ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

日本舞踊

【日本舞踊】習った曲を振り返ってみる②梅にも春


日本舞踊を始めてから習った曲を、習った順に振り返ってみる企画の第2回です。

第1回はこちら▶︎ 【日本舞踊】習った曲を振り返ってみる①初稽古〜京の四季

始めてから確か2ヶ月くらい。
2曲目に教えていただいたのは、「梅にも春」という、こちらも3分ほどの曲です。

「京の四季」もそうだったのですが、この曲も畳1枚の中で踊れます。
基本的には踊り始めた位置で踊り終わる日本舞踊。
今思い返せば、元の位置から大きく動かない踊りから始めることで、その基本を知らず知らずのうちに教えていただいていたのではないかな、と思います。

※ひとつお断りしておくと、流派によって、どころでなく同じ流派でも先生によって、振付は全く異なります。あくまで、私が習った振りでのお話です。
 
***

これもいろんな風物が出てきて、お扇子も大活躍で、ますます日本舞踊がおもしろくなった一曲でした。


たとえば裾をちょっと押さえて、袂を帯に挟んで、井戸の水を汲む振り。

生活の中で着物を汚さないように、あるいは動きやすいようにするにはこうやっていたんだ、というのが分かる振りですよね。
ちょっとしたこの仕草がまた、なんだかしっとりお上品に感じられたりするのです。

井戸だって触ったことがあるのは人生に2回ほど。
実際に井戸が見えるように踊るのは、まだ2曲目では難しかった
でも、そう見せようと工夫するのがまたおもしろい!


それから、煙管に草を詰めて、火をつけて吸ったり、笠をかぶったり、駕籠に揺られたり…
浮世絵で見るような光景は、こんな風に動いていたのかな、と。

今まで知らなかった昔の暮らしの一片が、踊りを通して立ち上がってくるのです。

***

踊りの面で言えば、この曲を始める少し前に初めて舞踊の公演を観に行き、「自分がやっているのはこういうことなのか!」というのがほんの少しだけ見えたのは大きかったと思います。

「首を振る」って、「おすべり」って、「踏む」ってこういうことか、と。

そんなわけで、この曲あたりから首を意識的に動かすようになりました。
まだちゃんと触れるレベルではなく、あとから映像を見直すとただひたすらにぐにゃんぐにゃんです。
いいんです。ここからです。笑

▶︎【日本舞踊】首振り三年?
 
***

「踊りって楽しい!」と思い始めたのは、この曲からだったと思います。
もちろん1曲目も楽しかったに違いないのですが、まだまだ頭の中が未分化で、自分が何をしているのかが掴みきれていなかった。
それを、「踊り」として認識して踊れるようになったのはここからだった気がします。

教えていただいた曲はどれもこれも大好きだし思い入れがありますが、その意味において「梅にも春」は、とても大切で思い出深い曲です。


【日本舞踊】習った曲を振り返ってみる①初稽古〜京の四季


いえ、まだ始めてそんなに経ったわけでもないのでアレなんですが、
日本舞踊を始めてから習った曲を、習った順に振り返ってみる企画です。
(どうしても流派が特定されてしまいそうなものは省きます。笑 ) 

今のお稽古場に来る前の、大学の日舞サークル時代に教えていただいた曲。 
踊りに出会い、どんどん面白くなって、踊りが好きになっていく過程を綴ってみようかなと。

第1回は、初めてのお稽古のことと、最初に習った「京の四季」の思い出です。

※ひとつお断りしておくと、流派によって、どころでなく同じ流派でも先生によって、振付は全く異なります。あくまで、私が習った振りでのお話です。

最初のお稽古


「浴衣を着てみる」というところからのスタートでした。
先輩に教えてもらいながらやっとこさ帯を結び終わるまでに、20分くらいはかかっていたはず。

先生へのご挨拶の仕方を先輩に教えていただき、いざお稽古開始です。

まずは和服で歩いてみるところから。
先生が適当な曲を流しながら、内股、摺り足で歩いてみます。

幼い頃、週2だか3だかでクラシックバレエに通っていた身としては、この「内股で踊る」というのにとっても違和感があるんですよね。

摺り足自体は空手をかじった経験から何となく分かる気でいましたが、それも足袋を履いて浴衣でやると全く違うもので、これだけでも「分からないところに来たぞ!」という感じ。笑

