ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

初めて

【日本舞踊】習った曲を振り返ってみる②梅にも春


日本舞踊を始めてから習った曲を、習った順に振り返ってみる企画の第2回です。

第1回はこちら▶︎ 【日本舞踊】習った曲を振り返ってみる①初稽古〜京の四季

始めてから確か2ヶ月くらい。
2曲目に教えていただいたのは、「梅にも春」という、こちらも3分ほどの曲です。

「京の四季」もそうだったのですが、この曲も畳1枚の中で踊れます。
基本的には踊り始めた位置で踊り終わる日本舞踊。
今思い返せば、元の位置から大きく動かない踊りから始めることで、その基本を知らず知らずのうちに教えていただいていたのではないかな、と思います。

※ひとつお断りしておくと、流派によって、どころでなく同じ流派でも先生によって、振付は全く異なります。あくまで、私が習った振りでのお話です。
 
***

これもいろんな風物が出てきて、お扇子も大活躍で、ますます日本舞踊がおもしろくなった一曲でした。


たとえば裾をちょっと押さえて、袂を帯に挟んで、井戸の水を汲む振り。

生活の中で着物を汚さないように、あるいは動きやすいようにするにはこうやっていたんだ、というのが分かる振りですよね。
ちょっとしたこの仕草がまた、なんだかしっとりお上品に感じられたりするのです。

井戸だって触ったことがあるのは人生に2回ほど。
実際に井戸が見えるように踊るのは、まだ2曲目では難しかった
でも、そう見せようと工夫するのがまたおもしろい!


それから、煙管に草を詰めて、火をつけて吸ったり、笠をかぶったり、駕籠に揺られたり…
浮世絵で見るような光景は、こんな風に動いていたのかな、と。

今まで知らなかった昔の暮らしの一片が、踊りを通して立ち上がってくるのです。

***

踊りの面で言えば、この曲を始める少し前に初めて舞踊の公演を観に行き、「自分がやっているのはこういうことなのか!」というのがほんの少しだけ見えたのは大きかったと思います。

「首を振る」って、「おすべり」って、「踏む」ってこういうことか、と。

そんなわけで、この曲あたりから首を意識的に動かすようになりました。
まだちゃんと触れるレベルではなく、あとから映像を見直すとただひたすらにぐにゃんぐにゃんです。
いいんです。ここからです。笑

▶︎【日本舞踊】首振り三年?
 
***

「踊りって楽しい!」と思い始めたのは、この曲からだったと思います。
もちろん1曲目も楽しかったに違いないのですが、まだまだ頭の中が未分化で、自分が何をしているのかが掴みきれていなかった。
それを、「踊り」として認識して踊れるようになったのはここからだった気がします。

教えていただいた曲はどれもこれも大好きだし思い入れがありますが、その意味において「梅にも春」は、とても大切で思い出深い曲です。


【日本舞踊】習った曲を振り返ってみる①初稽古〜京の四季


いえ、まだ始めてそんなに経ったわけでもないのでアレなんですが、
日本舞踊を始めてから習った曲を、習った順に振り返ってみる企画です。
(どうしても流派が特定されてしまいそうなものは省きます。笑 ) 

今のお稽古場に来る前の、大学の日舞サークル時代に教えていただいた曲。 
踊りに出会い、どんどん面白くなって、踊りが好きになっていく過程を綴ってみようかなと。

第1回は、初めてのお稽古のことと、最初に習った「京の四季」の思い出です。

※ひとつお断りしておくと、流派によって、どころでなく同じ流派でも先生によって、振付は全く異なります。あくまで、私が習った振りでのお話です。

最初のお稽古


「浴衣を着てみる」というところからのスタートでした。
先輩に教えてもらいながらやっとこさ帯を結び終わるまでに、20分くらいはかかっていたはず。

先生へのご挨拶の仕方を先輩に教えていただき、いざお稽古開始です。

まずは和服で歩いてみるところから。
先生が適当な曲を流しながら、内股、摺り足で歩いてみます。

幼い頃、週2だか3だかでクラシックバレエに通っていた身としては、この「内股で踊る」というのにとっても違和感があるんですよね。

摺り足自体は空手をかじった経験から何となく分かる気でいましたが、それも足袋を履いて浴衣でやると全く違うもので、これだけでも「分からないところに来たぞ!」という感じ。笑

