ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

感想

「暗闇の丑松」初心者はこう楽しんだ!~二月大歌舞伎 昼の部感想


歌舞伎座2月の大歌舞伎、第2弾です。

IMG_20190209_154318

昼の部・二幕目「暗闇の丑松」
ポスター右です。丑松尾上菊五郎さん

全く知らなかったお芝居でしたが、「刺青奇偶」の長谷川伸さんの戯曲とのこと。
(ブログ最初期なので内容が薄いですが、シネマ歌舞伎「刺青奇偶」の感想はこちら

こちらも「すし屋」(感想はこの記事に続き重めの話で、観劇後に思わず考え込んでしまいました。

そんな「暗闇の丑松」、初心者なりの感想です。




■初心者でも楽しめるのか?


ストーリー自体は分かりやすいのではないでしょうか。
筋書を読まない方が、却って混乱なく観られるかもしれません。

「新歌舞伎」ではありますが、限りなく現代演劇に近い感じがします。 
台詞も全部、聞き取りやすい現代語です。(ときどき耳慣れぬ言葉が混じりますが…) 

ただ、「分かりやすく楽しい」歌舞伎を求める場合は、この演目は多分ちょっと疲れます。
後述の湯屋の場面なんかは明るく楽しい雰囲気が漂いますが、この明るさもどちらかというと、丑松の陰鬱さを際立たせる演出な気がします。

初心者でも「分かりやすい」演目ではあると思いますが、「楽しいと思える」演目ではないのではないかと。

私は正直、こういうのもとても好きです。笑


■感想


いきなり最後の場面の話ですが、大詰の湯屋の場が素晴らしいです。

まず大道具・小道具が見どころ満載
湯気がほやほやもくもくとたちこめ、本当にお湯を汲んでは入れる。
外には風呂桶がたくさん干してあって、それを番頭さんが取り込みつつ、頼まれたらその人の桶をとって風呂場に持っていく。

そして、この湯屋の番頭・甚太郎を演じている市村橘太郎さんがたまらなくいいです!

階段を何段か飛ばしで身軽に駆け上がったり、気持ちよく歌いながらお湯を汲んだり。
桶の取り込み方もすっかり板に付いていて、一度に何個持って、このルートをこのスピードで歩く、というのがもう長年ここで働いている番頭さんそのもの

動きが体に染み付いて、生活の中で自然に生まれてくる、生き生きとしたリズム。
この人はずーっとこの場所で、こうやって仕事をしているんだな、というのがよく分かります。

もう「ある日の湯屋番頭」みたいな芝居を作って、この番頭さんの身軽な動きを観続けるだけでも、私は飽きないんじゃないかというくらいです。笑

***

湯屋に限らず舞台がとにかく興味深くて、例えば妓楼の場面では、外の大雨がよく分かる演出になっています。

出ていこうとする客が、戸を開ける度にものすごい風に押し戻されて、着物の外に出たところだけぐっしょり濡れる。
リアルです。笑

台詞もいいんですよ、
「神立だと思うんですが、そのうち地雨に変わりますぜ」みたいな台詞があって、こんな言葉がぱっと出てくるんだなぁと思いました。
神立は夕立のこと、地雨は同じ勢いで降り続く雨のこと。
日本には雨を表す言葉が多いと言いますが、果たしてそのうちのどれだけを使いこなせているだろう。

たわいもない台詞かもしれませんが、ものすごく印象に残っています。

このあとの、丑松と妓夫・三吉片岡亀蔵さん)の軽口の叩きあいもいいです。
丑松がテンポよくぽいぽい投げる冗談が、何というか思い描いていた江戸ッ子そのものです。笑

***

妓楼の中での喧嘩の場面、祐次尾上松也さん)が印象に残っています。
喧嘩っぱやくて血気盛んな若けぇの、という感じで、キレキレ。若いっていいですね。笑

この妓楼も舞台が面白くて、部屋の中だけじゃなくて、そこに繋がる廊下も見せるのです。
だから部屋を出入りする人が、部屋の内外でどういう気持ちを抱えるのかが、観客にも分かります。

お米中村時蔵さん)が部屋を出ていったあとの、廊下での様子が辛い。

***

芝居として振り替えると、本当に哀しい話です。

個人的に一番ぐっさり来たのは、身を落としたお米の注いだお酒を、丑松が拒否するところ。

二人がまだ一緒にいる前半のある場面、丑松がお米を頼り、お米は丑松が言葉にして何も言わなくても「水かい?」といって水を飲ませる。

家で飲む水と、ああいう場のお酒は、確かに全く性格の違うものではあるのですが、
それでもそうやって自然にやり取りしていたものが、もう決定的になくなってしまう

あのお酌の場面に、私は圧倒的な「拒絶」を感じました。

***

丑松は、何にあんなに恨みを持っていたんでしょう。
何がそんなに憎いんでしょう。

四郎兵衛市川左團次さん)の家を訪ねたときに四郎兵衛の女房・お今中村東蔵さん)に出会わなければ、もうちょっと健全な理由で、四郎兵衛と対峙できたと思うんです。
いや、健全な殺しなどこの世にないのですが、「愛する人を死に追いやられた」というのは一応理由として筋が通る。