でも何だか楽しくて、聞き取れないなりに曲も華やかで、早く踊ってみたくて仕方なくなったのでした。

残念ながら初回のお稽古はここで時間切れ。
先輩に浴衣のたたみ方を教えていただき、やっとたたんだ浴衣を全部ばさっと広げられて「もう一回やってみて」と愛のムチをいただいて帰りました。笑 


一曲目:京の四季


さて、念願の一曲目の踊りのお稽古です。

私のいたサークルでは、初めての曲は大体これ。
題名通り京都の春夏秋冬の風物を詠み込んだ唄なのですが、春と夏だけ抜粋してやりました。
おそらく、初めてだと全て通すのは負担が大きいのです。 春と夏だけなら、3分弱くらいのはず。

いやぁ、それでももうなかば体操でしたよね。笑

何せ知っている動きが何もないので、何を目指せばいいのか分からないんです。曲も聞き取れないしこの記事。 

でも、とても興味深かった

山や桜を眺める振り、酔っぱらう振りなんかは、演劇的な要素がとても大きくて、ただ音楽に合わせて身体を動かすだけではない楽しみがありました。

それからお扇子でのあおぎ方、今まで手持ちの扇子であおいでたのは男のあおぎ方だったんだ!とか。
(普段、親指を外側に持ってあおいでいる方が多いと思うのですが、女の踊りであおぐときは親指は身体側、残りの指が正面にそろって見えるようにお扇子を持ってあおぎます)
 
武士のことを「二本差し」というのも、この曲で初めて知りました。
「二本差し」という歌詞のところで、お扇子を刀に見立てて腰の横で左手で持ち、右手はもう一本の刀を握っているように見せます。
お扇子が刀になるのも、単純かもしれませんがちょっと予想外で面白く、また「二本差し」という言葉に出会ったのも興味深かった。

とにかく、知らないことだらけで発見の喜びが止まらなかったのです。

純粋に踊ることがもともと好きだったのもありますが、ただ踊るだけではない要素が多くて、これは楽しいぞ、と思いました。 


で、

私この曲、覚えきれないまま終わった気がするんですよね。笑

初めの曲だからなのか何なのか、最後まで先生が横か前で一緒に踊ってくださっていたので、何となくそれを盗み見しつつ雰囲気で乗り切っていたのですが、
なんとか最後まで踊りきった私を見て先生が誤解してしまい、「なかなかいいペースで覚えましたね(^^)」と次の曲へ。

いや、先生、

覚えてないんです!!

***

これが一曲目。2ヶ月くらいかかったのかしら。定かでありませんが。。

何にせよ、「日本舞踊って楽しい!」と思った背景には、江戸の文化や生活の一片を知ることができる、という点だったり、思った以上に演劇的である、というところだったり、
踊りだけではない側面もとても大きかったのではないかしら?と。

新しいことを早く知りたくて、お稽古の日を心待ちにする生活が、こうして始まったのでした。


【関連記事】
日本舞踊・始めたばかりのときはこんな感じでした
日本舞踊・音楽が聞き取れるようになるまで
 

【日本舞踊】首振り三年?


日本舞踊には「首振り三年」 という言葉があるそうです。
始めたばかりのころ、当時教えていただいていた先生がおっしゃっていました。

首をちゃんと振れるようになるには、3年はかかるということ。

以前も書いたかもしれませんが、日本舞踊では首を振ることがとても多く、初めて見学したときには結構驚きました。 
先生に「はい、ここでお首!」と言われたら、ちゃんと左右どちらかから、いち・に・さん、と首を振るんです。
どうなってるの?!と思いました。笑


とは言え、「首振り三年」です。

いや、そんなわけないでしょ、と。
さすがに首を振るのにこんなにかかると思わないんですよ。
だって、左右どちらから振るのかさえ分かれば、あとは振ればいいんですから。

ところが、です。

3年どころじゃないんです。

私が3年で身についた首のことと言ったら、せいぜい左右どちらから振ればいいかということぐらいでしょうか(そのときによってどちらから振るか変わるのです)
もしかするとそれすらも危うかったかもしれません。この辺の具合は人によると思いますが…。