でも何だか楽しくて、聞き取れないなりに曲も華やかで、早く踊ってみたくて仕方なくなったのでした。

残念ながら初回のお稽古はここで時間切れ。
先輩に浴衣のたたみ方を教えていただき、やっとたたんだ浴衣を全部ばさっと広げられて「もう一回やってみて」と愛のムチをいただいて帰りました。笑 


一曲目:京の四季


さて、念願の一曲目の踊りのお稽古です。

私のいたサークルでは、初めての曲は大体これ。
題名通り京都の春夏秋冬の風物を詠み込んだ唄なのですが、春と夏だけ抜粋してやりました。
おそらく、初めてだと全て通すのは負担が大きいのです。 春と夏だけなら、3分弱くらいのはず。

いやぁ、それでももうなかば体操でしたよね。笑

何せ知っている動きが何もないので、何を目指せばいいのか分からないんです。曲も聞き取れないしこの記事。 

でも、とても興味深かった

山や桜を眺める振り、酔っぱらう振りなんかは、演劇的な要素がとても大きくて、ただ音楽に合わせて身体を動かすだけではない楽しみがありました。

それからお扇子でのあおぎ方、今まで手持ちの扇子であおいでたのは男のあおぎ方だったんだ!とか。
(普段、親指を外側に持ってあおいでいる方が多いと思うのですが、女の踊りであおぐときは親指は身体側、残りの指が正面にそろって見えるようにお扇子を持ってあおぎます)
 
武士のことを「二本差し」というのも、この曲で初めて知りました。
「二本差し」という歌詞のところで、お扇子を刀に見立てて腰の横で左手で持ち、右手はもう一本の刀を握っているように見せます。
お扇子が刀になるのも、単純かもしれませんがちょっと予想外で面白く、また「二本差し」という言葉に出会ったのも興味深かった。

とにかく、知らないことだらけで発見の喜びが止まらなかったのです。

純粋に踊ることがもともと好きだったのもありますが、ただ踊るだけではない要素が多くて、これは楽しいぞ、と思いました。 


で、

私この曲、覚えきれないまま終わった気がするんですよね。笑

初めの曲だからなのか何なのか、最後まで先生が横か前で一緒に踊ってくださっていたので、何となくそれを盗み見しつつ雰囲気で乗り切っていたのですが、
なんとか最後まで踊りきった私を見て先生が誤解してしまい、「なかなかいいペースで覚えましたね(^^)」と次の曲へ。

いや、先生、

覚えてないんです!!

***

これが一曲目。2ヶ月くらいかかったのかしら。定かでありませんが。。

何にせよ、「日本舞踊って楽しい!」と思った背景には、江戸の文化や生活の一片を知ることができる、という点だったり、思った以上に演劇的である、というところだったり、
踊りだけではない側面もとても大きかったのではないかしら?と。

新しいことを早く知りたくて、お稽古の日を心待ちにする生活が、こうして始まったのでした。


【関連記事】
日本舞踊・始めたばかりのときはこんな感じでした
日本舞踊・音楽が聞き取れるようになるまで
 

初!狂言を観てきました!〜東西狂言の会(三鷹市公会堂 光のホール)初心者の感想


東京は三鷹市で毎年行われている「東西狂言の会」
初めてその存在を知り、恐ろしいチケット争奪戦の末に何とか行ってみることができました!

ちなみに、チケットは毎年即日完売の人気公演とのこと。そうだったのか…今回よく行けたな…。

それもそのはずで、三つやったのですが、それぞれ茂山千作さん野村万作さん(人間国宝)、野村萬斎さんという贅沢な布陣!
狂言についてはテレビでちょっと観たくらいしか知識のない私でも知っているお名前なので、相当なことなんだろうと思います。

***

さて、私が初めて狂言を観たのは、おそらく幼児の頃。
案の定 何の記憶もございません。 

そのため今日が「人生初狂言」と言っても過言ではないのですが、
狂言、めっぽう面白かった!!
一人で行ったにもかかわらず誰に気兼ねすることもなく大笑いしてまいりました。 

せっかくなので、一つずつ感想をば。

 


■『貰聟(もらいむこ)』


狂言(および狂言をもとにした歌舞伎舞踊)にありがちな、「酒でやらかす」系のお話。

酒に酔った夫(茂山千五郎さん)に追い出された妻(茂山逸平さん)は、泣く泣く実家に帰ります。
愛娘の夫の度重なる酒乱に、呆れ果てる父親(茂山千作さん)。
そこに酔いが醒めて反省した夫が、妻を返してもらいにやってきて…という話。

これがもう大変に面白くて、客席どかんどかん受けてました!

