ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

感想

初!狂言を観てきました!〜東西狂言の会(三鷹市公会堂 光のホール)初心者の感想


東京は三鷹市で毎年行われている「東西狂言の会」
初めてその存在を知り、恐ろしいチケット争奪戦の末に何とか行ってみることができました!

ちなみに、チケットは毎年即日完売の人気公演とのこと。そうだったのか…今回よく行けたな…。

それもそのはずで、三つやったのですが、それぞれ茂山千作さん野村万作さん(人間国宝)、野村萬斎さんという贅沢な布陣!
狂言についてはテレビでちょっと観たくらいしか知識のない私でも知っているお名前なので、相当なことなんだろうと思います。

***

さて、私が初めて狂言を観たのは、おそらく幼児の頃。
案の定 何の記憶もございません。 

そのため今日が「人生初狂言」と言っても過言ではないのですが、
狂言、めっぽう面白かった!!
一人で行ったにもかかわらず誰に気兼ねすることもなく大笑いしてまいりました。 

せっかくなので、一つずつ感想をば。

 


■『貰聟(もらいむこ)』


狂言(および狂言をもとにした歌舞伎舞踊)にありがちな、「酒でやらかす」系のお話。

酒に酔った夫(茂山千五郎さん)に追い出された妻(茂山逸平さん)は、泣く泣く実家に帰ります。
愛娘の夫の度重なる酒乱に、呆れ果てる父親(茂山千作さん)。
そこに酔いが醒めて反省した夫が、妻を返してもらいにやってきて…という話。

これがもう大変に面白くて、客席どかんどかん受けてました!

茂山千作さん演じる父親の、間とセリフの言い方が絶妙

妻が泣きながら家に帰ってきたときに、思わず「…またか」と口をついて出てしまうのが可笑しい!

夫の方も自覚はしていて、高い敷居をまたいで(笑)、「近頃度々で申し訳ござらぬが…」と言ってやってくる。
もう今度こそ酒はやめるので、と父親の前で手をついて頭を下げるのですが、
父親、「ほっほーん」という気の無い返事で全然取り合わない(笑)。

この二人のやりとりの間がもう完全にコントで、王道をゆくのですが何度も笑わされました。

最終的に夫vs父親という構図になるのですが、
最初は妻も「あの夫のもとに帰るくらいなら死ぬ!」という勢いだったのに、このあたりで完全に雲行きがあやしくなり始めまして、

結局 夫と元の鞘に収まり、我が娘を思っての行動をとり続けていた父親、最終的に見捨てられます

仲良く去っていく娘夫婦を見送る父親。

「まぁ…よいわ…」という悔しさ紛れの諦めと、最後の夫婦への捨て台詞が、切なくて面白かったです。笑

***

余談。
「かなぼうし」という言葉が聞きなれなかったのですが、子供のことを「金(仮名)法師」と言うんですね!初めて知りました。


■『魚説法(うおせっぽう)』


これもよくある、「知らないのに知っているふりをして痛い目にあう」パターンのお話。

新発意(しんぼち、出家間もない修行僧、野村万作さん)が堂供養の説法を頼まれ、説法などしたことがないにもかかわらず、お布施欲しさに請けてしまう。
浜辺育ちを活かして、知っている魚の名前を連ねてごまかしながら「説法」をする新発意ですが、それがついに施主(野村祐基さん)にばれてしまい…という展開です。

魚の名前を連ねてごまかすって。笑

この説法もよく聞いていると本当に内容がなくて、魚の名前だらけでおもしろいのですが、
一番楽しいのは、悪巧みがばれたあとでした。

それっぽーい説法をしている新発意を、怒って突き飛ばす施主。
おっとっと、と飛ばされる新発意が全然悪気がない感じで、かわいらしかった!

施主との会話もものすごくよくできていて、しっかりとは記憶できなかったのですが、
「さっきから生臭いことを…」みたいな施主のセリフに、「他意のないことを言わします(=鯛のないことを鰯鱒)」みたいなセリフで返すんです。

言葉遊びがすごい!!面白い!!!

最終的には施主に怒られて、新発意は「飛び魚、飛び魚…」と言いつつぴょこぴょこ跳ねながら逃げていくのですが、
さっきの突き飛ばされるところと言い、この去り際といい、万作さんの足取りの軽さが楽しくて、新発意の愛嬌が溢れていたのでした。

解説してくださった深田博治さんによれば、普通、この新発意の役は若い方がやるのだそうです。
万作さんがなさるのは非常にレアとのこと。

あとからよくよく計算してみて、万作さんが87歳でいらっしゃるということに衝撃を受けました…!!嘘でしょ…!!