踊りを始めて2年目くらいのときに、「だいぶ首が動くようになってきたわね」と言われたのですが、
当時の映像を見ると、もう鬱陶しいくらいにぐにゃんぐにゃんです。笑
到底「首が振れている」とは言えないような状態。
それでも先生がそうおっしゃったということは、まずは首が「動く」ということが、第一段階なのかもしれません。


その後、またいろんな踊りを観る機会を得て、5年目くらいのときから、自分の中で「首振り改革」を始めてみました。
それまで首だけを振っていたところを、肩の動きに注目してみたりとか、二つ目の振り方を変えてみたりとか。
やってみると、またやりすぎて注意されたり、逆に上手く動かなくて混乱したりするわけです。
 

加えて、いつもの「いち・に・さん」で振るのではない、新たな首の動きも出てくるようになります。

たとえば、踊る曲ごとの雰囲気はもちろんのこと、一曲の中でも場面によって、首の振り方を変えるということがあるのです。
ここはまだ幼さの残る娘だから、はっきりと振る。同じ曲でもこの部分は、おませに女ぶるところだから、しっとりと振る、とか。

あるいは、お面の踊りの首は特徴的です。
お面で顔が隠されてしまっているので、しっかり首(顔)を動かさないと表情が出ない。
その状態が、「いち・に・さん」できまるのではない間もずっと続いているのです。 
今までの首の振り方がベースなのは分かるのですが、いざお面になると、途端に動きが理解できなくなったりします。


現在8年目、結局まだまだ首は分からないことだらけ。

「首振り三年」は、踊りを始めた当初とは全く逆の意味において「そんなわけないでしょ!」な言葉になっています。笑
 

「京鹿子娘道成寺」観てきました!〜團菊祭五月大歌舞伎(歌舞伎座) 夜の部感想


はい、

今月はしんどかったです!

過去に拝見した踊りがどれも素敵だった尾上菊之助さんが、「京鹿子娘道成寺」という大曲を、歌舞伎座で踊る。

この大曲には、これまでにずっと流れてきた「道成寺の系譜」みたいなものがあるわけで、その流れに今、自分が観ることができる今、菊之助さんという新たな花子が加わるわけで。

いえ、それはどの演目もそうなのでしょうけれど、一人でこれだけの時間踊り続けるという点において、そして女方の集大成とも言われる踊りという意味で、やっぱり道成寺は特別な気がします。

そうなると、単に「「道成寺」という演目を楽しみましたよ!」で終わりたくない。
「菊之助さんの道成寺」という見方をしたい。

そもそも道成寺を初めて通して観る自分が、「菊之助さんの道成寺」を覚えておくためにはどうしたらいいんだろう。
私は「道成寺」という演目そのものをどうやって観ればいいんだろう。 

いろいろと思い入れが強かったゆえに、気がつけばこの曲のことを考えていた一ヶ月でした。 

結局「菊之助さんの道成寺」という見方ができたかどうかは定かでないのですが、
何にせよ一生懸命だった今月の観劇の痕跡、ここにしたためておこうと思います。
いつも以上に独りよがりですが、何卒ご容赦くださいませ。

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■道行


黒地に花を散らした衣装で登場。
ここだけ音楽が竹本なのが面白いです(他の部分は長唄)。

花道で踊られるこの部分、「白拍子花子」と「清姫の霊」が渾然としていると思います。
詞章でも花子のいそいそとした娘っぽさと同時に、鐘への執着が語られます。

鐘を観ながら体に溜めを作ってじりじりと動き、「清姫」としての心情を見せたかと思えば、そのあとまたすっと「花子」としてのかわいらしさが見えたりもして、「ここから物語が始まるんだなぁ」と感じました。

この「道行」の踊り方で、その方が踊る花子の人物像みたいなものの一端が、少し見えてくる気がします。
菊之助さんの花子は、はっきり娘むすめしているわけではなく、かといって色っぽすぎず、おっとりとしたお嬢さんな感じ。 


■乱拍子/中啓の舞(花の外には松ばかり〜/鐘に恨みは〜)


黒の着物を脱ぎ、赤の鮮やかな衣装で再登場です。金の烏帽子をつけます。
ちなみにこの烏帽子と中啓(このときに使うお扇子)、歌舞伎座ギャラリーに展示してあり、自由に撮影ができましたよ!なりきり花子セット。