でも、そこじゃないですよね。もっと鬱屈した、割り切れない思いが丑松にはあるはずです。

確かにお今は、やり方が悪かった。丑松への誘い文句も良くない。
あれは確かに、ものすごく傷付いて恨みを抱えている丑松を逆なでする行為だった。

でも、お米はどうだったんでしょう。

愛する丑松を出しにされて、究極の選択でやむにやまれなかったんじゃないのだろうか。

それを「女はみんなそうだ、それが俺は憎いんだ」と一まとめにして爆発させる、その丑松が私は分からない。

丑松が真っ直ぐすぎるから、たとえお米が丑松を想うあまりの行動だったとしても、そういう女の選択を許せないのでしょうか。


激動の中を彼女なりに頑張って生きたのに、丑松からも、四郎兵衛からも「赤の他人だ」と言われてしまうお米の人生が、とても哀しかったです。
 

「義経千本桜 すし屋」初心者はこう楽しんだ!~二月大歌舞伎 昼の部感想


今月も行ってまいりました、歌舞伎座2月の大歌舞伎です。

IMG_20190209_154318

歌舞伎座の2月は「地口行燈(じぐちあんどん)の季節。
「地口」とは有名な言葉をもじって全然別の意味にする言葉遊びだそうで、劇場内や木挽町広場には、たくさんの地口行燈がかかっていました。

IMG_20190209_154457

IMG_20190209_154815

「飛んで火に入る夏の虫」→「飛んで湯に入る夏の武士」
静かな顔してテンション高め武士。

IMG_20190209_154651

「誰に見しょとて紅鉄漿(べにかね)つきょぞ」(京鹿子娘道成寺)
→「伊達に見しょとて銭金尽きょぞ」
どちらも悲劇ではありますが。。絵は道成寺で使う鞨鼓と鐘ですね!

そして「有名な言葉」と言われてもこれしかピンとこなかったのは、ひとえに私の無教養ゆえでございます。

***

気を取り直してお芝居のお話!

昼の部・一幕目は「義経千本桜 すし屋」
年末にテレビでも放送されましたね。
そのときに片岡仁左衛門さんがなさっていた「いがみの権太」を、
今回尾上松緑さんがつとめていらっしゃいます。

初心者なりの感想と楽しみ方をレポートします!




■初心者でも楽しめるのか?


どうでしょうか、「楽しむ」感じの演目ではないかもしれません。。
結構ヘビーな話です。雑にまとめれば、悪い奴が壮絶な改心をするにもかかわらず、悲劇が起きてしまう話です。
話の筋も、前半は笑いどころもありますが、後半は特に何が起きたのかやや分かりにくい。

でも、筋が分かれば胸に刺さる、心に残る話だと思います。

「気軽に楽しみたい」というよりも「物語をじっくり味わいたい」方向けかもしれません。


■私はこう見た!ここが好き!


まず、初っ端に出ているすし屋の娘・お里中村梅枝さん)がとにかくかわいい。
「うきうき」「わくわく」という言葉を芝居にしたらあんな感じなのでしょうね。
台詞も浮き立つようで、大好きな弥助尾上菊之助さん)に「これからは自分のことはお里って呼び捨てにして!」と指南する辺りなんかも、嬉しくてしょうがないんだなぁと。
恋が叶ってこんなに分かりやすく嬉しがる女の子、何だか眩しいくらいです。。

そこに折悪しく帰ってくるいがみの権太尾上松緑さん)。
(「いがむ」を広辞苑で引くと「歪む」と「啀む」が出てきますが、「啀む」は「かみつくようにどなりたてる」とあり、(前段から見る限り)権太は悪いけれどもそういう暴力性はなかったと思うので、ちょっとばかし「歪んで」いるということなのですかね。)

権太、登場がいいんですよ。
花道から出てきて本舞台に来て、すし屋の戸をがらりと開けるのですが、中で楽しげな妹(お里)と弥助の様子を見て、いったん戸を閉めるのです。笑 

