2019年2月の歌舞伎座で上演中の「熊谷陣屋」。
素晴らしかったのでいろんな人に勧めたいと思いつつ、
何せ話が分かりにくくて、「歌舞伎は初めて!」という方にはなかなかハードルが高いようにも思えます。

そんなわけで、今回こんな記事を書いてみました。

目的はあくまで「初めて歌舞伎を見るような方がざっくり予習できる」というところなので、
芝居好きの方からしたら「熊谷陣屋を汚すな!」というレベルかもしれませんが、悪しからずご了承ください。

(歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人」こちらに、今月熊谷を演じていらっしゃる中村吉右衛門さんのインタビューがあります。とても興味深いお話なので、もっと深いところを知りたい方はぜひ。)



1.何が起きる芝居?


源氏方の武将・熊谷次郎直実が、「平敦盛を討った」と見せかけて、実は我が子を身替りにして敦盛を救っていた、という話。

戦乱の世の中、16歳の我が子を手にかけねばならなかった熊谷の、無常を悟りながらも抱える深い悲しみが胸を打ちます。

2019年2月の歌舞伎座公演では、上演時間は約1時間25分です。 

★『平家物語』の「敦盛最期」とは違う展開なので注意です!敦盛生きてます! 

2.お話の前提


この場面を最も分かりにくくしているのが、誰も真実を口外できないところ。
誰のセリフにも出てこない「討たれたとされている平敦盛は生きていて、熊谷の一子・小次郎がその身替りとなった」という事実が、最も重要なところです。

敦盛は後白河院の御落胤であるため、絶対に殺してはならない存在なのです。

それからもう一点、源平合戦の時代が舞台であること分かっていると良いかと思います。
源氏が優勢、平家は滅亡まっしぐらです。  

主人公の熊谷や、途中で出てくる源義経をはじめ、舞台上にいるほとんどの人物は源氏方

途中でいそいそとやってくる謎のおっちゃん・弥陀六(実は平宗清)は、平家方です。


3.注目すべきもの


【最初から舞台にあるもの】

■制札(せいさつ、桜の横にある立て札)

書かれているのは「一枝(いっし)を伐(き)らば一指(いっし)を剪(き)るべし」という言葉。

「枝を一本切るならばその指を一本切る」というのが表面上の意味ですが、
その真意は「花の枝(=平敦盛)を切らずに自分の指(=熊谷の息子・小次郎)を切れ」、つまり「自分の一子を身替りにして平敦盛を救え」というもの。
これは源義経による命令です。
救う敦盛は平家ではありますが、先述の通り後白河法皇の子供であるため、絶対に殺してはならない存在なのです。

【途中で出てきたら注目!】

■首桶(くびおけ)

熊谷が義経に持ってくる円柱型のもので、中には切り首が入っています。

これは敦盛の首と見せかけた小次郎の首

中身を見た女性陣(敦盛の母と小次郎の母)は、敦盛が討たれたと信じきっていたのに中から小次郎の首が出てきたので動転してしまいます。

しかし、あくまでこの首は「敦盛の首」としなければならない。
偽首だと他の人に知られてしまったら大変ですから、最後まで「小次郎」という名前は出ず、この首のことは全員が「敦盛」と呼び続けます

だから分かりにくいのです。。

■鎧櫃(よろいびつ)

義経が弥陀六(途中で出てくるおっちゃん)に渡す黒い箱。
弥陀六が背負って帰ります。

中に入っているのは、なんと無事だった敦盛その人
しかし敦盛が生きていると他の人に知られてしまってはならないので、この中身もひた隠しにされます。

だから分かりにくいのです。。


4.注目すべき人物


◼熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)

袴姿で花道から登場、一度引っ込んでから出陣のための装束で再登場し、最後は出家のための墨染の衣装です。
舞台では、主に陣屋の中の真ん中か、向かって左側にいます。

この物語の主人公で、
敦盛を救うために我が子・小次郎を討ち、その首を義経に示します。

■相模(さがみ) 

舞台向かって左側にいる女性。
熊谷の妻であり、殺された小次郎の母です。
我が子の無事をずっと祈っているのですが、予測しない事態で息子を亡くし、動揺が隠せません。

■藤の方(ふじのかた)

舞台向かって右側にいる女性。
討たれたと思わせておいて実は助かっていた敦盛の母です。
我が子が死んだと思っていたところからの生存確認ですから、相模と対照的な運命ですね。。

熊谷・相模夫婦は過去、この藤の方に窮地を救ってもらったという恩があります。

◼弥陀六(みだろく)実は弥平兵衛宗清(やへいびょうえ むねきよ)

途中で舞台右手からいそいそ出てくるおっちゃん、に見せかけて実は平家方の武将・平宗清。

以前幼い頼朝・義経兄弟を助けたことがあり、そのせいで平家が衰退してしまった、と悔やんでも悔やみきれない思いがあります。
しかしこの恩を忘れていない義経が、敦盛を彼に引き渡します

◼源義経

途中で出てきて、舞台右手で椅子みたいなものにどっかと座る人。

上述の制札で「小次郎を犠牲に敦盛を救え」と熊谷に暗示した人物です。

5.見どころ


いろいろとあると思うのですが、熊谷が旅立っていく最後の花道が最大の見どころだと思います。

出家の支度を整えて一人花道に立った熊谷の、「十六年は一昔。夢だ、夢だ」というセリフが有名です。 
16年というのは、小次郎の生きた年月。熊谷が小次郎と一緒にいた年月です。

深い悲しみを抱え、世の中の無常を悟り、笠でそんな世の中から自分をシャットアウトするかのように去って行く熊谷の姿は、胸に刺さるものがあります。

個人的には、首実検の場面で義経に首を見せ、迫る熊谷に一番心打たれました。


6.まとめ


「熊谷陣屋」が分かりにくいのは、何と言っても「推し量る」ことの多さだと思います。
大事な事実はこの場面では誰も口外してはいけないため、セリフから状況を判断することができないのです。 

理解の助けになってくれそうな竹本(舞台右手で語っている)も、なかなか聞き取りにくい。
そして内容も現代からすると想像がつきにくい。 

これをまとめている私自身も、理解し切れていないところがたくさんあるのだと思います。

でも、深い人間模様が描かれた、胸に刺さるお話です。
主要な登場人物全員がそれぞれの思いを抱え、このどうしようもない世の中を生きています。

ほんの少しでも「熊谷陣屋」の理解の助けになることができれば、これ以上の喜びはありません…!


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