■『止動方角(しどうほうがく)』


「三主物」と言って、三大「怖い主人」が出てくる狂言の一つだそうです。
この話では、太郎冠者(野村萬斎さん)が勝手で横暴な主人(野村太一郎さん)に一泡吹かせます(最終的にはやりすぎて結局怒られます(笑))。

茶くらべでいいところを見せたい主人は、伯父(石田幸雄さん)に茶と太刀と馬を借りに行くよう、太郎冠者に命じます。
全て無事に借りられたはいいけれど、この馬(飯田豪さん)、後ろで咳をすると暴れるという癖がある。
それを落ち着かせるための呪文(!)を教えてもらい、太郎冠者は主人のもとに帰ってきます。
主人は早々に太郎冠者を「遅い」といって叱り、茶くらべに出かける道すがらもお小言ばかり。
ついに怒った太郎冠者は、主人を乗せた馬の後ろでわざと咳をして…という話。

題名の「止動方角」は、馬を鎮める呪文の最後の言葉です。

太郎冠者と主人の対立、観ていて面白いですね!!
太郎冠者の気のない返事、むきになるところ、主人の圧倒的な理不尽さ。笑

当時の人も、太郎冠者が咳をして主人を落馬させたあたりは小気味よかっただろうし、今でもそういう人は多いのではないでしょうか。笑

この落ち方、ものすごくリアルなんですよ!

冒頭の解説で深田さんもおっしゃっていたのですが、正直、狂言の馬はぱっと見、馬には到底見えません。
ちょうど先日歌舞伎「実盛物語」で観た馬、あのリアルさは欠片もない。
何せ、人が四つん這いになっているだけなのですから。

しかし、そこにまたがって馬に揺られる人がいる。
さらには馬から落ちて転がる人がいる。

そうすると、不思議なことに馬にしか見えなくなってくるんですね!笑
暴れるところなんて、もろ馬。
落ちるのも、明らかに高いところでバランスを崩して地面にしたたか打ち付けられた、というようにしか見えないですもんね。

リアルだなぁと思ったのはもう一箇所あって、太郎冠者の伯父の家からの帰路なのですが、
帰路を行く太郎冠者と待っている主人、どちらもあの小さな舞台空間の中で見せるのです。
そのときに、太郎冠者も主人もお互いの心のうちを、同時にしゃべる

これによって、二人が舞台上でとても近い位置にいるにも関わらず、「全く違う場所でそれぞれの時間を過ごしている」ことが分かるのです。

面白いなぁ。工夫がたくさんあるんですね。

ラスト、また馬の後ろで咳をして馬を暴れさせた太郎冠者が、馬と間違えて落ちた主人を「どうどう」とやっているのが非常に楽しかったです。笑


■まとめ


狂言の舞台は、歌舞伎と大きく違って極限まで簡略化されていました。

だからこそ懸命に耳で理解しようとするし、想像の余地がある。

道が見え、部屋が見え、馬が見えてくる。

面白いと思いました。
日頃歌舞伎ばかり観ている者としては、工夫の方向性が全然違うんだなぁと。

歌舞伎は、道具を使ったり音を使ったりしながら「演出に工夫を凝らす」イメージですが、
狂言はそうではなく、そこにあるものでいかに情景を浮かび上がらせるか、という印象を受けました。

***

今年は能か狂言をちゃんと生で観てみたいと思っていたのでした。
どちらもテレビでは何となく観ていたのですが、本日(物心ついてから)初めて狂言を観てみて申し上げますと、

生で観る方が断然おもしろい!!!

もうやりとりの間がとにかく秀逸で、それを感じられるのはやっぱり空気を共有しているからなんです。
テレビだと伝わりきらない微妙な雰囲気とか、客席に起こる笑い声とか、そういういろんなものが楽しい。

ぜひ来年も、頑張ってチケットを確保したい公演です。

「黒塚」初心者はこう楽しんだ!〜四月大歌舞伎(歌舞伎座) 夜の部感想


先月の「吃又」で、ぎゅっと心を掴まれた猿之助さんのおとくこの記事
その猿之助さんの舞踊劇「黒塚(くろづか)、これは逃すわけにはいかないと楽しみにしておりました。

そして、やっぱり素晴らしかった。圧巻でした。圧倒されました。

幕見の感想を語ります。

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今月の筋書。咲き誇り、散っていく桜。解説は筋書p.33。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめます!
「楽しむ」という感じの演目ではないかもしれませんが、何かしら響くものは大きいと思います。

老女・岩手の苦しみと、そこから解放される喜び。
その喜びも束の間、やはり鬼となってしまう悔しさ、辛さ、我が身を恥じる気持ち。

岩手の胸の内が伝わってきて、こちらの心が素手で鷲掴みにされてがたがた揺さぶられる感じです。 

楽しく気持ちの良い踊り、一転して鬼の本性を顕したあとの迫力など、多彩な踊りに「おぉ!」と思える演目

照明や芒の原の大道具、琴や尺八が入って厚みを増す音楽など、舞台全体を通して楽しめると思います。 

***

参考までに、非常にざっくりとあらすじをば。
能の「黒塚(安達原)」が元になっているようです。

自分を裏切った夫を恨みながら、長い年月を安達原のあばら屋で一人、暮らしていた老女・岩手。
そこにやってきた仏道修行の一行が、一夜の宿を求めます。
彼らに救いの言葉をかけられた岩手は、「閨の中を見ないでほしい」と言いおき、彼らをもてなすための薪を取りに山へ入っていきます。