弥助との時間を邪魔されたお里の、兄・権太への悪態もかわいい(「びびびびびー!」という台詞。あっかんべー的なものかと)。もうお里が同じ女子としてとにかくかわいい

さて、勘当されたにも関わらず、性懲りも無く金の無心にやってきた権太。
母・おくら市村橘太郎さん)も情けない息子に「不孝者」と言うのですが、この声に力が入らない。本当は息子のことを見捨てたくないのです。 
そんな母なので、権太の「大事のお金を取られてしまってもう俺は死ぬしかない」とかなんとかいう嘘八百を、ほいほいと信じてしまうのです。
本気で泣いてしまう母親と、手近のお茶を目につけて涙に見せかける権太の対比がおもしろい。

挙句、大金を息子に渡してしまうおくら。
お金を入れた戸棚の鍵がない、というのを妙に手慣れた様子で開ける息子に対しても「器用な子じゃのう」と感動してしまう…こういう母だから権太がいがむんですよっ!!笑
ピッキングに慣れてる、ってそういうことだからな!!

このあたりの親バカ具合、私はとっても好きです。笑

そのお金を鮓桶に隠す場面だったと思うのですが、権太が手ぬぐいを肩にひょいっとかけ、裾を端折ってぐっと立つのです。その一連のキレが非常に良い。素敵です。

この後の父・弥左衛門市川團蔵さん)と弥助(菊之助さん)、二人の場面。
ついに弥助の本性が露わになるのですが、ここ、かっこよかったです。
同じ場所に立ったまま、じわりじわりと視線だけを移していく。この目の感じが変わっていき、立ち姿に風格が表れてくる。その過程がとてもかっこいい。

維盛の妻子・若葉の内侍坂東新悟さん)と六代君坂東亀三郎くん)が、すし屋にやってくる場面。
六代君の台詞は父を呼ぶたった一言だけなのですが、亀三郎くん、とてもよく通る声が印象的でした。お父様(彦三郎さん)譲りかしら。これからが楽しみです。

さて、この維盛一家の会話を屏風の陰から聞いていたお里ちゃん。
自分がとんでもない身分違いの恋をしていたことに愕然としつつも、事の重大さを悟ります。
夜具を隠していた屏風で自分と維盛の間を隔て、維盛一家を上座に座らせ、自分のしてしまったことを詫びるのです。

いや、お里ちゃん、あなたは悪くないよ!知らなかったんだもの。
あんなに純粋に恋していた相手との間に、自らの手で境界を作らなくてはならない辛さ。
分かっているのに、やっぱり屏風の向こうを覗いてしまうお里ちゃんが切ない。

ここから事態は急展開を見せ、壮絶な幕切れへと転がり始めるのですが、
維盛一家を追っていく権太が桶を取り違える演出、江戸と上方とで違うんですね。
後でちょっぴり触れますが、江戸版の権太、いろいろ知恵が働く人に違いないんだから、ちゃんと入れた桶覚えときなよ!と思ってしまいます

権太が若葉の内侍と六代君を縛り上げ、首桶を持って登場したあたりからは、辛いですね。
この若葉の内侍と六代君、実は権太の女房・小せん尾上緑さん)と息子・善太郎(おそらく私が行った日は茂木鈴太くん)なのです。

それが分かるのは、すでに怒り心頭の弥左衛門が権太を刺してしまったあと。
刺されてからの権太がしゃべるしゃべる。笑
歌舞伎あるあるですね、この刺されてからしぶとく語るパターン。

ここからの、弥左衛門の台詞が好きなのです。
細かい言い回しは忘れてしまったのですが、要は何でもっと早く改心してくれないんだ、という話。
子供たちが遊んでいるのを見るにつけ、もしや権太の息子がいはしないかと思うけれども、「いがみの権太の息子は…」なんて言えず。
弥左衛門も弥左衛門なりに息子を想いながら生きていたのですね。
もう全ては遅すぎるのです。。

しかもですよ、
この権太の死、実は必要なかったんですよ。
もともと源氏方は維盛の首を取るつもりはなく、彼を出家させて命を助けようという魂胆だったのです。

もう救いがなさすぎますよ…


■これさえ押さえれば楽しめます


以下に挙げるのは、観劇してみて
「初めてでもこれが分かっていれば楽しめそうだな」
「これを知っていればもっと楽しかっただろうな」
というのをまとめてみたものです。

★大体見せ場では、
「待ってました!」「〇〇屋!」という掛け声がかかります。
この声を頼りに、舞台にぐぐっと注目!