茂山千作さん演じる父親の、間とセリフの言い方が絶妙

妻が泣きながら家に帰ってきたときに、思わず「…またか」と口をついて出てしまうのが可笑しい!

夫の方も自覚はしていて、高い敷居をまたいで(笑)、「近頃度々で申し訳ござらぬが…」と言ってやってくる。
もう今度こそ酒はやめるので、と父親の前で手をついて頭を下げるのですが、
父親、「ほっほーん」という気の無い返事で全然取り合わない(笑)。

この二人のやりとりの間がもう完全にコントで、王道をゆくのですが何度も笑わされました。

最終的に夫vs父親という構図になるのですが、
最初は妻も「あの夫のもとに帰るくらいなら死ぬ!」という勢いだったのに、このあたりで完全に雲行きがあやしくなり始めまして、

結局 夫と元の鞘に収まり、我が娘を思っての行動をとり続けていた父親、最終的に見捨てられます

仲良く去っていく娘夫婦を見送る父親。

「まぁ…よいわ…」という悔しさ紛れの諦めと、最後の夫婦への捨て台詞が、切なくて面白かったです。笑

***

余談。
「かなぼうし」という言葉が聞きなれなかったのですが、子供のことを「金(仮名)法師」と言うんですね!初めて知りました。


■『魚説法(うおせっぽう)』


これもよくある、「知らないのに知っているふりをして痛い目にあう」パターンのお話。

新発意(しんぼち、出家間もない修行僧、野村万作さん)が堂供養の説法を頼まれ、説法などしたことがないにもかかわらず、お布施欲しさに請けてしまう。
浜辺育ちを活かして、知っている魚の名前を連ねてごまかしながら「説法」をする新発意ですが、それがついに施主(野村祐基さん)にばれてしまい…という展開です。

魚の名前を連ねてごまかすって。笑

この説法もよく聞いていると本当に内容がなくて、魚の名前だらけでおもしろいのですが、
一番楽しいのは、悪巧みがばれたあとでした。

それっぽーい説法をしている新発意を、怒って突き飛ばす施主。
おっとっと、と飛ばされる新発意が全然悪気がない感じで、かわいらしかった!

施主との会話もものすごくよくできていて、しっかりとは記憶できなかったのですが、
「さっきから生臭いことを…」みたいな施主のセリフに、「他意のないことを言わします(=鯛のないことを鰯鱒)」みたいなセリフで返すんです。

言葉遊びがすごい!!面白い!!!

最終的には施主に怒られて、新発意は「飛び魚、飛び魚…」と言いつつぴょこぴょこ跳ねながら逃げていくのですが、
さっきの突き飛ばされるところと言い、この去り際といい、万作さんの足取りの軽さが楽しくて、新発意の愛嬌が溢れていたのでした。

解説してくださった深田博治さんによれば、普通、この新発意の役は若い方がやるのだそうです。
万作さんがなさるのは非常にレアとのこと。

あとからよくよく計算してみて、万作さんが87歳でいらっしゃるということに衝撃を受けました…!!嘘でしょ…!!


■『止動方角(しどうほうがく)』


「三主物」と言って、三大「怖い主人」が出てくる狂言の一つだそうです。
この話では、太郎冠者(野村萬斎さん)が勝手で横暴な主人(野村太一郎さん)に一泡吹かせます(最終的にはやりすぎて結局怒られます(笑))。

茶くらべでいいところを見せたい主人は、伯父(石田幸雄さん)に茶と太刀と馬を借りに行くよう、太郎冠者に命じます。
全て無事に借りられたはいいけれど、この馬(飯田豪さん)、後ろで咳をすると暴れるという癖がある。
それを落ち着かせるための呪文(!)を教えてもらい、太郎冠者は主人のもとに帰ってきます。
主人は早々に太郎冠者を「遅い」といって叱り、茶くらべに出かける道すがらもお小言ばかり。
ついに怒った太郎冠者は、主人を乗せた馬の後ろでわざと咳をして…という話。

題名の「止動方角」は、馬を鎮める呪文の最後の言葉です。

太郎冠者と主人の対立、観ていて面白いですね!!
太郎冠者の気のない返事、むきになるところ、主人の圧倒的な理不尽さ。笑

当時の人も、太郎冠者が咳をして主人を落馬させたあたりは小気味よかっただろうし、今でもそういう人は多いのではないでしょうか。笑

この落ち方、ものすごくリアルなんですよ!