妄執の晴れた岩手。月の光の下で童心に返り、気持ちよく踊ります。

しかし、先ほどの一行が「見るな」と言われた閨を見てしまう。
閨の中は血の海。岩手は鬼女だったのです。

裏切られたことに憤り、鬼の本性を顕して、彼らに襲いかかる岩手。
しかし最後には、彼らの法力に力尽きるのでした。
 

■私はこう見た!ここが好き!


出だし、閨に浮かび上がる老女・岩手市川猿之助さん)の影。
寂しい粗末な小屋です。
ここで岩手は長いこと、ずっとこうして一人でいるんだなと思うと、まだ影しか見えていないのにこの時点で早くも切なくなってきます。

阿闍梨祐慶中村錦之助さん)ら仏門修行の一行との問答を経て、薪を取りに行く岩手。
ここからの場面、全てを観終わったあとに振り返ると、とっても哀しい。

垣を越えたところで、岩手はふっと立ち止まります。
重く響く鐘の音。 
しばらく考えて、一度戻り、一行に「閨の中は絶対に見ないでほしい」と声をかける。

承知した一行を見届けて花道を去っていく岩手ですが、やっぱり不安なのです。
立ち止まって、戸惑う様子で視線を泳がせながら、もう一度振り返る。

信じて良いんだろうか。
いや、でも自分に仏道の教えを説いてくれた、立派な人なんだから…

彼らに「必ず成仏できる」と言われて幸せな気持ちを、保っていたいんですよね。
不安で仕方ないけれど、やっぱりそう言ってくれた彼らを信じたい。

この二度にわたって立ち止まるところ、張り詰めた空気にやられました。
岩手の不安、迷い、覚悟…そんな諸々が滲む。

どうしても見た目が派手な「動」に注目しがちですが、
「止まる」ことも、劇場全体の空気を支配できるものなんだな、と。

さて、これは大学時代の恩師の言葉なのですが、
「見るなと言われて見ない話はない」

一行の中の強力・太郎吾市川猿弥さん。強力(ごうりき)は修験者の荷物持ち)が、我慢できずに岩手の閨を覗いてしまいます。

そこに広がるのは、血の海と骨。
岩手が鬼女だということに気付く恐ろしい場面で、第一景が終わります。


続く第二景は、芒がいっぱいに広がる舞台です。
奥から岩手が、薪を背負って出てきます。

祐慶らの言葉を信じ、来世は成仏できると喜ぶ岩手。
月明かりの下、一人気持ちよく踊ります。

この場面、舞台がとても美しい

月明かりと影の演出、その下で豊かに揺れる一面の芒。
岩手の衣装も、月に照らされてきれいに輝いています。
箏や尺八が加わった音楽の厚みにも、岩手の深い喜びが伝わってくるようです。

あとの展開が分かっているだけに、この場面の岩手がとても愛しい。
自分の影と戯れながら、童心に返って踊るのです。苦しみから解き放たれて、本当に嬉しそうに、気持ち良く。
こんな気持ちになれたことは、岩手にとって一体何年ぶりなんだろう。

しかし、楽しい時間は長くは続かない。
“見るなの禁”を破った太郎吾がやってきます。

閨の中を見られたと悟る岩手。
怒りから、鬼女の本性を顕していきます。

ここの迫力が物凄くて。
 
猿之助さんの跳躍力、体のキレ、見事でした。
膝詰めで進んでいくところも、スピードと勢いが凄い。
観ているこちらも岩手に取って食われそうで、息を呑んで見入ってしまいました。

照明が落とされ、中央に浮かび上がる岩手と太郎吾。
真っ赤に塗られた岩手の口。
恐ろしかったし、岩手の心の叫びが聞こえてくるようで哀しかった。

岩手、絶対にこんな未来は望んでいなかったんですよ。
こんな姿になんかなりたくなかったはずなんですよ。
でもこうして、変わってしまう我が身。
どうにもならない感情の発露がとても苦しい。

一度鬼女は引っ込むのですが、後ろに倒れ込む演出はさすがの迫力でした。

何とか助かった太郎吾、膝がくがくで立てません。
そりゃそうだ…観ているこっちの膝もがくがくだもの…
 
この太郎吾の踊り、身軽で軽妙で、何もなく観ていればとても楽しいところ
しかしこちらとしては岩手が気がかりで…いや、楽しかったんですけどね!
大向こうからは「猿弥!」の掛け声も何度もかかっておりました。