今回分かっているといいなと思ったのは、①鮓桶の取り違え ②首実検 の2つですが、番外編的に③お里ちゃんの名台詞 も入れさせていただきます。笑

①鮓桶の取り違え

これ、最注目シーンだと思います!
どの鮓桶に何が入っているか、よく観ておきましょう。

右から2番目の桶に権太が入れる、母からの大金。
真ん中の桶に弥左衛門がこっそり入れる、通りすがりで死んでいた若侍の首。

これをうっかり取り違え、権太が生首を持っていってしまうことで、事態が大きく変わっていってしまうのです。

②首実検

先ほど権太が取り違えた、鮓桶の中の首。
これを見た権太、維盛をこの偽首で守ろうとする父の思惑を理解するのです。

そして、弥助に身をやつした今の維盛の姿に合わせて、生首の前髪を剃る。
これで維盛は守れるが、さて若葉の内侍と六代君をどうしたものか、と思案していると、妻の小せんが自分を使うよう申し出るのです。(※この経緯は、刺されたあとの権太によって語られます。)

そして、権太は偽首を持ち、自身の妻子を縛り上げて、景時の前に現れます。偉そうに得意げに登場しますが、心のうちは苦悩でいっぱいなんです。

この偽首を検分するのは、源氏方の重臣・梶原景時。
高貴な人の首を検分する際は、直接ではなく扇越しに見るそうです。


③お里ちゃんの名台詞

上2つに続いて、ちょっとほのぼのとしてしまう注目シーンをば。

弥助といい夜を過ごしたいお里。
物思いにふけってなかなか返事をしてくれない弥助をなんとか寝間に誘おうと、「あのお家も寝た、このお家も寝た」と玄関先でなんともストレートな誘い文句を言うのですが、そのあと。
「お月さんも、寝やしゃんしたわいなぁ」という台詞!
なんだかかわいいですよね!!発想が絵本のようです。

有名な台詞らしいので、ぜひ注目してみてください。
 

■まとめ


いやもう、私、歌舞伎に出てくる娘たちが辛いんです。
あんなに純粋な恋心、いつも結構シビアに踏みにじられるのです。
今回のお里しかり。最初に衝撃を受けたのは、純粋に恋する相手を追ってきた挙句さんざっぱら虐められた上で、納得しにくい理由で殺される、「妹背山婦女庭訓」のお三輪ちゃんですね。
その悲劇とのギャップがあるから、より一層最初の恋心の純粋さが輝くのでしょうね。耳当たりの良いことを言えば。

もうちょっと救ってあげても良いものを…
あんまり娘たちがハッピーだと、江戸の女たちが嫉妬しちゃったのでしょうか。。

***

今回は「すし屋」の段だけの上演でしたが、昨年末のNHKの番組で「木の実〜小金吾討死〜すし屋」という流れで観ることができました。
京都南座での公演で、先述の通り仁左衛門さんのいがみの権太です。
「すし屋」にどうつながってくるのかが分かっていたのは、大きく理解の助けになりました。

ところで、この仁左衛門さんの方と、演出が少々違ったのが印象的でした。上方と江戸の違いのようです。
分かりやすかったのは、先にも触れましたが鮓桶を取り違えるに至る過程の違い。
上方は弥左衛門が桶の並び順を変えてしまうのですが、江戸は権太があれこれ持ってみて、重さから適当なのを持って行ってしまうのです。
他にも「母おくら泣き落とし作戦」時の涙の付け方が違ったり、妻子を景時に差し出すときのきまり方が違ったりと、いくつかあるようです。

この本に、イラスト付きでいろいろ載っていました↓

歌舞伎の解剖図鑑 イラストで小粋に読み解く歌舞伎ことはじめ [ 辻和子 ]

価格:1,728円
(2019/2/10 22:39時点)



イラストが多いのですが、だからと言って情報量が少ないわけでは決してなく、結構細かいところまで充実の内容です。
まだ観に行ったことがない、これから観に行くという方よりも、歌舞伎に興味が出てきてちょっとだけ知識が入ったくらいの方が楽しめるかと思います。

***

最後になりましたが、今回は初世尾上辰之助さんの三十三回忌追善興行。
辰之助さんのご子息にあたる松緑さんには、「音羽屋!」「四代目!」「紀尾井町!」「待ってました!」とたくさんの声がかかっていました。
(「紀尾井町」は、二代目松緑さんのお家があった場所だそうです)

32年前、私は産まれてもいませんが、
この公演前に辰之助さんを少しでも知っておきたいと、2本ほど映像を観ました。
きりっとしていて、台詞もすっきりかっこよくて、これは生で観たらさぞかし、という感じ。
もっといろいろな演目を観る機会がほしいですね。

リアルタイムでは全然知り得ない世代でも、このような公演がきっかけとなって知ることができるのは、ありがたいことだなぁと思います。
 

「松竹梅湯島掛額」初心者はこう楽しんだ!~壽 新春大歌舞伎 夜の部感想


2019年初観劇の感想、第3段は「松竹梅湯島掛額」
引き続き初心者なりの感想と楽しみ方をレポートします!