冒頭の解説で深田さんもおっしゃっていたのですが、正直、狂言の馬はぱっと見、馬には到底見えません。
ちょうど先日歌舞伎「実盛物語」で観た馬、あのリアルさは欠片もない。
何せ、人が四つん這いになっているだけなのですから。

しかし、そこにまたがって馬に揺られる人がいる。
さらには馬から落ちて転がる人がいる。

そうすると、不思議なことに馬にしか見えなくなってくるんですね!笑
暴れるところなんて、もろ馬。
落ちるのも、明らかに高いところでバランスを崩して地面にしたたか打ち付けられた、というようにしか見えないですもんね。

リアルだなぁと思ったのはもう一箇所あって、太郎冠者の伯父の家からの帰路なのですが、
帰路を行く太郎冠者と待っている主人、どちらもあの小さな舞台空間の中で見せるのです。
そのときに、太郎冠者も主人もお互いの心のうちを、同時にしゃべる

これによって、二人が舞台上でとても近い位置にいるにも関わらず、「全く違う場所でそれぞれの時間を過ごしている」ことが分かるのです。

面白いなぁ。工夫がたくさんあるんですね。

ラスト、また馬の後ろで咳をして馬を暴れさせた太郎冠者が、馬と間違えて落ちた主人を「どうどう」とやっているのが非常に楽しかったです。笑


■まとめ


狂言の舞台は、歌舞伎と大きく違って極限まで簡略化されていました。

だからこそ懸命に耳で理解しようとするし、想像の余地がある。

道が見え、部屋が見え、馬が見えてくる。

面白いと思いました。
日頃歌舞伎ばかり観ている者としては、工夫の方向性が全然違うんだなぁと。

歌舞伎は、道具を使ったり音を使ったりしながら「演出に工夫を凝らす」イメージですが、
狂言はそうではなく、そこにあるものでいかに情景を浮かび上がらせるか、という印象を受けました。

***

今年は能か狂言をちゃんと生で観てみたいと思っていたのでした。
どちらもテレビでは何となく観ていたのですが、本日(物心ついてから)初めて狂言を観てみて申し上げますと、

生で観る方が断然おもしろい!!!

もうやりとりの間がとにかく秀逸で、それを感じられるのはやっぱり空気を共有しているからなんです。
テレビだと伝わりきらない微妙な雰囲気とか、客席に起こる笑い声とか、そういういろんなものが楽しい。

ぜひ来年も、頑張ってチケットを確保したい公演です。

【歌舞伎初心者向け】ざっくり予習する「実盛物語」


2019年4月の歌舞伎座で上演される「実盛物語(さねもりものがたり)

一度観てみてとても面白かったのですが、予習なしだと理解するのはきつかったのでは、と思います。

だって分かりにくいんですよ、途中で立場が変わっちゃったり「実は俺も源氏方なんだよ」みたいな平家がいたり…。 

そんなわけで、今回は「出てくる人順に」「源平の構図を見やすく」ということに重点をおいてまとめてみます。
話の筋が最低限追えるところのみを書いているので、細かい登場人物など、割と省いています。

少しでも観劇前のご参考になれば…

 

本題の前に…
【最重要アイテム・源氏の白旗】

この場面で最も重要なのが「源氏の白旗」。白い巻物のように見えます。初っ端でおじいさんと子供が持って、花道から出てくるものです。
白旗は源氏のシンボル。今は平家に押され気味な源氏方にとって、守り抜かねばならない大事なアイテムなのです。

・大まかなあらすじ

1.最初


場面はお百姓の九郎助さんのおうち。
舞台にいるのはみんな源氏方と思って問題ありません。
こんな人々が出ています。(グレーアウトは家系図用に記載、この場面には出ていません)
 