ここから第三景に移る間の三味線、とても格好良いのです。
間に三味線の聴かせどころがあるのって素敵ですよね。毎度わくわくしています。


第三景。
芒の原に到着した祐慶ら一行に、鬼女となった岩手が襲い掛かります。

岩手、完全に鬼の拵えです。さっきとは全く違う。

こんな姿になるはずじゃなかったのに。この苦しみから解放されると思っていたはずなのに。
祐慶たちはさっきの喜びに満ち溢れた岩手を知らないから、鬼女となった岩手は完全に「押さえ込むべき相手」なのです。 

祐慶をはじめ、弟子の大和坊中村種之助さん)、讃岐坊中村鷹之資さん)も懸命に岩手に立ち向かいます。

彼らの法力に、弱っていく鬼女。
花道での仏倒れ(体を真っ直ぐにしたままうつ伏せにばったり倒れる)、からの暗転…

何で岩手はここまで苦しまなければならないんだろうか。

舞台は、月明かりと影。
さっきは喜びとともに眺めていたのに、すっかり変わってしまった自らの姿。
岩手の絶望は計り知れません。

恥じ入って小さくなる岩手。

彼女が救われてほしいと、強く思います。

仏道の教えって、岩手を救えるものじゃなかったのか。
あなたがたが彼女の閨を見なければ、岩手だって法力に組み伏せるべき相手ではなかったものを。。


■まとめ


「黒塚」、あまり知らないで観に行ったのですが、すっかりやられてしまいました。。
しばらくグロッキーになりそうな余韻。そのくせまたすぐにでも観にいきたい。

***

私の周りには、猿之助さんのひいきが多いのです。
その理由が、この2ヶ月で分かった気がします。

空気感がなんだか独特なんです。じりじりとした濃密さがある、というか。
どちらかというと動かないところ、止まったところに、その緊張感が滲み出る気がします。

加えて動くところの圧倒的なキレの良さ、迫力!
あんなに緩急見せつけられたらもう、圧倒されてしまいます。凄い。

その意味で、「黒塚」は猿之助さんの藝を堪能できる貴重な演目でした。

仕事帰りに寄れてしまうから恐ろしいな…

 


「実盛物語」初心者はこう楽しんだ!〜四月大歌舞伎(歌舞伎座) 夜の部感想


公演情報が出た瞬間にときめき、心待にしていた演目。
昨年の平成中村座で、勘九郎さんの実盛で観た「実盛物語(さねもりものがたり)を、今度は仁左衛門さんで観られる喜び!!

はい、やっぱり素晴らしかったです。

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今月のポスター、片岡仁左衛門さんの実盛。渋かっこいい。。今月だけなのが惜しい。。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめますが、軽くで良いので予習をしておくことをおすすめします!

登場人物の立場が途中で「実は…」と変わってしまうので、初心者としてはちょっと理解しにくい。
そもそも「片腕」というものの存在が、なかなか予想をつけにくくしていると思うので… 

しかし!
子供のかわいさや、武士として、人間としての生き方の重みや深みはやはり胸に響くものがあるし、
最後の花道での馬の表情などは、歌舞伎の堅苦しい印象を取っ払うと思います。

以前にも書きましたがこの記事、本当にいい話なんです。
もし迷っている方がいるならば、難しく考えずにぜひ行ってみていただきたい!!

***

初めてでも楽しめるように、極力情報を絞ってまとめてみました。
 

力不足ではありますが、少しでもご参考になれば…


■私はこう見た!ここが好き!


いやもう、全体的にとても温かみがあって、また大好きな一本が増えたな、という感じでした。

出だし、太郎吉寺嶋眞秀くん)の「おれがとったー!おれがとったー!」がよく響きますね!
持っているものは「片腕」という、見様によってはかなり不気味なものなのに、太郎吉のおかげでだいぶのどかなシーンになっています。
よく考えれば太郎吉、お母さんの腕だとどこかで分かっていたから、怖くなかったのかもしれませんね。

母・小万片岡孝太郎さん)に対する太郎吉の態度には、やっぱり胸を打たれます。
動かぬ母に向かって「もう無理は言わぬ」とすがったり、泣きながら母をぽんぽんと撫でたり、その泣き声がだんだん小さくなっていったり…
こちらも泣かされました。 

眞秀くん、先月に引き続きとても立派でした!!


この太郎吉をとりまく人々の温かさもとても良かった。

太郎吉が来るのを迎える祖母・小よし市川齊入さん)の手、
実盛に小万の死を聞かされて、太郎吉の膝を力強く撫でる祖父・九郎助片岡松之助さん)。

この夫婦が、馬に乗せてもらった太郎吉に手を振ってくれるところも、ほのぼのとしていて思わず頬が緩みました!太郎吉嬉しいだろうなぁ。笑


太郎吉との絡みで最もぐっときたのは、やはり瀬尾中村歌六さん)です。 

瀬尾、最初はやっぱりどう見ても悪いやつにしか見えないんです。
話し方も話す内容もいちいち高圧的だし、一旦立ち去るところの去り際のセリフも嫌味っぽい。

「腹に腕(かいな)があるからは、胸に思案が…いやいや、なくちゃかなわぬ」

みたいな感じのセリフだったかと思うのですが…どうにも嫌らしいなぁ。笑

ちなみにここの言い方が個人的に好きで、「胸に思案が」まではいかにもな感じで勿体をつけて言うのですが、「いやいや」でふっとくだけるのです。
その感じがもしかすると、先述の嫌味っぽさを感じた所以なのかもしれません。…どうだろう、うまく説明できないのですが。。

