ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

大人のための、美しい童話集『春の窓』(安房直子)

ぶらりと立ち寄った本屋さんで
偶然好みの本に出会うと、
とても幸せな気持ちになります。

本をしまった鞄まで特別に思えてくる。
一ページずつ丁寧に本をめくりたくなる。

***

最近そんな出会い方をしたのが この本です。

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『春の窓 安房直子ファンタジスタ』(安房直子、講談社)。

安房直子さんと言えば、
小学校の国語の教科書に載っていた 
「きつねの窓」が思い浮かびます。 
細かいところは忘れてしまいましたが、
日本語の美しさに感銘を受けた記憶はしっかりと残っています。

その安房直子さんの童話集。

「赤い塗りの手箱」に「ふうわりと眠っていた」黄色い絹のスカーフ、
「だれにも見えない」緑あふれるベランダ、
内緒でぬすんだ「星のはいったおはじき」、
紙袋につまった桜貝、、

小さな頃に憧れていたのは
こんなものだったかもしれない、と思うような
うっとりするような小物たち。

かと思えば、

壁に描かれた窓の絵は
まるで本物の窓のように風や季節を運ぶけれど、
その向こうは全くの別の世界であったり、

美しい銀色の花の影が
大きな犠牲をもたらしていたりと、

少し残酷でどことなく憂いを帯びたお話もある。

鹿の娘と恋に落ちたり、
海がめに魅入られたり、
まるで神話のような美しさと恐ろしさが綯い交ぜになったお話もある。

やわらかくあたたかく、ていねいな日本語で綴られたお話は
「童話」と括れば子供向けなのかもしれませんが、
大人の目で読んでも味わい深くて
一話一話が心にしみてきます。

日本語が好きで、物語が好きならば、
必ず大切な一冊になるはずです。 

***

あの日、あの本屋さんに行かなければ
この本に出会うことはなかっただろうな、と思うと、
改めて「本屋」というもののありがたみが感じられます。
この本をおすすめしていた書店員さんには、
ねんごろにお礼を言いたいです。

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『恋歌』(朝井まかて)感想〜言葉に心揺さぶられ続ける小説

ずっと読みたかった本をやっと読了。

朝井まかてさんの『恋歌』

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ブックカバーをかけたくないくらい素敵な表紙。
物語の重要な舞台「萩の舎」にちなんででしょうか。


 『阿蘭陀西鶴』『眩』(いずれも 朝井まかて著)に描かれる女性たちの強さと
ふとした瞬間に見せる周りの優しさが好きで、
こちらも気になっていたのです。

 ***

三宅花圃・樋口一葉らの歌の師、
中島歌子の手記を中心に、物語は進みます。

手記に描かれるのは、おきゃんな娘の一途な恋と、
その恋ゆえに巻き込まれていく
幕末・水戸藩の凄絶な動乱。 

当時は「登世」と名乗っていた一人の若き女性が、
武家の妻となり、
激動の時代を、夫への想い一本で
生き抜いていく姿です。

***

『恋歌』という題名ながら、
 中島歌子の詠んだ歌はそれほど多くは出てきません。

しかし、物語の要として、
常に和歌が存在
しています。

登世と、のちに夫となる林以徳とを
引き合わせるきっかけとなり、
その後も折に触れてよすがとなる歌

江戸から水戸へ嫁いで、
様々に交流を持った人々が、
命の際に詠んだ辞世の句

中島歌子となってからの伝統に則る歌風に似合わぬ、
溢れる想いを詠んだ激情の歌…。 


最も「恋歌」と言えそうな
最愛の夫・以徳と詠み交わした歌が、
物語の中に出てくるのは一つの場面だけ。

しかし、この歌がきっかけとなって
彼女は歌の道を志すようになるのです。

「なぜもっと、己の心を三十一文字に注ぎ込まなかったのだろう。
戦場の夜も昼もあの人の胸で響き続けるような、
そんな言葉をなぜ捧げられなかったのだろう。」(p.341)