IMG_20190106_195432
何度も言いますがすんごいジャギってる。泣




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめます!
ほぼ現代の言葉で進むので、身構えずとも大丈夫です。 

前半は、小ネタ盛り込みまくりのドタバタな展開に 楽しく身を任せていればあっという間。
後半は打って変わって、どこか恐ろしくなるような美しい舞踊を堪能できます。

「一粒で二度美味しい」一幕です!


■私はこう見た!ここが好き!


前半の「吉祥院お土砂の場」は、いろいろ言ってしまうと概ねネタバレになってしまうので、あまり多くは語れないのが残念なところ…。

娘・お七中村七之助さん)の、出だしからのおっとり具合がいいです。
この場面のテンポ感にいまいち合わずに何だか浮いてしまう感じが楽しい。笑

そのお七を幼い頃からよく知って、何気無く面倒をみてくれているのが紅長市川猿之助さん)。
この紅長、セリフを言っていないときもお七の後ろで何かしらちょこまかしているので見逃せません!!

お七の恋人・吉三郎松本幸四郎さん)と紅長との絡みは、どうやら毎日セリフが変わっている様子。
お芝居の中にはときどき、役関係なしに役者のネタがぶっこまれることがあるのですが、
私が観に行った日も「紅長が吉三郎に絡んでいる」のではなく「猿之助さんが幸四郎さんをいじっている」流れで、幸四郎さんも笑いがこらえられていなかったように見えました。笑

「お土砂」というのは、「土砂を洗い、真言宗の秘法で祈祷したもの」で、「振りかけると人の体も心も柔らかくなる」(以上筋書より引用)というありがたい(?)ものです。
「お土砂の場」の後半はこの「お土砂」がどたばたな展開を巻き起こす、愉快な時間でした。

さて、怒涛の笑いどころラッシュの中で、誰よりも嵐を巻き起こしていたのは何と言っても長沼六郎中村松江さん)。
もうこれは本当にネタバレにしかならないので何も言えないのですが、
現代の流行をネタとして歌舞伎に取り入れるとこうなるのか、歌舞伎役者の声や体のキレはすごいな、というのが真面目な感想。
もっと気負わずに言えば、「どこまでもぶっとんでいらっしゃる…!」という感じでしょうか。笑
それぞれに笑わせどころの多い前半の中で、圧倒的なボリュームでした!

***

後半「四ツ木戸火の見櫓の場」はがらりと雰囲気が変わり、場面を理解できるような芝居のあとは、ほとんどがお七の踊りになります。
この舞踊、「人形振り」といって、人間でありながら人形のような動きで踊るのですが(最近でいうと昨年12月の「阿古屋」で、岩永が人形振りでした。「阿古屋」の感想はこちら
これが空恐ろしいくらい人形でした。

人形になってからの表情のなさが、物凄さを生み出しているのでしょうか。。
手先の動き方、立ち座りの体重移動の仕方、首の振り方なんかが本当に人間離れしていて、見入ってしまいました。

後ろを向いて、衣装などの支度を整えてもらっているときも、抜け目なく人形です。
首筋に人間味がないというか、陶器の置物のよう。

髪をさばいてからの勢いもまた凄くて、表情と動きの柔らかさを殺しているからこそ生まれる迫力がありました。

正直、本当の人形はもっと人間らしい。
「人形振り」の方が、よっぽど「人形的」です。

この「人間が人形になっている」という不自然さ、設定自体の恐ろしさが、
恋ゆえに突っ走る娘のちょっとした不気味さというか恐ろしさというか、そういうものを醸し出している気がします。
(人形浄瑠璃の「お七」はこちらで感想を語っています)
 
 

■これさえ押さえれば楽しめます


以下に挙げるのは、観劇してみて
「初めてでもこれが分かっていれば楽しめそうだな」
「これを知っていればもっと楽しかっただろうな」
というのをまとめてみたものです。

★大体見せ場では、
「待ってました!」「〇〇屋!」という掛け声がかかります。
この声を頼りに、舞台にぐぐっと注目!

先述の通り、筋が分からなくてもとりあえず流れに身を任せれば大丈夫な演目だと思います。

一応設定を理解しておくとすれば、

【お土砂の場】

・出だし、お七たちが逃げ込んでくるお寺の小姓・吉三郎がお七の心を寄せる相手。
・しかし身分の問題もあって、この恋のハードルは相当高い。
・美人のお七なので、いろいろ横槍が入る。紅長はどうにかお七と吉三郎を添わせてあげたい。

【火の見櫓の場】

・吉三郎は、実は紛失した家宝「天国の短刀」を探している身。見つからなければ切腹。
・その「天国の短刀」を持っている人物・武兵衛は今、お七の家にいる!
・お七は何とかしてこの短刀を吉三郎に渡し、切腹から救いたい。
・にもかかわらず、江戸はすでに閉門の時間。木戸は絶対に開かない=短刀を渡せない。
・唯一木戸が開くのは火事のときだが、火事を知らせる太鼓をむやみに鳴らすと重刑に処せられる。

くらいのことが分かっていれば安心かな、と思います。
 

■まとめ


筋書のコメントで、猿之助さんが
「他愛もない話ですから、お客様には頭を柔らかくして初笑いを楽しんでいただければと思います」 
とおっしゃっている通りです。
あまり考えず、構えずに行っても満足できるはず!