葵御前=木曽義賢

九郎助=小よし
   |
    小万
   |
  太郎吉 

・九郎助(くろすけ、おじいさん)と太郎吉(たろきち、子供)は、花道からの登場です。源氏の白旗を握りしめた片腕を持って出てきます。
 
・最も立場が上なのは葵御前(あおいごぜん)。源氏の武士である木曽義賢(きそのよしかた)の子を身ごもっていますが、義賢はこの前の場面で息絶えています。

・グレーアウトされている小万(こまん)ですが、この前の場面で平家方との乱闘ののち、源氏の白旗を死守するために逃れたまま、行方が分からなくなっています。 

2.実盛と瀬尾十郎の登場


花道から出てくる涼やかな武士・斎藤実盛(さいとうさねもり)と、態度が大きくてあんまり印象のよくない(笑)瀬尾十郎(せのおじゅうろう)

どちらも平家方です。

こういう構図が出来上がります。

【源氏方】

葵御前=木曽義賢

九郎助=小よし
   |
    小万
   |
  太郎吉 

【平家方】

斎藤実盛、瀬尾十郎

木曽義賢の子を妊娠中の葵御前を追い、その子が男の子(=源氏の後継ぎ)だったら殺そうということでやってきたのです。

困った九郎助、なんと先ほどの片腕を「これが産まれた子供です」と差し出します。とんでもないな。
しかしこの片腕に、実盛は思うところがありました。 

3.実盛の物語


実は、実盛はここに来る前に、ある女性の腕を切っています
その女性こそ、上の図でグレーアウトされている太郎吉の母・小万(こまん)
そこにはただ「平家だから源氏を斬った」というのではない事情がありました。

実は、実盛は元は源氏方。今でも源氏の方に心を寄せています。

平家に囲まれ絶体絶命の小万が、命懸けでこの白旗を守っているのを見て、
せめて白旗だけでも救おうとやむなく彼女の腕を切り落としたのです。

※「物語」はお話の意味ではなく、文字通り「何かを物語る」ということです。 
 
【源氏方】

葵御前=木曽義賢

九郎助=小よし
   |
    小万
   |
  太郎吉 

【心の中は源氏な平家方】

斎藤実盛

【平家方】

瀬尾十郎

4.小万の登場


折しも花道から運び込まれる小万の死骸。太郎吉のお母さんです。

最初に出てきた片腕を死骸につなぐと小万は一時的に生き返るのですが、白旗の無事を知ると、いよいよ息絶えてしまいます。

小万は九郎助夫婦に育てられましたが、実子ではなく拾い子です。
拾われたとき、刀と、平家の子である旨の書き置きがあったといいます。

あれ…小万、源氏方だったんじゃなかったのか…?

***

ここで、葵御前は男の子を出産。
九郎助は太郎吉を、産まれた子の家来にしてほしいと頼みますが、
小万の出自が明確でない以上(まして敵方・平家の子であるわけなので)、安易に家来にはできないと拒否されます。

5.瀬尾の本心


一回捌けていた瀬尾ですが、ここで隠れていたところから出てきます。
そしてすでに死んでいる小万を蹴るという悪行に。

これを見てぶちギレた太郎吉、何と母の刀で瀬尾を刺します。強い。

しかし、これこそが瀬尾の目的だったのです。

実は、瀬尾は小万の実の父親
太郎吉に「平家を討った」という手柄を立てさせて、義賢と葵御前の間に産まれた子の家来にさせようとしたのです。

瀬尾ー!何ていいやつなんだ!!

つまるところこういう構図。

【源氏方】

葵御前=木曽義賢

九郎助=小よし
   |
    小万(平家の子だが源氏方)
   |
  太郎吉 

【心の中は源氏な平家方】

斎藤実盛

【平家方】

瀬尾十郎
  |
 小万(平家の子だが源氏方)