ここでは鐘のことが歌詞にたくさん出てきて、振りでも鐘を見るところがいくつかあります。

印象に残っているのは、「花の他には松ばかり〜」で一度花道の方に行き、七三で鐘を振り返るところ。
ここではキッと見上げるのではなく、ふっと引かれてしまう感じ。
きまった形の美しさよ。

そしてもう一箇所、この部分の終わりで「真如の月を眺め明かさん」で、たっぷり溜めて鐘を見上げるところ。
目が素敵なんです。鐘を見るときは目つきが変わるんです。 


■手踊り(言わず語らぬ〜)


しっとりとした曲調の、手踊りの部分。
烏帽子は外しますが、先ほどと同じ赤の衣装で踊ります。

細かいのですが、「つれないはただ 移り気な」のところがとても好きでした。

足を出して体を少し捻り、その足をちょっと上げて下ろす、その足先の何気ない表情が繊細で、かわいらしくてですね…
目線、足先、全てに拗ねている娘のいじらしさが溢れていました。

菊之助さんの踊りは、まっすぐだから好きなのです。
まっすぐというのは、決して「固い」「動いていない」ということではありません。
「素直」と言ったら良いのでしょうか、言葉選びって難しいのですが。。巧まない、と言いますか。

この部分もシンプルかもしれませんが、だからこそ楚々としたかわいらしさが浮かび上がってくるのだと思います。


■毬唄(恋の分里〜)


先ほどの部分の最後「都育ちは蓮葉なものぢゃえ」で引き抜きになり、一瞬で衣装が赤から浅葱色に替わります。
引き抜き、演出として盛り上がるので良いですよね!

ここの引き抜き、後見の方のお力も大きいと思うのですが、私が観た日は全く踊りに影響がなくてすごいなぁと思いました。

ここから少し曲の雰囲気が変わります。
テンドツツン、テンドツツンというお三味線のリズムも楽しく、華やかになるところです(口三味線あいまいですごめんなさい)。

この毬唄の部分は、私としては今回の菊之助さんの道成寺の中で、一番好きなところかもしれません。
何ともほのぼのとした、おっとりとした娘の雰囲気が愛らしい。 

首をきゅっと曲げるとか、はっきり動くとか、娘っぽさを出す方法っていろいろあると思うんですが、菊之助さんの花子はそうではない。
あのただただ溢れ出る、育ちの良さそうな娘の雰囲気はどこから来るのでしょう。動きの柔らかさでしょうか。

柔らかさといっても、玉三郎さんみたいな流れるような柔らかさとはまた違うのです。
もっと素直な、ぽわっとした、丸みを帯びた感じなんですが、うーん、全然説得力がないですね…

見せ場としては、しゃがんだ体勢のまま毬をつきながらつつつと円を描くように回ってくるところだと思うのですが、
印象的だったのは「室の早咲き それがほんに色ぢゃ」のところで、左の帯の前辺りでふわっと花を咲かせて丸めて毬にする振り。
とっても何気なく踊られるのですが、柔らかさきめ細かさが本当に素敵でした。 

確か、以前某テレビ番組で玉三郎さんが「ここは陰気な感じを見せる」とおっしゃっていたと思うのですが、
菊之助さんのこの部分に陰気さは感じず、むしろ無垢な少女だったような気がします。私が感じ取れなかっただけかしら…。

この部分の最後、「思い染めたが縁ぢゃえ」でゆっくりと首を振るのですが、それまでのほのぼのとした空気感と、ここは一線を画しているように感じました。
じっとりとしたものが一瞬滲んだ気がして、ぞっとしました。 


■振り出し笠の踊り(梅とさんさん〜)


先ほどの衣装の上だけ肌脱ぎになって、朱鷺色の衣装に替わります。
道成寺は衣装を見ているだけでも見応えがありますね〜!それくらい衣装替えが多いのです。

「振り出し笠」という三連の笠を使った、見た目にも華やかなところです。
赤い笠を被り、両手に振り出し笠を持って踊ります。

曲調はちょっとおっとりしつつも、明るい雰囲気。

笠を被っている姿って、かわいらしくて好きなんです。顔が小さく見えるからでしょうか、そして影がまたいい感じの効果を生むのでしょうか。

ここもまったりと娘らしくて素敵でした。

「分きて云はれぬな 花の色え」 で、かぶった笠と手に持つ笠を正面で縦一列に重ね、とんとんとんと後ろを向く振り、
要は頭の上にかぶっている笠を正面に見せなくてはならないので、ちょっとうつむくことになるのですが、このうつむく前に一度正面にちょっと顔を見せる感じがかわいらしかったんです。踊りが細かい…!