もともと先月に文楽の方でお七を観ていたのですが、そのイメージで観に行くと前半に度肝を抜かれます。笑
後半の舞踊は人形振りということもあり、文楽を観ておいてよかったな、と思いました。
演出の違い、人形だからできることと人間だからできること、など。。

来月は文楽で「阿古屋」も観られます。歌舞伎では人形振りで演じられる岩永、文楽だとどうなのでしょう。興味深いです。

本題からはずれましたが、気負わずに歌舞伎を楽しめる演目です。
初心者にもやさしくて、新年早々明るい気分で歌舞伎座からの帰途についたのでした。
 

「勢獅子」初心者はこう楽しんだ!~壽 新春大歌舞伎 夜の部感想


歌舞伎座・新春大歌舞伎、感想第2弾です!

今回は夜の部・二幕目の「勢獅子。読み方は「いきおいじし」でなく「きおいじし」ですよ!お間違いなく!

IMG_20190106_195432
改めてすんごいジャギってる。泣




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめるはずです!!!

新春にふさわしい、華やかで目がずっと楽しい舞踊です。
幕が開く前から聞こえてくる音楽に、もうすでにわくわくします!
いろんな役の、いろんな踊りが詰め込まれ、後半に出てくる獅子舞もチャーミング。会場が沸いていました!

お祭り好きの方は特に、絶対楽しめる演目だと思います。 


■私はこう見た!ここが好き!


もともと踊りが好きではあるのですが、「勢獅子」は楽しいものと知りつつなかなか観る機会がなく、今回とても楽しみにしておりました。

先にも書きましたが、とにかく音楽がとても良い!
幕が開く前から太鼓と笛とチャンチキ(当たり鉦)の音が聞こえ、お祭りムード満々です。
私はこの「太鼓×笛×チャンチキ」の音に無条件にテンションが上がってしまうのです!笑

幕が開いた先には、浅葱幕。水色の布で、舞台全体が隠されています。
この浅葱幕というのがこれまた大好きで(笑)、いつもこれが振り落とされるのが楽しみでならないのです。

さぁ、浅葱幕がちょっと前に出てきて、チョン、と柝が鳴り、幕が振り落とされると、

舞台一面にずらりと並んだ鳶と手古舞の華やかさ!!

お江戸の粋を集めてきたような眺めに、「わぁっ!」と思わず笑顔になってしまいました。

中央は鳶頭・亀吉中村芝翫さん。 
そこに芸者お京中村雀右衛門さん)とお駒中村魁春さん)を連れて、もう一人の鳶頭・鶴吉中村梅玉さん)が花道から登場します。
 
鶴吉が本舞台に上がり、お客さんも一緒に手締め。
お正月ですねぇ、おめでたい感じがいや増します。

まずは鳶の者と手古舞の踊りです。
(手古舞というのが何だかよく知らなかったのですが、どうやらざっくり言うと男装をした女性の踊りのようです。)
横一列、鳶と手古舞が二人一組で踊ります。華やか。

そして鳶頭の二人が、曽我兄弟の物語を踊ってみせます。
ここ、私はとっても好きでした!さすがのキレ!
梅玉さんの踊りを初めて観たのですが、ぴしりときまってとても格好良かった。

その後は鳶の者たちの踊り、滑稽味のある「ぼうふら踊り」、芸者の踊り、獅子舞、お面…とめくるめく踊りの世界が展開します。
芸者の踊りも粋ですねぇ…! 

そして何より、獅子舞とお面が素晴らしく楽しい!

獅子舞は、中村福之助さん(前足)、中村鷹之資さん(後ろ足)で演じていらっしゃるようです。
とにかく愛らしい。運動量がものすごいはずですが、それを感じさせないくらいかわいらしい。

お獅子がうとうとして、がくんと船を漕いだ瞬間に後ろ足もぴくっと動くのがリアルで好きでした。笑
そして獅子頭って耳も動くんですね。あの図体で耳だけぴこんと動くのが、たまらなくかわいい。

その後のお面の踊りも非常に良いです!
ひょっとこが鷹之資さん、おかめ(?)が福之助さんとのこと(大変失礼ながら自力で分からず、調べさせていただきました…)
とにかくお二方とも動きが軽くて、観ていて本当に楽しかった

最後は全員で、華やかに納めます。
あぁ終わってしまう…もう一回最初から観たい!笑


■まとめ


浅葱幕が振り落とされたときのあの高揚と、終始楽しい音楽と、気分の晴れるような踊り。
心の底からおかわりしたい、大好きな演目でした!