誰がいつ命を落としてもおかしくなかった
幕末の水戸藩。

その中で生きた女性だからこそ、
命をかけて歌を詠もうとした。 

物語の文脈の中で詠まれるどの歌も、
たった三十一文字にもかかわらず、
どれだけ言葉を尽くしても伝わらない感情
まっすぐに響いてきます。

***

誰にも、どんな雑音にも邪魔されたくなくて、
静かな部屋にこもって読みました。

心をぐわっと鷲掴みにされて
そのままぐわんぐわん揺さぶられるような小説です。

 

恋歌 講談社文庫 / 朝井まかて 【文庫】

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坂東三津五郎さんが踊りを語る本『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』

踊りを始めたばかりの頃から
何度も読み直している本です。

何度読んでも、新たな学びがある。

それだけこちらも成長しているのだと思いたいですね!笑

日本舞踊坂東流の家元でいらした
十代目・坂東三津五郎さんが、
踊りのことについて語った一冊です↓

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『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』(坂東三津五郎、長谷部浩 編、岩波現代文庫)


坂東三津五郎踊りの愉しみ (岩波現代文庫) [ 坂東三津五郎(10世) ]

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この本から学んだことをまとめてみました。
 



*日舞のお稽古は鏡を見ない


日本舞踊、特に坂東流は、鏡稽古は禁止なのだそうです。
 
(確かに私の通うお稽古場にも、
生徒が動きを確認するための鏡はありません!)

鏡を見てしまうと、頭で考えてしまい、
身体が正しい形を覚えないから
ではないか、
と述べていらっしゃいます。(p.10)

踊りの右も左も分からないころに
この本を初めて読んだのですが、
この話は衝撃的で、印象に残りました。

今まで「踊る」「動きを揃える」といったら
当然鏡を使うものとしか考えていなかったのです。

昔習っていたクラシックバレエの教室も、二面が鏡張り。 
どんなに小さなダンススタジオでも、一面は鏡です。 
 
日本舞踊は今まで出会ってきた何物とも違うんだな、と驚いたお話です。


*花道に力を入れすぎない


これは、実践でとても役立ちました。

花道があるような大きな舞台に初めて立ったのは
ついこの間のことなのですが、
花道、本当に難しかった

思ったよりも滑らないな、と思ったら
予期せぬところで滑るし、
第一あの幅の細さが非常に心もとない。
 
照明もきつくて、その割に客席が真っ暗で、
途中から目が回ってしまいました。

当然踊りはぼろぼろのがたがた。

うわぁもう出だしでこれってどうしよう、と
ものすごく焦ってしまった矢先、

ふとこの本の中で、花道について
三津五郎さんがおっしゃっていたのを思い出したのです。
 
「「この役柄はこういう役柄なんだ」と
大まかな摑みができればいい」
(p. 7)

そうだった!と思いました。

そこから切り替えて、
そのときにできる最大限の愛嬌を振り撒いて
何とかかんとか本舞台へ。

おかげで その後は大きく崩れることなしに
最後まで楽しく踊り切ることができました。 

この本を読んでおいて良かった。
大変に救われました。

「出は摑み」、肝に銘じます。 


*踊りの上手い人とは


印象に残っているのは、
痛いところを覚えること、
そして
振りと振りの間を埋めること。

前者の「痛いところ」というのがきれいな形なのだ、
というのはお稽古場でも言われますし、実際日々痛いです。笑

でもぱっとその形、その場所に身体を持っていくのが難しい。

毎回お稽古で、今日こそ我慢して踊るぞ、と思うのですが、
ついどこかしら楽をしてしまうんですよね…
 

そして後者は、ずっと踊りのままでいられるかどうか
振りと振りの間でちょっと回ったりするときに、
素に戻ってしまう人が多いのだそうです。

その回るところだって見えていて、踊りなのだから、
踊りとしてつながなくてはならない、ということです。


初心者の自分には少々レベルの高い話ではありますが、
今から気を付けたって早すぎるということは決してないはず。
 
精進します。


*印象に残っている一節


直接内容に関係しているわけではなく、
何気なくさらっと書いてあるところなのですが、、

一層尊敬の念を深くした一節をご紹介します。

「…僕が四十過ぎて踊りが楽しくなってきて、
だんだん『傀儡師』とか『源太』とか、
上級編の踊りにようやく技量が到達して
踊れるようになってきたときに、…」
(p.55)