■クドキ(恋の手習い〜)


先ほどの踊りのあとに、同じ曲調のまま所化の踊りを挟み、また花子が出てきます。
藤色の衣装に替わっています。

しっとりと女心を見せる、いわゆる「クドキ」の部分で、手拭いを使って踊ります。
手拭いの柄は「重ね扇に抱き柏」の、尾上菊五郎家の家紋でした。

ここで好きだったのは、「おお嬉し おお嬉し」で首をいかにも娘らしく曲げ、そして後ろを向いてきまるところ。
そのかわいらしさと、後ろ姿の美しさ、柔らかさ。シャープすぎない感じがとても好きです。

それと「悪性な悪性な気が知れぬ 恨み恨みてかこち泣き」で、鐘を見ながらすーっと上手へ進むところ、踊りというよりはこの瞬間は特に芝居っ気が強いと思うのですが、心ここにあらずな一瞬です。
鐘に目を据えたまま、手元を見ずに手拭いを肩から外す所作に、躊躇いとか激しい想いとかが見えました。

そこからまたぱっと踊りのリズムが変わって、手拭いを振りながら歩く。
その緩急にどきどきするのです。


■鞨鼓の踊り(山尽くし)


上だけ肌脱ぎで、白地に派手な模様の衣装に替わっています。
鞨鼓という小ぶりの太鼓を帯の上につけて撥で叩きながら、様々な山を詠み込んだ歌詞に合わせて踊るところです。

この辺りから踊りの見せ場なんじゃないかと思います。
というか、こういうたくさん動く、盛り上がっていく踊りが私は大好きなんです。笑

「散りくる散りくる嵐山」、結構な詰まった間でぱっと座って、撥でトコトンと床を叩くのですが、それも何気ないんですけどちゃんと整った美しさなんですよね。。

「稲荷山」のところ、ぴょんと跳んで狐の振りなのですが、そこすらも品がありました。
あと、お正月を思い出しました。笑この記事

「稲荷山」のあとはまたがらりと雰囲気が変わり、勢いを感じるような踊りに。
一曲の中でどんどん変わっていきます。
序盤のほのぼのとした空気感は、この辺りの勢いを際立たせるためにあったのかと思うほどです。

★このあと舞台上はしばらく空くのですが、そんなときは音楽の聴かせどころです。
道成寺には三味線に拍手が起きるところがたくさんありますが、私はこの部分の音楽が一番好きです。三味線の華やかさはもちろん、鳴物のリズムがとてもおもしろくて、ここから先の盛り上がりを予感させるようです。


■手踊り/鈴太鼓の踊り(ただ頼め〜)


来ました、道成寺という長い曲の中で私が最も好きな部分です。笑
紫の麻の葉模様の着物になります。

ここも、菊之助さんの魅力が詰まっているなぁと個人的には思いました。

これまでおっとりした雰囲気の娘でしたが、ここはきゅっと首を曲げて、かわいらしさ全開。
袖で隠して人を呼ぶ振りが可憐!!

この「ただ頼め」から始まる手踊りの一連の振り、とてもかわいくて大好きなのですが、それを大好きな感じで踊っていただけるともう非常に嬉しいのです。
 

一旦後ろに下がり、鈴太鼓を持って、出てくるときに引き抜いて白の衣装になります。

鈴太鼓の軽やかな音。
曲調も一層華やかに、テンポも一層速くなって、今まで以上に舞台の空気が動き出す感じがします。 
 
ここも何せ形が素直で美しい。大きく動いても決して崩れない。
踊る人としては当たり前なのかもしれませんが、、でもそれを当たり前に見せることができる、というのは凄いことだと思います。
 
これが一番分かるのが、「さっさそうぢゃいな さっさそうぢゃいな」で手肩肩膝膝と叩くところ。
かなり体重を前にかけてから後ろに戻してくる感じですが、無理のない形というか、整っていたというか…。

その勢いのあと、前に出てきてぺたんと座って、ちょっと首を傾げて止まった形の、素朴なかわいらしさ! 