その嫌らしい瀬尾が後半は一変。

小万を足蹴にするとき、瀬尾は一瞬ためらいます。
それでも我が娘の亡骸を蹴飛ばして、わざと実の孫である太郎吉に刺される。

刺されてからの瀬尾、本当に好きです。

いとおしそうに太郎吉に手を伸ばす様子、
「これ孫よ、爺ぢゃ、爺ぢゃ、爺ぢゃわやい」と大事な孫を抱き寄せる様子…
実の孫と対面できるのが、奇しくも自分を斬らせて武勲を立てさせる場面になってしまうという、壮絶で悲しい場面の中に、太郎吉への愛情が溢れていました。

太郎吉、どこまで状況を理解しているんだろうか。。何歳くらいの設定なんでしょう。
嫌なやつと思っていたこのじいさんが、本当は命がけで自分の将来を考えてくれたんだと、この場じゃなくてもいいから気付いてほしいな。

平馬返りという大技こそなかったけれど、歌六さんの瀬尾の深みはやっぱりとても好きです。


さぁ、やっと実盛片岡仁左衛門さん)を語りますよ!!笑

ポスターからも分かる通り、実盛、大変に格好良いのです。

葵御前中村米吉さん)の子が生まれた」と差し出されたものを、立場上どんな気持ちで確認すれば良いのかと思案するところから、
包みを開き、中が片腕であるのを驚きをもって瀬尾とともに見てきまるところまでの、一連の流れの美しさ。
腕を挟んで実盛と瀬尾がきまったところ、絵にしてほしいくらいでした。

腕を切った女がこの家の娘であり、幼い太郎吉の母であると分かったあと、無礼を顧みずに「なぜ切った」と詰め寄る九郎助の言葉を聴く実盛の表情も、胸に刺さります。

平家の中にありながら、源氏再興を潰えさせたくない実盛の立場としては、あの場面では腕を切るしかなかった。
しかしそうは言っても、やはり一人の娘であり母である小万を殺してしまった、という事実に変わりはない。
その間で苦悩する鎮痛な表情に、平家の武士ではない、一人の人間としての実盛が表れてくるなぁと思いました。

その苦しみがあるからこそ、のちの太郎吉に向ける優しい顔がまた重みをもって見えてきます。
この子の母親を救えなかったこと、この子がのちに源氏の大将になるべき人の家来になること。
いろんな思いがありながらの、あのいとおしそうな笑顔なんでしょうね。

綿繰り機の馬にまたがって「勝負!」と息巻く太郎吉のもとに、扇子をぱちぱちやりながら気持ちよく歩いていく実盛、絶対子供好きなんだろうなぁという雰囲気。
そのあとに太郎吉の鼻を拭いてあげるところとか、葵御前の産屋を覗こうとする太郎吉を連れ戻しての「つねつねするぞよ」というセリフとか、
自分が子供だったらああいうおじちゃんは無条件に信頼してしまうなぁと思いました。笑

そんな場面があってからの、最後の花道。

馬を出す瞬間、それまで伏せていた目を、きりっと上げて前を見据える実盛。

もうここからは、一人の武士としての実盛です。

これまでの全てを含みこんで、自分がゆくゆくはあの子供に討たれるのだという未来も胸にありつつ、救えなかった小万のことも思いつつ、実盛は生きてゆくのでしょう。

実盛の人間として、武士としての凛々しさ、格好良さが、あの目に全て表れているようで、やられました。


■まとめ


先述しましたが、「実盛物語」は純粋にいい話なんですよね。
誰も悪くないんです(告げ口する矢走仁惣太片岡仁三郎さん)は別として)。だから、一人ひとりにとても感情移入してしまうし、胸を打たれるのです。

初見で好きだなぁと思った話をこうして別の配役で観られて、新たな感動を得られるのは、歌舞伎のとても好きなところ。
平成中村座と違って今回は気軽に幕見に行けてしまうので、おかわりの誘惑に打ち克てるかが今月の課題となりそうです。笑

【関連記事】
▶︎平成中村座で観た初めての「実盛物語」の感想はこちら
▶︎初心者向けに情報を絞った「実盛物語」予習記事はこちら
 
 

「積恋雪関扉」初心者はこう楽しんだ!〜3月歌舞伎公演(国立劇場・小劇場)感想


ものすごく魅力を感じていながら、スケジュールの都合で泣く泣く諦めていた国立小劇場の歌舞伎。
特に観たかった歌舞伎舞踊「積恋雪関扉(つもるこい ゆきのせきのと)、運良く都合がついて、滑り込みで観ることができました!感涙!!