最初から最後まで、思わず笑顔になってしまう舞台です。
日本舞踊や歌舞伎を観たことがない方もきっと気軽に楽しめると思うので、ぜひ幕見でも行ってみてください!
18時18分から18時52分まで、料金は800円。

私は仕事帰りに寄り道コース決定です。笑

「絵本太功記」初心者はこう楽しんだ!~壽 新春大歌舞伎 夜の部感想

2019年初観劇!
門松も青々とおめでたい雰囲気の歌舞伎座に、早速足を運んでまいりました!

まずは夜の部・一幕目の「絵本太功記(尼ヶ崎閑居の場)から、初心者なりの感想と楽しみ方をレポートします。

IMG_20190106_195432
すんごいジャギってる。泣




■初心者でも楽しめるのか?


私は大いに楽しみましたが、眠くなる方もいらっしゃるのではないかと(終わった後に前後左右から「寝てしまった」という声が聞こえてきたので)…。

武智光秀vs真柴久吉という構図と、登場人物それぞれの関係性が分かれば、ストーリー自体は難しくないと思います!

眠くなる要因としては、「役者がセリフを語る」というよりも「竹本の語りに合わせて役者が動く」割合が多いからではないでしょうか。
(これは人形浄瑠璃が基になっている「義太夫狂言」の特徴のようです。)

ですがその分、役者さんたちの動きの美しさを存分に楽しめます!
私個人としては義太夫が結構好きなので、太棹の音が作り出す重厚な雰囲気を味わいました。


■私はこう見た!ここが好き!


印象に残ったところを、物語を振り返りながら語ります!今回は長いです!笑

***

舞台に最初に登場するのは、光秀の息子・十次郎松本幸四郎さん)。
見目麗しい十次郎の、太刀を置く所作に憂いが見えて、惹かれました。
それはそうですよね、十次郎はこれから討死する覚悟を決めているわけですから…。

そこに登場するのが、十次郎の許嫁・初菊中村米吉さん)。
赤の着物にきらきら光るかんざし、登場するなり舞台がぱっと華やぎますが、物語上は悲しい場面です。

まだ祝言も済んでいないのに、十次郎は討死するかもしれない。
おまけに「自分は死ぬから、初菊は他の相手を見つけた方が彼女のためだ」なんて言って…男はいつもこうして勝手にかっこよく散ろうとするんですよっ!笑

十次郎に行ってほしくなくて、必死にとどめるけれど、結局出陣の用意を手伝うことになってしまう一連の初菊のかわいらしいこと…!守ってあげたい!!笑
初菊にとって、兜はうんと重いのです。。工夫しながら一生懸命運びます。

鎧兜に身を包んだ十次郎と、許嫁の初菊は、皐月(光秀母=十次郎祖母、片岡秀太郎さん)と(光秀妻=十次郎母、中村雀右衛門さん)が見守る中、盃を交わします。
これは十次郎の初陣祝いと、二人の祝言を兼ねているのですが、初菊にはこれが「別れの盃」になることが分かっているんですよね。
竹本に耳を傾けると「悲しさをこらえて笑顔で」みたいな内容のことを言っていて、切なくなります。

さて、十次郎が出陣したあとに一瞬だけ登場する旅僧中村歌六さん)。
家族が悲しみに暮れている中、「お風呂沸きましたよ!」というだけの登場で「いやいや今じゃないでしょ」という感じなのですが、
この人、去り際が怪しい。何やらこの部屋の様子を伺ってから去っていく。

それもそのはず、この人こそが光秀の敵・真柴久吉なんですよね。
歌舞伎はこういう「実は〇〇」が多くて気が抜けません。笑

家族が奥の部屋へ入り、無人になった舞台にやってくるのが武智光秀中村吉右衛門さん)。
竹藪からがさごそやってくるのですが、

いやもう、かーっこいいですよ。

この場面において光秀は結構な悪いやつなのですが、存在感が凄い。

光秀はここに敵である久吉がいると知り、やってきたのでした。
その辺に生えていた竹を切って竹槍をこしらえると、障子の向こうにいるであろう久吉めがけてぐさりと一刺し。

ところが障子の向こうにいたのは、久吉ではなく自らの母・皐月。
敵を刺したと思ったのが、何と光秀は実母を刺してしまったのです。

この皐月の嘆き。
そもそも光秀は、主君である小田春永を討っている。主君を討つなどという家名を汚すことをした者の母なのだから、自分がこのように死ぬのは当然、と。
皐月は何も悪くないのに。。しかもだからと言って光秀がこのようなことを起こしていいはずもないのに!

