今月も行ってまいりました、歌舞伎座2月の大歌舞伎です。

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歌舞伎座の2月は「地口行燈(じぐちあんどん)の季節。
「地口」とは有名な言葉をもじって全然別の意味にする言葉遊びだそうで、劇場内や木挽町広場には、たくさんの地口行燈がかかっていました。

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「飛んで火に入る夏の虫」→「飛んで湯に入る夏の武士」
静かな顔してテンション高め武士。

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「誰に見しょとて紅鉄漿(べにかね)つきょぞ」(京鹿子娘道成寺)
→「伊達に見しょとて銭金尽きょぞ」
どちらも悲劇ではありますが。。絵は道成寺で使う鞨鼓と鐘ですね!

そして「有名な言葉」と言われてもこれしかピンとこなかったのは、ひとえに私の無教養ゆえでございます。

***

気を取り直してお芝居のお話!

昼の部・一幕目は「義経千本桜 すし屋」
年末にテレビでも放送されましたね。
そのときに片岡仁左衛門さんがなさっていた「いがみの権太」を、
今回尾上松緑さんがつとめていらっしゃいます。

初心者なりの感想と楽しみ方をレポートします!




■初心者でも楽しめるのか?


どうでしょうか、「楽しむ」感じの演目ではないかもしれません。。
結構ヘビーな話です。雑にまとめれば、悪い奴が壮絶な改心をするにもかかわらず、悲劇が起きてしまう話です。
話の筋も、前半は笑いどころもありますが、後半は特に何が起きたのかやや分かりにくい。

でも、筋が分かれば胸に刺さる、心に残る話だと思います。

「気軽に楽しみたい」というよりも「物語をじっくり味わいたい」方向けかもしれません。


■私はこう見た!ここが好き!


まず、初っ端に出ているすし屋の娘・お里中村梅枝さん)がとにかくかわいい。
「うきうき」「わくわく」という言葉を芝居にしたらあんな感じなのでしょうね。
台詞も浮き立つようで、大好きな弥助尾上菊之助さん)に「これからは自分のことはお里って呼び捨てにして!」と指南する辺りなんかも、嬉しくてしょうがないんだなぁと。
恋が叶ってこんなに分かりやすく嬉しがる女の子、何だか眩しいくらいです。。

そこに折悪しく帰ってくるいがみの権太尾上松緑さん)。
(「いがむ」を広辞苑で引くと「歪む」と「啀む」が出てきますが、「啀む」は「かみつくようにどなりたてる」とあり、(前段から見る限り)権太は悪いけれどもそういう暴力性はなかったと思うので、ちょっとばかし「歪んで」いるということなのですかね。)

権太、登場がいいんですよ。
花道から出てきて本舞台に来て、すし屋の戸をがらりと開けるのですが、中で楽しげな妹(お里)と弥助の様子を見て、いったん戸を閉めるのです。笑 

弥助との時間を邪魔されたお里の、兄・権太への悪態もかわいい(「びびびびびー!」という台詞。あっかんべー的なものかと)。もうお里が同じ女子としてとにかくかわいい

さて、勘当されたにも関わらず、性懲りも無く金の無心にやってきた権太。
母・おくら市村橘太郎さん)も情けない息子に「不孝者」と言うのですが、この声に力が入らない。本当は息子のことを見捨てたくないのです。 
そんな母なので、権太の「大事のお金を取られてしまってもう俺は死ぬしかない」とかなんとかいう嘘八百を、ほいほいと信じてしまうのです。
本気で泣いてしまう母親と、手近のお茶を目につけて涙に見せかける権太の対比がおもしろい。

挙句、大金を息子に渡してしまうおくら。
お金を入れた戸棚の鍵がない、というのを妙に手慣れた様子で開ける息子に対しても「器用な子じゃのう」と感動してしまう…こういう母だから権太がいがむんですよっ!!笑
ピッキングに慣れてる、ってそういうことだからな!!