6.実盛の約束

「親の敵」と実盛に迫る太郎吉ですが、何せ太郎吉は幼い。
実盛はいつか太郎吉に討たれようと約します。
そして太郎吉に優しさを見せつつ、馬に乗って去っていきます。


・見どころ


・太郎吉のかわいさ

瀬尾や実盛相手に勇みたつ様子を見せながらも、やっぱり愛嬌抜群、無邪気でかわいい太郎吉。

葵御前の出産をどうしても覗きたくて、こっそり見にいくたびに実盛に怒られるところとか。
実盛が馬に乗るのが羨ましくてたまらないところとか。

子役の良さを全面に引き出すタイプの役だと思っております。

・実盛の語り

題名にもなっているくらいですから、最大の見せ場だと思います。
竹本の語りに合わせて身ぶりを交えつつ、小万の最期の様子を語ります。
 
役者さんの藝を堪能するところだと思っています。

・瀬尾の最期

あんなに嫌らしい感じだった瀬尾ですが、だからこそ本心を知るとたまらない。

役者さんにもよるそうですが、太郎吉に斬られる場面では、座った状態から宙返りをする「平馬返り」という大技が見られることも。

・小万の蘇生

ちょっと不気味なところでもあるんですが、切られた片腕を体にくっつけると、小万はとても自然に生き返ります。
見せ場というほど大きな盛り上がりはないかもしれませんが、インパクト抜群の場面です。 夢に出そう。


・まとめ


「実盛物語」、出だしにいきなり「琵琶湖で釣り上げた」と片腕が出てきて度肝を抜かれるのですが、
武士の心のかっこよさ、子供のかわいさなど、見どころたっぷりです。

今回は片岡仁左衛門さんの実盛。
もう実盛をやるのは最後かもしれない、とのこと。
当たり役のお一つのようですので、絶対に観に行くつもりです!
 

【関連記事】
物知らずが行く歌舞伎#8〜四月大歌舞伎(歌舞伎座)今の知識と演目選び
平成中村座に行ってみた!昼の部 観劇の感想編2018(前回「実盛物語」を観たときの感想です)
 

【歌舞伎初心者向け】ざっくり予習する「熊谷陣屋」

2019年2月の歌舞伎座で上演中の「熊谷陣屋」。
素晴らしかったのでいろんな人に勧めたいと思いつつ、
何せ話が分かりにくくて、「歌舞伎は初めて!」という方にはなかなかハードルが高いようにも思えます。

そんなわけで、今回こんな記事を書いてみました。

目的はあくまで「初めて歌舞伎を見るような方がざっくり予習できる」というところなので、
芝居好きの方からしたら「熊谷陣屋を汚すな!」というレベルかもしれませんが、悪しからずご了承ください。

(歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人」こちらに、今月熊谷を演じていらっしゃる中村吉右衛門さんのインタビューがあります。とても興味深いお話なので、もっと深いところを知りたい方はぜひ。)



1.何が起きる芝居?


源氏方の武将・熊谷次郎直実が、「平敦盛を討った」と見せかけて、実は我が子を身替りにして敦盛を救っていた、という話。

戦乱の世の中、16歳の我が子を手にかけねばならなかった熊谷の、無常を悟りながらも抱える深い悲しみが胸を打ちます。

2019年2月の歌舞伎座公演では、上演時間は約1時間25分です。 

★『平家物語』の「敦盛最期」とは違う展開なので注意です!敦盛生きてます! 

2.お話の前提


この場面を最も分かりにくくしているのが、誰も真実を口外できないところ。
誰のセリフにも出てこない「討たれたとされている平敦盛は生きていて、熊谷の一子・小次郎がその身替りとなった」という事実が、最も重要なところです。

敦盛は後白河院の御落胤であるため、絶対に殺してはならない存在なのです。

それからもう一点、源平合戦の時代が舞台であること分かっていると良いかと思います。
源氏が優勢、平家は滅亡まっしぐらです。  

主人公の熊谷や、途中で出てくる源義経をはじめ、舞台上にいるほとんどの人物は源氏方

途中でいそいそとやってくる謎のおっちゃん・弥陀六(実は平宗清)は、平家方です。


3.注目すべきもの


【最初から舞台にあるもの】

■制札(せいさつ、桜の横にある立て札)

書かれているのは「一枝(いっし)を伐(き)らば一指(いっし)を剪(き)るべし」という言葉。

「枝を一本切るならばその指を一本切る」というのが表面上の意味ですが、
その真意は「花の枝(=平敦盛)を切らずに自分の指(=熊谷の息子・小次郎)を切れ」、つまり「自分の一子を身替りにして平敦盛を救え」というもの。
これは源義経による命令です。
救う敦盛は平家ではありますが、先述の通り後白河法皇の子供であるため、絶対に殺してはならない存在なのです。