光秀の妻である操も、「善心に返るとたった一言聞かせてたべ」と改心を懇願しますが、光秀はにべもない。
自分の正当性を堂々と語る始末です。(そしてそれにまた妙な説得力があるのです。。)

この場面の操、心のやりようがないだろうなぁ…。
自分の愛する夫を信じたいという気持ちがあるのは間違いない、でもその夫が自分の母を目の前で死に追いやってしまった。
上のセリフに、そんなどうしようもなさを私は感じました。

そこに、深傷を負った十次郎が戻ってきます。

ここからの場面が一番印象に残っています。

母親や妻の言葉を突っぱねていた光秀が、虫の息の十次郎に見せるのは、親の愛以外の何物でもない

「傷は浅いぞ、気を確かに持て」と十次郎に丁寧に水を飲ませ、
「ててじゃ、ててじゃ…てての顔が分かるか」と語りかけるあたり、今までの光秀からがらりと雰囲気が変わり、ぐっときました。

気が付いた十次郎に、光秀は戦の様子を語らせますが、

これ、語ってる間に絶対傷深くなってますよね。
死に際になんて無茶させるんだ…さっきまでの優しさはどこ行ったよ…。

そして十次郎は、祖母とともに息絶えます。
死に際の初菊とのやり取り、泣かせます。
もう目が見えない十次郎。初菊の手を取ろうとしますが、どこにあるのか分からない。
初菊の方から手を取ることは、おそらく女性としてお行儀が悪くてできないのでしょう。十次郎が探りやすい位置に、何度も手を置き直す初菊の切なさ。

自らの蒔いた種で、母親と息子を死なせてしまった光秀。
さしもの光秀も、思わず涙に暮れます。

そこに、遠くから軍の寄せる音。
光秀は松の木に登って、様子を確かめます。

「和田の岬の弓手より〜」から始まるこの光秀のセリフ、かっこいいです。

そして光秀の敵に当たる久吉が姿を現わすのですが、
敵の姿が見える前の、光秀の「挟まれた感」が興味深かった。
舞台上手の部屋の方から久吉、花道奥の鳥屋からは久吉の家臣・佐藤正清中村又五郎さん)の声が聞こえるのです。
声だけで「今は逃げ場がなくなった」と感じる場面でした。

そして正清の動きのキレ
槍に足をかけてきまるまでの一連の流れ、登場時間は短いものの、非常に印象に残っています。

久吉は、今ここで決着をつけるのではなく、後日山崎で戦おうと光秀に申し出ます。
光秀も思うところあってこの提案を飲み、最後は上手から久吉・光秀・正清と並んでの見得で幕となります。

この最後の見得が!素晴らしいので!最後はせめて起きてください!!

 

■これさえ押さえれば楽しめます


以下に挙げるのは、観劇してみて
「初めてでもこれが分かっていれば楽しめそうだな」
「これを知っていればもっと楽しかっただろうな」
というのをまとめてみたものです。

★大体見せ場では、
「待ってました!」「〇〇屋!」という掛け声がかかります。
この声を頼りに、舞台にぐぐっと注目!

まず最低限分かればいいのは、舞台に出てくる人々の人間関係かと思います。

皐月
 |
光秀=操
  |
 十次郎 =初菊


という血縁関係です。

このうち、光秀以外の人が前半の物語を進めていきます。 

それから物語の前提として、「光秀vs久吉」という構図があり、
その原因となっているのは「光秀が主君である小田春永を討った」ということ。
久吉は春永の仇を討つために、光秀を追っているのです。 

当然十次郎も父・光秀側で戦いますが、久吉の軍勢にやられてしまうわけです。

ということが分かれば、それほど難しい筋ではなかったと思います。


■まとめ


出だしから何やら切ないし、どんどん人が死んでしまうし、
「お正月の一番初めに観る演目として暗くないか…?」と思ったのが正直なところ(笑)。

しかし確かに笑いどころなどはありませんが、厚みがあります。
筋書のインタビューで、吉右衛門さんが「出演者全員に、しどころがあります」とおっしゃっている通り、 見せ場がたくさんあります。
最後の見得なんか特に歌舞伎らしくかっこよくて、胸がすっとしました。

そんなことを考えると、新年最初の観劇としてはやっぱり良かったのかもしれませんね。
義太夫狂言の名作、堪能いたしました。

プロフィール

わこ

◆東京都在住╱地味目のOL (平成生まれ)。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇2年目、毎月何度か劇場に通う日々。
◆着物好きの友人の影響で、着物でのお出かけが増えてきた今日この頃。

Twitter プロフィール