何と謙虚でいらっしゃることか…

三津五郎さんともあろう方が、
上級編の踊りに技量が到達したのを四十過ぎだなんて。

もう私、何も言えないです。。笑


*ますます踊りが好きになる一冊!


ここに書いた以外にも、さまざまな踊りについて
踊るときの心がけや流派による違い、
思い出などを丁寧に語っていらっしゃいます。

まだ踊ったことのないものばかりですが、
いつかきっと踊る機会があると信じて。
そのときには、またこの本に頼ろうと思います。

それぞれの踊りのお話になると、
歌詞などにも触れるので 分からない部分もまだまだ多いのですが、

こういう気持ちで踊っている、というのを知ると
実際に観てみたくてたまらなくなってきます。

踊りのことがますます好きになってくる一冊です。

坂東三津五郎踊りの愉しみ (岩波現代文庫) [ 坂東三津五郎(10世) ]

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歌舞伎まわりの用語が基礎から分かった一冊『歌舞伎音楽入門』

Twitterでも何度か挙げた、先日見つけた本です。

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『歌舞伎音楽入門』(山田庄一、音楽之友社 昭和61年)

古書店での出会いだったので、
新刊書店で扱いがあるか分からないのですが、
 
何となく疑問に思っていたことがいろいろ解決した
ありがたい一冊でした。

***

この本のいいところは、
流れを俯瞰しながら理解できるところ。

歌舞伎の発生から現代に至るまでの大まかな流れや、
種々の音楽がどこに起源を持ち、どう発展したのかなど、
概観していけるので とても分かりやすかったです。

一つひとつ理解しながら進むと、
その場で調べた取って付けたような知識よりも身に付く感じがします。


歌舞伎を見始めたものの、
何となく分からないことがちょこちょこある。。

といった方や、

大まかに歌舞伎について知りたい!

という方にぜひおすすめしたい一冊です。


ちなみに私がこの本ですっきりしたのは…

*ふつうの会話っぽい芝居と聞き取りにくい芝居とあるのはどうして?
*今年10月の芸術祭『助六曲輪初花桜』は何で『助六由縁江戸桜』じゃないの?
*長唄、清元、常盤津って何が違うの?
*新内とか大薩摩とか、名前は時々聞くけどどんなもの?
*文楽の太夫と歌舞伎の竹本って違うの?

といったもやもや。 

こういうの、インターネットでも出てくると思うのですが、
なぜかこういうものを画面で読むのは億劫なんです。

多分、ネットの画面でパッと理解するような
情報量ではない
のでしょうね。

そういうときに、やっぱり本は重要だなと思いました。

じっくり時間をかけて、それなりの分量の情報を理解していく。

その作業に向いているのは、ネットよりも本なのだと思います。 

***

昭和61年の本ですが、古典芸能ということもあって
情報は古びていないと思います。

ただ、現代で憂えていることを当時から憂えていたのだな、とか

当時抱かれていた危機感を、今解決できないままなんだろうな、とか

そういう寂しさは感じました。

そして何より、

途中に出てくる女子高生の文章力が凄まじい。。

国立劇場で初めて歌舞伎を観た高一女子の感想文なのですが、
非常にしっかりとした日本語で綴られていました。
見習いたいものです。どうしたら高校生であんな品の良い文章を…
本筋とは全く関係のないところで
いたく感動してしまったのでした。。