しかも花道の間近という素晴らしいお席。
揚幕からしずしずと登場する中村梅枝さん、どんな顔で見上げればよいものやらどぎまぎしてしまいました。。

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■初心者でも楽しめるのか?


楽しめるのではないかと思います。
私は圧倒的に楽しめました

しかしなぜこうも断言できないかと言いますと、
私自身が本当に初めて観たときのことをほとんど覚えていないからなんですね。。

しかも「傾城墨染実は小町桜の精」に中村七之助さんという好配役。
声が美しかった記憶、桜の木の中にぼんやり浮かぶ妖しい姿の記憶はうっすらとあれども、筋やら細かいことやらはすっかり抜けています。

やはりあらかじめあらすじを掴んでいた方が、見どころも分かるし楽しめるのではないでしょうか。

***

というわけでほんのざっくりとしたところだけ。

舞台は雪の中に桜の咲き誇る逢坂の関。関兵衛(せきべえ)が関守をしています。

この関の近くには、左遷された良峯少将宗貞(よしみねのしょうしょうむねさだ)の侘び住い。
そこに宗貞と恋仲の小野小町姫(おののこまちひめ)が訪ねてきます。

小町姫を通すか通さないかの関兵衛との問答があったり、宗貞を含めた三人での手踊りがあったりしたのち、この関兵衛から次々と不審な点が。
関兵衛の素性を怪しむ宗貞と小町姫。

実はこの関兵衛、謀反人・大伴黒主その人だったのです。出ました、歌舞伎の「実は」シリーズ。 
宗貞が左遷されたのも、宗貞の弟・安貞が殺害されたのも、この黒主の仕業。
宗貞にとっても、小町姫にとっても、にっくき相手なわけです。

一人謀反の時節を悟る関兵衛。
そこに、亡くなった安貞の恋人・傾城墨染(すみぞめ)が現れます。

この墨染、関兵衛に「自分の色になってほしい」と頼んで油断させ、隙をついて復讐しようとしているわけです。
詰め寄る墨染。ついに関兵衛、大伴黒主としての本性を顕します。
一方墨染も、実は舞台に咲き誇っている小町桜の精。
二人は対峙し、激しい争いを見せるのでした。
 

■私はこう見た!ここが好き!


尾上菊之助さん中村梅枝さんという、これまで短い間観てきて「この方の踊りは好きだなぁ」と思っていたお二人が主演ということで、まずはそこから嬉しい。

梅枝さんは、やはり糸のように自由なしなやかさと緊張感があって、傾城墨染のところは傾城としての余裕も見えて、素敵でした。
手先の美しさよ…そして上半身の自在さよ…

菊之助さん、今まで「品」というイメージだったので、今回の役はちょっと意外だったのですが、斧を持ったあたりからの勢いと迫力にやられました。。

***

前半、音楽がのどかで明るいところが多くて楽しかった!

今回絶対に聴き逃したくなかった歌詞に「生野暮薄鈍(きやぼうすどん)というのがあって、文字通りに捉えると「野暮でのろま」みたいな意味なのですが、
ここが当て振りになっていて、言葉の音に沿って「木・矢・棒・臼・ドン(戸を叩く)」と、意味は全然違う振りがついているのです。
その話を知って、「関の扉」への興味が俄然わいたのでした。
今日観てみて、矢と臼とドンは分かりました!それだけでもテンションが上がります。笑

宗貞中村萬太郎さん)との三人踊りのあたりも、好きな曲調でした。
やはり、明るめの曲調に惹かれます。気持ちが踊ります。

***

関兵衛が「勘合の印」と「割符」を落としたあたりからの、小町姫・宗貞vs関兵衛のやりとりの緩急にどきどきでした。

はっとした表情で割符を拾う小町姫(梅枝さん)。
ことあるごとに関兵衛(菊之助さん)の隙を狙うのですが、そのたびに関兵衛に阻まれます。

この二人の間の緊張感に、毎度こちらもはっとしてしまいました。笑
手を伸ばす小町姫と、払う関兵衛、どちらにも鋭さがあって、その鋭さがまた美しい。

***

関兵衛(実は黒主)の一番好きなところは、盃を手に謀反を企て、大斧を持って琴を試し斬りに行くあたり。
この盃のくだりは曲調も一変して、新たに楽器も加わって、一気に舞台の緊張感が増すのです。
関兵衛のときはちょっとおかしみもあったのに、ここから声も太くなり、いよいよ悪人感が出てきます。

斧を手にしたところからのキレがさすがで、とても好きでした。
小劇場という空間で観たこともあり、迫力がすごい!

