎりですが幕見で観て参りました!


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今月のポスター、右から2枚目。
真ん中が又平松本白鸚さん)、左下が又平女房・おとく市川猿之助さん)、
右下が狩野四郎二郎元信松本幸四郎さん)。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめます!

二幕ありますが、どちらもそれほど難しくないと思います。

一幕目は笑いどころやあっと驚く演出も多く、結構会場が沸いていました!
「この演目が初めて上演されたときはさぞかしみんな楽しんだだろうな」という感じ。

二幕目は打って変わって人情話ですが、これがとてもとても良かったのです。
あと数日しかありませんが、いろんな人に勧めてまわりたい。。
夫婦の情愛が溢れる、いい一幕でした。

***

一幕目に関しては、狩野四郎二郎元信松本幸四郎さん)が陥れられて縛られ、その危機を絵の力で脱してみせる、ということが分かればおおよそ大丈夫。

第二場で始まる立廻りは、この元信方の3人を追って、さっき謀った側がやってきます。
元信の弟子である狩野雅楽之助中村鴈治郎さん)が孤軍奮闘します。

二幕目は、絵師の浮世又平松本白鸚さん)が、何とかして「土佐」の苗字を許されたい(=土佐派の絵師として認められたい)と願う話です。
生来の吃りでなかなか思いを伝えられない又平を、女房のおとく市川猿之助さん)が甲斐甲斐しく助けます。

上手く話せないゆえに積年の望みが果たされず、絶望する又平。
それを支え続けるおとくの温かみが、とにかく沁みます。
 

■私はこう見た!ここが好き!


(1)近江国高嶋館の場、館外竹藪の場


先述の通り、一幕目は笑いどころ・見どころが多かった印象でした。

筋としては、
①この館の娘・銀杏の前中村米吉さん)が狩野元信松本幸四郎さん)と何としても夫婦になろうとする話、
②元信が不破入道道犬(どうけん、市川猿弥さん)・長谷部雲谷(うんこく、片岡松之助さん)らに謀られ、縛られてしまう話、
③その危機を、元信が自身の描いた虎で切り抜けるという奇跡のファンタジー(笑)、
④騒動に巻き込まれた銀杏の前一行を守ろうとする元信の弟子・狩野雅楽之助(うたのすけ、中村鴈治郎さん)と、追ってくる雲谷ら一味との立廻り
という流れです。

米吉さんの娘、いつ観ても可憐でかわいらしいですね…。

この銀杏の前、元信からは度々断られているのですが、この場面における元信への迫り方が結構策士で(笑)、
腰元・藤袴のふりをして「銀杏の前さんに諦めてもらうために私と夫婦になりましょう」みたいなことを言って、まんまと固めの盃を交わすのです。

あとあと本物の腰元・藤袴(市川弘太郎さん)が出てくるのですが、このインパクトがまた強烈で。
見た目もさることながら、動きが妙にキレキレなのがまたおかしく(「さぁさぁ」と詰め寄るあたりが大好き!笑)
「館外竹藪の場」の最初の方のセリフ、追われている状況で心細そうに「この身の細腕…」と言っているのがまた見た目とちぐはぐで笑いを誘います。笑

竹藪の場はほとんどの時間が立廻りになります。
鴈治郎さんも捕手も、ぴしりぴしりとしていて気持ちのいい立廻りでした!

さて、この場面は演出というか、趣向がすごくてですね、
絶体絶命のピンチで元信が、自らの肩を食いちぎり、その血で襖に虎の絵を描く(!)のですが、まずここの演出が面白いです。
実際にはもちろん描いていないのですが、ちゃんと展開に合わせて虎の絵が出来上がってくるのです!
私は純粋なので、「仕組みどうなってるの?!」と素直に驚きました。笑

そしてその後がさらに楽しいです、
この虎、本物の虎になって絵を抜け出してきます!おぉ!!
虎、動きがかわいいですよ。笑
道犬の動きを後から真似したりして、道犬がきりきりしているのがまた面白い。

この虎が道犬を倒し、縛られた元信の縄を食いちぎってくれるのです。
あれ、こういうの前に見たことある…「金閣寺」で雪姫が桜の花びらで描いた鼠と同じ流れだ!
と思ったのですが、去年「金閣寺」を観ているにも関わらず感想をまとめていませんでした。残念。


(2)土佐将監閑居の場(吃又)


通称「吃又(どもまた)」という、有名な一幕のようです。私も名前だけは聞いたことがありました。

さっきの虎が村を荒らしているので、虎を捕まえようと百姓がどやどや出てくるところから始まります。
このお百姓さんたちがどこかのんびりしていて、なんだか雰囲気が良くて、私は好きでした。

さて、この虎の正体を、「狩野元信が描いた虎に魂が入って抜け出たもの」と見事に言い当てる土佐将監光信坂東彌十郎さん)。
ここで、弟子の修理之助市川高麗蔵さん)が絵筆を使い、この虎を見事に消してみせます。

この画業の功績が認められ、修理之助は将監から、「土佐」の苗字を名乗ることを許されるのです。

修理之助は高麗蔵さんなのですが、失礼ながらもっとお若い方がやっていらっしゃるんだと思っていて、筋書を確認してびっくりでした。
完全に青年だと思って観ておりました。。すごい。