歌舞伎役者の言葉に学ぶ、日本舞踊の「見る」振りのこと。

山を望むとか、
お花見をするとか月を眺めるとか、
周りの景色を見渡すとか。

日本舞踊には、「見る」振りがたくさんあるなぁと思います。

その見方もいろいろあって、
何かに気付くときの見方があれば、
物思いにふけってぼんやりと見ることもあり、
もちろん眺めを楽しむ見方もあり。

こんな記事をなぜ書き始めたかというと、
自分が今、「見る」振りで悪戦苦闘しているからです。。笑

そんな踊りの「見る」ことについて
複数の歌舞伎役者さんが同じようなことを言っていらして面白かったので、
半ば自分のためにまとめます!


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まず十代目・坂東三津五郎さん

『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』(長谷部浩 編、岩波現代文庫)の中で
以下のように述べていらっしゃいます。

「…たとえば富士山が出てきたときに、
もちろん踊り手には、富士山が見えていなければいけないわけです。
演者が見ていないと、お客さまには
絶対見ているように伝わりません。」(p.67)


さらに、その富士の大きさや場面がどんなものなのか、
振りをつけた人はどんな富士を見ていたのか。

自分の中に、そういうファイルをたくさん持っておくべきだ、というお話。

この他にも、『京鹿子娘道成寺』を踊るときに
実際に和歌山の道成寺を訪れてみて、
初めて分かったことのお話も興味深かったです。(p.81〜82)

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***

それから、四代目・市川猿之助さん

この本が好きすぎてしょっちゅうこのブログに登場するのですが(笑)
『舞うひと』(草刈民代、淡交社)の中にこんなお言葉がありました。

「たとえば『北州』という作品で、
待乳山という上野の山から下を望む所作があるんです。
普通「山から下を望む」というと下を見るけれど、
実際の待乳山はとても低いから、
下というよりも遠くをみるような振りになるわけです。
(中略)
ですから、その山を知っているかどうかで表現が変わる。…」(p.176)

やはり、踊る上で実際の景色や風俗を知っていることの重要性
説いていらっしゃいました。

***

「見る」ことに限定した話ではなくなってきますが、
同じ『舞うひと』の中で
五代目・尾上菊之助さんがおっしゃることも
本質は同じだと思っています。

「…そこにいる女性は若いのか年増なのか、
「散りかかる」花はどんな花なのか……
膨大な情報が「散りかかるようで」の振りにこめられているんです。」(p.74)


やはり、踊りながら実際の景色を「見て」いらっしゃる

この「膨大な情報」を振りにこめるには、
そもそも年増って何歳くらいなの?とか、
その花がどの花だったらどうするの?とか、
前提となる知識が必要不可欠なんですよね。


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***

「見る」振り(に限らず全てにわたって言えることですが)に重要なのは、
知識想像力だということが何となく見えてきました。

その時代に見えていた景色や、文化、人々の動作…

そういうものの知識を、少しずつつけていきたい。

さもないと、想像するにもできないのです。

踊りの舞台となるどこかに行ってみるでもよし、
江戸の文化をもっと学んでみるもよし。

でも、そう思うと日常の全ての動作が
踊りの糧になる
ような気がしてきます。

自分がこういうものを眺めるとき、どんな感じだろう。
どんな景色を見てきただろう。

一つ一つの経験や、何気ない一瞬も、学びになりそう。

と言ったところで、
私が立ち止まっているのはもっと初歩的・技術的な問題だったのですが笑
(「レベルが違う」どころではないほど違いすぎて解決せず)

いつかは!いつかは上手くなりたいから!!
今から意識するに越したことはないんですってば!!笑

お三方のお言葉を胸に、お稽古頑張ります。


 
プロフィール

わこ

◆東京都在住╱地味目のOL (平成生まれ)。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇2年目、毎月何度か劇場に通う日々。
◆着物好きの友人の影響で、着物でのお出かけが増えてきた今日この頃。

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