***

小劇場という観点で言うならば、役者さんの息遣いが分かるのもまた嬉しいところ。
刺さったのは小町姫が宗貞に別れを告げる、「おさらば」というセリフ。
たった一言なのですが、息の震え方に、宗貞との別れの辛さが感じられました。

息遣いというわけではありませんが、セリフの言い方にぐっときたのは、
傾城墨染(梅枝さん)の廓話のくだりでの、「口説(くぜつ)の種にさんすのかえ」というところ(細かい言い回しが違うかもしれませんが…)

上手く言えないのですが、押すばかりでなく引くのもお手の物な傾城の余裕が垣間見えた一言でした。
「墨染」と、自分の名前を名乗るところも素敵だった。
まっすぐ関兵衛を見て名乗るのではなく、関兵衛に背を向けて歩きながら、言葉だけ後ろに残していくように言うのが何だか色っぽいです。

***

この廓話に至るところ、そしてそこからの展開がとても良かったのです。

桜を伐ろうとするも、何かの力によって伐り得ず、座ってしまう関兵衛。
暗くなっている舞台に、音もなく傾城墨染が現れます。
あまりにも静かであるがゆえに、何だか妖しい。鳥肌が立つような時間でした。

そんな雰囲気だったのに、廓話の踊りになると一気に華のある曲調に変わります。
墨染の表情も曲調に合わせ、明るく。

しかし、関兵衛が「血染めの片袖」を持っているのを認めてから、徐々にまた緊張感が高まっていきます。

この片袖は、墨染の恋人・安貞の死を伝えるもの。
墨染にとっては、悲しさと黒主への復讐心を生むものなのです。

廓話にかこつけて、戯れのように見せかけて、関兵衛から片袖を取り上げる墨染。

この!この取り上げ方が、何でもないように見えてめちゃくちゃ素敵なのです…!
本当に、ただ女が男をからかっているときのような取り方をするんです。
でも、実はこれが今後の展開にものすごく噛んでいるところ
それが分かっていると、わざと軽いノリで片袖を取り上げる墨染の本気が見えてきて、何ともかっこいいのです。

***

関兵衛が黒主としての、墨染が小町桜の精としての本性を顕してからは、もう圧巻ですね。

きっと大きな劇場で観てもすごい迫力なのだと思うのですが、間近で観るとそのスピード感に圧倒されます
思わず息を詰めて、なぜか腹筋に力を入れて観入ってしまいました。

梅枝さん、よく反るなぁ二人藤娘では児太郎さんがとにかくよく反っていたので、今日梅枝さんの反りが観られて謎の公平感を抱いています)

全体を通して、音楽も味わい深いしお芝居の緩急にもうまいこと持っていかれるし、とても良い時間を過ごさせていただきました。


■まとめ


「国立小劇場で歌舞伎をやる」と知ったとき、なんて贅沢なんだろう、と衝撃を受けました。

普段は文楽や、舞踊のおさらい会などを行なっている印象の小劇場。
舞台との距離がとても近いと知っていたので、あの距離感で、あのダイナミックな舞台を観られるなんて夢のようではないか!と思いました。

実際行ってみて、やはりその予想に間違いはなかった!

もう振動が直接くる。ツケの音も、役者さんの踏む音も
表情がよく見えるのはもちろんのこと、息遣いまで聞こえてきて、より胸に迫るものがありました

踊りをちょっぴりかじっている身としては、間近で役者さんたちの身体の使い方を観られたのも大きな収穫。
こんなスピード感をもってやっているのか、とか、こういう風に動いているのか、とか。
すぐに自分が実践できるとはこれっぽっちも思いませんが、これを目に焼き付けられたのはまたとない経験です。

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もう一つ、「歌舞伎舞踊」というものの面白さを感じた一幕でもありました。
基本は音楽(常磐津)に合わせた舞踊として進んでいくので、曲調が変わるところがはっきりとしていて、ドラマティックなのです。

特に好きだったのは、先述の通り、関兵衛(黒主)が杯に映った星を見て謀反の時節を悟るところ。
それまでうららかな雰囲気のところが多かっただけに、この変化がものすごく効果的だなぁと思います。

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何はともあれ、観られて本当に良かった。
諦めないで良かった!!
また観たい演目がどんどん増えております。


 

「傀儡師」初心者はこう楽しんだ!〜三月大歌舞伎(歌舞伎座) 昼の部感想


昼の部の舞踊の演目、「傀儡師(かいらいし)

舞踊の会で何度か観ているのですが、なぜか毎回途中で寝落ちしてしまうという因縁の(?)演目を、幕見で観てまいりました!
(「傀儡師」については、今月の物知らずにちょっぴり記載あり。こちら。)

松本幸四郎さんの傀儡師。
今回は寝ませんでしたよ!!一つ進歩!笑


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今月のポスター、ですが残念ながら「傀儡師」の写真はありませんね。。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめると思います!