【途中で出てきたら注目!】

■首桶(くびおけ)

熊谷が義経に持ってくる円柱型のもので、中には切り首が入っています。

これは敦盛の首と見せかけた小次郎の首

中身を見た女性陣(敦盛の母と小次郎の母)は、敦盛が討たれたと信じきっていたのに中から小次郎の首が出てきたので動転してしまいます。

しかし、あくまでこの首は「敦盛の首」としなければならない。
偽首だと他の人に知られてしまったら大変ですから、最後まで「小次郎」という名前は出ず、この首のことは全員が「敦盛」と呼び続けます

だから分かりにくいのです。。

■鎧櫃(よろいびつ)

義経が弥陀六(途中で出てくるおっちゃん)に渡す黒い箱。
弥陀六が背負って帰ります。

中に入っているのは、なんと無事だった敦盛その人
しかし敦盛が生きていると他の人に知られてしまってはならないので、この中身もひた隠しにされます。

だから分かりにくいのです。。


4.注目すべき人物


◼熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)

袴姿で花道から登場、一度引っ込んでから出陣のための装束で再登場し、最後は出家のための墨染の衣装です。
舞台では、主に陣屋の中の真ん中か、向かって左側にいます。

この物語の主人公で、
敦盛を救うために我が子・小次郎を討ち、その首を義経に示します。

■相模(さがみ) 

舞台向かって左側にいる女性。
熊谷の妻であり、殺された小次郎の母です。
我が子の無事をずっと祈っているのですが、予測しない事態で息子を亡くし、動揺が隠せません。

■藤の方(ふじのかた)

舞台向かって右側にいる女性。
討たれたと思わせておいて実は助かっていた敦盛の母です。
我が子が死んだと思っていたところからの生存確認ですから、相模と対照的な運命ですね。。

熊谷・相模夫婦は過去、この藤の方に窮地を救ってもらったという恩があります。

◼弥陀六(みだろく)実は弥平兵衛宗清(やへいびょうえ むねきよ)

途中で舞台右手からいそいそ出てくるおっちゃん、に見せかけて実は平家方の武将・平宗清。

以前幼い頼朝・義経兄弟を助けたことがあり、そのせいで平家が衰退してしまった、と悔やんでも悔やみきれない思いがあります。
しかしこの恩を忘れていない義経が、敦盛を彼に引き渡します

◼源義経

途中で出てきて、舞台右手で椅子みたいなものにどっかと座る人。

上述の制札で「小次郎を犠牲に敦盛を救え」と熊谷に暗示した人物です。

5.見どころ


いろいろとあると思うのですが、熊谷が旅立っていく最後の花道が最大の見どころだと思います。

出家の支度を整えて一人花道に立った熊谷の、「十六年は一昔。夢だ、夢だ」というセリフが有名です。 
16年というのは、小次郎の生きた年月。熊谷が小次郎と一緒にいた年月です。

深い悲しみを抱え、世の中の無常を悟り、笠でそんな世の中から自分をシャットアウトするかのように去って行く熊谷の姿は、胸に刺さるものがあります。

個人的には、首実検の場面で義経に首を見せ、迫る熊谷に一番心打たれました。


6.まとめ


「熊谷陣屋」が分かりにくいのは、何と言っても「推し量る」ことの多さだと思います。
大事な事実はこの場面では誰も口外してはいけないため、セリフから状況を判断することができないのです。 

理解の助けになってくれそうな竹本(舞台右手で語っている)も、なかなか聞き取りにくい。
そして内容も現代からすると想像がつきにくい。 

これをまとめている私自身も、理解し切れていないところがたくさんあるのだと思います。

でも、深い人間模様が描かれた、胸に刺さるお話です。
主要な登場人物全員がそれぞれの思いを抱え、このどうしようもない世の中を生きています。

ほんの少しでも「熊谷陣屋」の理解の助けになることができれば、これ以上の喜びはありません…!


関連記事▶︎「熊谷陣屋」観てきました!~二月大歌舞伎 夜の部 初心者の感想 
 
プロフィール

わこ

◆首都圏在住╱平成生まれOL。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇2年目、毎月何度か劇場に通う日々。
◆着物好きの友人の影響で、着物でのお出かけが増えてきた今日この頃。

Twitter プロフィール