さて、ここにやってくるのが件の又平松本白鸚さん)・おとく市川猿之助さん)夫婦。

もう、花道から良いです。
おとくが先に立って、又平の手を取って出てきて、将監の家の方の様子を確認してから又平を振り返り、また手を引いて本舞台に行くのですが、
この部分、セリフが一つもないにも関わらず、動きだけで二人の間にある温かいものが伝わってきます

かねてから「土佐」の苗字を許されたいと願い続けてきた又平。
おとくは将監に向かい、又平に代わってその想いを滔々と語ります。

上手く話せない又平と正反対に、おとくはとってもおしゃべり。それが決して欠点ではなく、とことん又平を支えているのです。
又平も何か言いたいことがあるときは、おとくを頼ります。
おとくはすぐに耳を傾けて、又平の言わんとするところをちゃんと汲み取るのです。

さて、将監に思いを伝えた又平(おとく)ですが、現実はそうそう甘くはありません。
又平、やっぱり断られてしまいます。
話すのが苦手な又平が、自ら懸命に話して直々に頼んでみても、やっぱり上手く伝わらずにすげなくされてしまいます。

先ほどの雅楽之助が銀杏の前救出を頼みに来たときも、本当は自分が行きたいのに、吃音が原因となって行かせてもらえない。
弟弟子の修理之助に、苗字も先を越され、この場面でも大事なお役目を取られてしまうのです。

絶望する又平。
いっそ死にたい、と。
後ろを向いて涙を拭いているおとくもまた切ない。

将監が部屋に入ってしまい、いよいよ「土佐の苗字をもらう」という望みは絶たれました。
又平は自ら命を絶つことを心に決め、おとくにもまたその気持ちがよく分かっています。

刀に手をかける又平ですが、おとくはその刀に「待って下さんせ」とすがりつき、
傍の手水鉢を示して、あれを石塔に見立てて自画像を描いてからにしたらどうかと勧めます。

この「待って下さんせ」の必死の勢い、胸に刺さりました。
夫に絵を描くよう説得する様子も一生懸命で、ずっとこうやって又平の分までいっぱいしゃべって、夫を支え続けて来たんだなぁと。。

手水鉢に向かおうと立ち上がる又平を、両手を取って支えるおとく。
「手も二本、指も十本ありながら、なぜ吃りには生まれさしゃんしたぞいなぁ」という、おとくのどうにもならない慟哭が胸を打ちます。

そして又平は、全身全霊で石塔に自画像を描いていきます。
おとくは墨をすり、横で見守り、出来上がった絵を褒める。

あまり念を入れて描いたので、描き終わっても又平の手からはなかなか筆が離れません。
それを、またおとくが丁寧に又平の力を抜いていって、筆を離してあげるのです。

もうこのあたり、最期だと思えば辛くて愛しくてたまらない
本当に、本当にいい夫婦なんです。。

別れの水盃を、と手水鉢へ向かうおとく。
そしてびっくり!さきほど又平が手水鉢の裏へ描いた絵が、なんと手水鉢の表ににじみ出ている!!

そうなんです、本日2回目の「どうなってるの?!」演出がこちら!笑
さっきの虎の絵ではないですが、これも又平が熱心に描いている最中に、絵がこちら側の面にどんどん出来上がっていくのです。おぉ!

慌てて又平に知らせるおとく。
又平の「かか、ぬ、抜けた!」というセリフが良い!

これ、別に言わなくていいことだと思うのです。だって「抜けた」のを知らせたのはおとくの方なんですから。
それを、しゃべるのが苦手な又平が思わず口に出してしまうくらいにはすごい場面だし、それくらいおとくを信頼している証拠なんだと思います。

何度も何度も手水鉢の表裏を確認する二人の様子が微笑ましい。

さて、実は将監、この様子を見ていました。
そして又平の絵の力を認め、彼に「土佐」姓を許すのです。

気持ちのいいハッピーエンドだなぁ。。


■まとめ


すみません、今回まとめません。(どんな宣言)

ちょっとここで語らせていただきたいくらい猿之助さんが良かった。

きめ細かいなぁ、と思いました。
どの瞬間も抜け目なく美しくて、隙がないな、と。
後ろを向いて又平の羽織を畳んでいるときの手つきとか、部屋に入ってしまった将監にひっそりと語りかけるところとか、
些細なところかもしれませんが、ものすごく印象に残っています。

今まで猿之助さんは男役しか観たことがなかったのですが法界坊の野分姫はちょっと別として笑)、 女めちゃくちゃ良いじゃないか!と衝撃を受けて帰ってきました。

又平があまり話さない分、おとくのセリフが一つ一つとても良くて、それはもとの台本が良いということなのですが、とにかくおとくに泣かされた一幕でした。

もうちょっと早く観ておければもう一度くらい幕見に行けたのに…
いや、でも観に行かない可能性もあったことを考えると、観ておけて本当に良かったと思います。

来月は、猿之助さんの舞踊「黒塚」がかかります(4月の物知らずはこちら
今まで以上に楽しみになったのが嬉しいです。
 
プロフィール

わこ

◆東京都在住╱地味目のOL (平成生まれ)。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇2年目、毎月何度か劇場に通う日々。
◆着物好きの友人の影響で、着物でのお出かけが増えてきた今日この頃。

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