といって、私この曲を寝ずに見通せたのが初めてなので、どの口が言うかという話ではあるのですが…。

「物知らず」に書いた通り、「傀儡師」は町中で人を集めて、人形を見せていくお仕事。
そもそもが人を楽しませるための踊りなのです。

振りも分かりやすいところが多くて、どうして今まで寝落ちしてしまっていたのだろう、という感じです。笑


■私はこう見た!ここが好き!


先述の通り、何をやっているのかが分かりやすい振りが多くて楽しい!

たとえば序盤、とあるお嫁さんの良妻ぶりを表すところは、縫い物をしたり機織りをしたり。

そのあとは三人の息子たち、それぞれの性格に合わせて雰囲気が変わったりとか(長男:女好き、次男:堅物、三男:色男。歌詞ではそれぞれ「惣領息子」「二番息子」「三番息子」と聞こえてきます)

三男のくだりから八百屋お七の話に流れていき、お七が吉三との恋の成就を、手を合わせて願う振りなんかもありました。
「お七」「吉三」「湯島」「弁長」という歌詞が何となく耳に入ってくるので、お正月に観た「松竹梅湯島掛額」の人物関係が頭に浮かんできます!(あらすじはまとめていないのですが、感想はこの記事

ちなみにお七の願をかけるところの前、指で何かを摘まんで体の左右に触れるみたいな振りがあったと思うのですが、
あれは確か「塵手水(ちりちょうず)」の振りだったと思います。
「手を清める水のない時、空(くう)の塵をひねって手を洗うかわりとすること(広辞苑第五版) を指すらしい。
今じゃすっかりなくなってしまった風習!おもしろいですね!(お相撲の塵手水とは別物ですもんね。) 

このあとは「チョボクレ」のくだり。
花錫杖(はなしゃくじょう)という、遠目だと桜の枝のように見えるもの(近くで見たことがないために詳細をお伝えできません、すみません…)を持って出てきます。

この「チョボクレ」、他にもいろんな曲に入っているのですが、このチョボクレの音楽が楽しくて、わくわくしてしまいます
歌詞も「おぼくれちょんがらちょ」とよく分からないなりに何だか楽しい。笑
 
そこからまた雰囲気が変わって、綾竹という紅白の布を巻いた棒を使っての踊りになります。
ここからはさすがのキレ!格好よかったです。

すごく細かいのですが、「平知盛幽霊なり」という歌詞の前だったか後だったか、一度後ろに入るのですが、
普通だったらそのまま振り向いて下がっていきそうなものを、幽霊っぽい振りがちょこっと入っていたのではなかったでしょうか…?見間違いかしら。。

でも、そうだったとしたらとても面白い! 
それもやっぱり、町中で人を集めてやっている、という設定だからなんでしょうかね。
御見物を飽きずに楽しませることを主眼に置いているのかもしれません。細かい気配りが楽しいですね!

このあたり、ずっと堅めの音楽が続くなぁと思っていたら、いきなり「どうでい、義公!」という楽しげな砕けた歌詞が挟まれて、おやっと思いました。笑

そんなこんなで、曲も面白いところがたくさんありましたし、踊りもころころと変わっていって、面白かった!
今までの寝落ちしてしまった分を返してほしい勢いです。笑


■まとめ


踊りに当時の生活習慣が垣間見えるのは面白いな、と「傀儡師」を観ていて何となく感じました。

意味の分かる振りが多い分、その振りのことを考えてみると「動きの意味は分かるけれど、現代の生活の中にはない」というものが多かったり
何というか、方言とかの「聞いて意味は分かるけれど自分は話せない」みたいな感じと言いますか。

それは観る側からしたら「興味深い」で良いのかもしれませんが、
踊る側は自然にそういう動きができるようになっておくべきなんだなぁと、ものすごく壮大なことを考えてしまった踊り初心者でありました。笑

もう一つ感じたのは、当時は当たり前のように道ゆく人が理解したであろう物語を、全然知らない自分がいるな、ということ。

というのも、この踊りの中にはお七吉三の恋物語牛若丸と浄瑠璃姫の恋物語平知盛を描いた舞踊「船弁慶」の一節などが組み込まれています。
おそらく、大道芸人であるからには大衆受けするようなことをやるのだと思うのです。
となれば、これらの話は「みんなが知っている」「万人に受ける」ようなものだったのではないかと。

しかし、今自分がちゃんと知っているのはお七吉三くらいのもの。
うぅむ、お江戸は遠いですね。。

と、いろいろぐちゃぐちゃ書きましたが!
基本的には曲も楽しいし振りも見た目で分かりやすいしで、思っていた以上に楽しい踊りでした。

これで大まかな曲の流れが分かったので、次に舞踊の公演で「傀儡師」が出たら、今までよりもずっと楽しめるんじゃないかと思っています。笑
 
プロフィール

わこ

◆東京都在住╱地味目のOL (平成生まれ)。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇2年目、毎月何度か劇場に通う日々。
◆着物好きの友人の影響で、着物でのお出かけが増えてきた今日この頃。

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