このあたりの親バカ具合、私はとっても好きです。笑

そのお金を鮓桶に隠す場面だったと思うのですが、権太が手ぬぐいを肩にひょいっとかけ、裾を端折ってぐっと立つのです。その一連のキレが非常に良い。素敵です。

この後の父・弥左衛門市川團蔵さん)と弥助(菊之助さん)、二人の場面。
ついに弥助の本性が露わになるのですが、ここ、かっこよかったです。
同じ場所に立ったまま、じわりじわりと視線だけを移していく。この目の感じが変わっていき、立ち姿に風格が表れてくる。その過程がとてもかっこいい。

維盛の妻子・若葉の内侍坂東新悟さん)と六代君坂東亀三郎くん)が、すし屋にやってくる場面。
六代君の台詞は父を呼ぶたった一言だけなのですが、亀三郎くん、とてもよく通る声が印象的でした。お父様(彦三郎さん)譲りかしら。これからが楽しみです。

さて、この維盛一家の会話を屏風の陰から聞いていたお里ちゃん。
自分がとんでもない身分違いの恋をしていたことに愕然としつつも、事の重大さを悟ります。
夜具を隠していた屏風で自分と維盛の間を隔て、維盛一家を上座に座らせ、自分のしてしまったことを詫びるのです。

いや、お里ちゃん、あなたは悪くないよ!知らなかったんだもの。
あんなに純粋に恋していた相手との間に、自らの手で境界を作らなくてはならない辛さ。
分かっているのに、やっぱり屏風の向こうを覗いてしまうお里ちゃんが切ない。

ここから事態は急展開を見せ、壮絶な幕切れへと転がり始めるのですが、
維盛一家を追っていく権太が桶を取り違える演出、江戸と上方とで違うんですね。
後でちょっぴり触れますが、江戸版の権太、いろいろ知恵が働く人に違いないんだから、ちゃんと入れた桶覚えときなよ!と思ってしまいます

権太が若葉の内侍と六代君を縛り上げ、首桶を持って登場したあたりからは、辛いですね。
この若葉の内侍と六代君、実は権太の女房・小せん尾上緑さん)と息子・善太郎(おそらく私が行った日は茂木鈴太くん)なのです。

それが分かるのは、すでに怒り心頭の弥左衛門が権太を刺してしまったあと。
刺されてからの権太がしゃべるしゃべる。笑
歌舞伎あるあるですね、この刺されてからしぶとく語るパターン。

ここからの、弥左衛門の台詞が好きなのです。
細かい言い回しは忘れてしまったのですが、要は何でもっと早く改心してくれないんだ、という話。
子供たちが遊んでいるのを見るにつけ、もしや権太の息子がいはしないかと思うけれども、「いがみの権太の息子は…」なんて言えず。
弥左衛門も弥左衛門なりに息子を想いながら生きていたのですね。
もう全ては遅すぎるのです。。

しかもですよ、
この権太の死、実は必要なかったんですよ。
もともと源氏方は維盛の首を取るつもりはなく、彼を出家させて命を助けようという魂胆だったのです。

もう救いがなさすぎますよ…


■これさえ押さえれば楽しめます


以下に挙げるのは、観劇してみて
「初めてでもこれが分かっていれば楽しめそうだな」
「これを知っていればもっと楽しかっただろうな」
というのをまとめてみたものです。

★大体見せ場では、
「待ってました!」「〇〇屋!」という掛け声がかかります。
この声を頼りに、舞台にぐぐっと注目!

今回分かっているといいなと思ったのは、①鮓桶の取り違え ②首実検 の2つですが、番外編的に③お里ちゃんの名台詞 も入れさせていただきます。笑

①鮓桶の取り違え

これ、最注目シーンだと思います!
どの鮓桶に何が入っているか、よく観ておきましょう。

右から2番目の桶に権太が入れる、母からの大金。
真ん中の桶に弥左衛門がこっそり入れる、通りすがりで死んでいた若侍の首。

これをうっかり取り違え、権太が生首を持っていってしまうことで、事態が大きく変わっていってしまうのです。

②首実検

先ほど権太が取り違えた、鮓桶の中の首。
これを見た権太、維盛をこの偽首で守ろうとする父の思惑を理解するのです。

そして、弥助に身をやつした今の維盛の姿に合わせて、生首の前髪を剃る。
これで維盛は守れるが、さて若葉の内侍と六代君をどうしたものか、と思案していると、妻の小せんが自分を使うよう申し出るのです。(※この経緯は、刺されたあとの権太によって語られます。)