で、ここからです。ここからが道成寺の中でいっちばん好きなんです。
鈴太鼓でリズムを取りながらの早間の踊り。

菊之助さんのここ、とても好きです。丁寧で、細やかで、可憐で。 
 
軽やかな音に合わせて、踊りも軽快で、観ている方もだんだん引き込まれ、浮かされ、乗ってくる、

そこで急にハッと鐘を振り返り、ドロドロドロと太鼓が鳴って、清姫の本性が出てくるんです。

このスピード感、勢い。
もう絶対に取り返しがつかないのがよく分かる。

所化たちを振り払い、一気に鐘へ飛び込みます。

3回観て、3回とも鳥肌が立ちました。


■鐘入り


最後は上だけ肌脱ぎで、白地に蛇を表す鱗模様が銀色に光る衣装です。

鐘に上って、長い袖を巻き付けた右手を上げて見下ろすときに、恨みだけでなく哀しさが見えた気がしました。

やっぱり清姫としては、やり方はおかしかったにしろ純粋な恋だったわけで、ということは純粋な失恋だったんですよね。


…ふぅ。
満足感。

***

先述の通り3回観ましたが、3回目が一番好きだった。
立ち見でしたが、立ち見一列目だと花道なんかは、座るより却ってよく見えますね。
鐘の真ん前だったので、最後がよく見えたのも嬉しかった。

とにもかくにも、人生初道成寺を歌舞伎座で、菊之助さんで観られて、それを自分なりに感想に落し込むことができたのは大きかったなぁと思います。

明日は千穐楽。
観に行けませんが、きっと今日も、繊細で純朴な花子がいるんだろうなぁ。 


下駄で踊ること。

先日、こんな記事を書きました。


常日頃から着物で生活していないと身に付かない、ほんのちょっとした動き方。
そういうものが自然に出てくるようになりたいから、極力着物で生活したい、という話。

それに関連して、初めて下駄で踊ったときの話です。

***

私は和服を着始めたのも最近のことで、下駄で出掛けたことなどほんの数回しかありません。

外で下駄を履くときは、どんな形であれ歩ければとりあえず目的は果たせるので、その数回では特に何も意識しなかったのですが、これが踊りとなると全くの別問題でして。

私は元々、足首がとても固くこの記事、それをごまかすために体の変な位置に重心を置いて踊ってしまっていました。

これが、下駄を履くとごまかせなくなるんです。

底が固い、屈曲性のかけらもない履物なので、ちゃんと真ん中に重心が乗らないと、前後にぱったんぱったん傾いてしまうんですよね。
 
そうすると、思った形で止まろうと思ったときに、下駄がきちんと止まってくれずにバランスを崩す。

それから、日本舞踊の振りには「おすべり」といって、左右の足を交互に後ろに滑らせる振りがあるのですが、
当たり前ですが下駄は足袋のようには滑らないわけですよ。 

足袋でしか踊ったことがない私としては、一体どうしたものやらという感じで。

しかも本番のときは、完全なる善意で下駄の裏に滑り止めをしていただいたので、あとで自分の踊った映像を確認したらロボットのように滑っておりました。 笑

…というかそれ以前に、以前にも書きましたがこちら

下駄を履いて走れない!!

お出掛けのときに歩くのと違って、踊りの体裁を保ちながら、尚且つ走る。
こんなに自由が利かないとは…
これほどまでにできないものかと結構へこみました。。

本番ですらちゃんとできなかったですもんね。もう一回本番やりたい。。

***

さて、話がどこに繋がるかと言いますと、

下駄を日常的に履いていた世代の方は、それほど下駄での踊りに苦労することはないらしいのです。

あとはもちろん、履き慣れている人ですね。

やっぱり、日常的に身に付けていることで、踊りの可能性が広がるらしい。

下駄はそんなに日常的に履く機会があるわけでなく、特に踊りで使うような下駄はなかなか日常では履かないのではないかと思うのですが、
どんなものでも体に馴染んでいるか否かというのはとても大事なのだな、と思った次第です。

 
プロフィール

わこ

◆首都圏在住╱平成生まれOL。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇2年目、毎月何度か劇場に通う日々。
◆着物好きの友人の影響で、着物でのお出かけが増えてきた今日この頃。

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