そして、権太は偽首を持ち、自身の妻子を縛り上げて、景時の前に現れます。偉そうに得意げに登場しますが、心のうちは苦悩でいっぱいなんです。

この偽首を検分するのは、源氏方の重臣・梶原景時。
高貴な人の首を検分する際は、直接ではなく扇越しに見るそうです。


③お里ちゃんの名台詞

上2つに続いて、ちょっとほのぼのとしてしまう注目シーンをば。

弥助といい夜を過ごしたいお里。
物思いにふけってなかなか返事をしてくれない弥助をなんとか寝間に誘おうと、「あのお家も寝た、このお家も寝た」と玄関先でなんともストレートな誘い文句を言うのですが、そのあと。
「お月さんも、寝やしゃんしたわいなぁ」という台詞!
なんだかかわいいですよね!!発想が絵本のようです。

有名な台詞らしいので、ぜひ注目してみてください。
 

■まとめ


いやもう、私、歌舞伎に出てくる娘たちが辛いんです。
あんなに純粋な恋心、いつも結構シビアに踏みにじられるのです。
今回のお里しかり。最初に衝撃を受けたのは、純粋に恋する相手を追ってきた挙句さんざっぱら虐められた上で、納得しにくい理由で殺される、「妹背山婦女庭訓」のお三輪ちゃんですね。
その悲劇とのギャップがあるから、より一層最初の恋心の純粋さが輝くのでしょうね。耳当たりの良いことを言えば。

もうちょっと救ってあげても良いものを…
あんまり娘たちがハッピーだと、江戸の女たちが嫉妬しちゃったのでしょうか。。

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今回は「すし屋」の段だけの上演でしたが、昨年末のNHKの番組で「木の実〜小金吾討死〜すし屋」という流れで観ることができました。
京都南座での公演で、先述の通り仁左衛門さんのいがみの権太です。
「すし屋」にどうつながってくるのかが分かっていたのは、大きく理解の助けになりました。

ところで、この仁左衛門さんの方と、演出が少々違ったのが印象的でした。上方と江戸の違いのようです。
分かりやすかったのは、先にも触れましたが鮓桶を取り違えるに至る過程の違い。
上方は弥左衛門が桶の並び順を変えてしまうのですが、江戸は権太があれこれ持ってみて、重さから適当なのを持って行ってしまうのです。
他にも「母おくら泣き落とし作戦」時の涙の付け方が違ったり、妻子を景時に差し出すときのきまり方が違ったりと、いくつかあるようです。

この本に、イラスト付きでいろいろ載っていました↓

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イラストが多いのですが、だからと言って情報量が少ないわけでは決してなく、結構細かいところまで充実の内容です。
まだ観に行ったことがない、これから観に行くという方よりも、歌舞伎に興味が出てきてちょっとだけ知識が入ったくらいの方が楽しめるかと思います。

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最後になりましたが、今回は初世尾上辰之助さんの三十三回忌追善興行。
辰之助さんのご子息にあたる松緑さんには、「音羽屋!」「四代目!」「紀尾井町!」「待ってました!」とたくさんの声がかかっていました。
(「紀尾井町」は、二代目松緑さんのお家があった場所だそうです)

32年前、私は産まれてもいませんが、
この公演前に辰之助さんを少しでも知っておきたいと、2本ほど映像を観ました。
きりっとしていて、台詞もすっきりかっこよくて、これは生で観たらさぞかし、という感じ。
もっといろいろな演目を観る機会がほしいですね。

リアルタイムでは全然知り得ない世代でも、このような公演がきっかけとなって知ることができるのは、ありがたいことだなぁと思います。