ものすごく魅力を感じていながら、スケジュールの都合で泣く泣く諦めていた国立小劇場の歌舞伎。
特に観たかった歌舞伎舞踊「積恋雪関扉(つもるこい ゆきのせきのと)、運良く都合がついて、滑り込みで観ることができました!感涙!!

しかも花道の間近という素晴らしいお席。
揚幕からしずしずと登場する中村梅枝さん、どんな顔で見上げればよいものやらどぎまぎしてしまいました。。

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■初心者でも楽しめるのか?


楽しめるのではないかと思います。
私は圧倒的に楽しめました

しかしなぜこうも断言できないかと言いますと、
私自身が本当に初めて観たときのことをほとんど覚えていないからなんですね。。

しかも「傾城墨染実は小町桜の精」に中村七之助さんという好配役。
声が美しかった記憶、桜の木の中にぼんやり浮かぶ妖しい姿の記憶はうっすらとあれども、筋やら細かいことやらはすっかり抜けています。

やはりあらかじめあらすじを掴んでいた方が、見どころも分かるし楽しめるのではないでしょうか。

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というわけでほんのざっくりとしたところだけ。

舞台は雪の中に桜の咲き誇る逢坂の関。関兵衛(せきべえ)が関守をしています。

この関の近くには、左遷された良峯少将宗貞(よしみねのしょうしょうむねさだ)の侘び住い。
そこに宗貞と恋仲の小野小町姫(おののこまちひめ)が訪ねてきます。

小町姫を通すか通さないかの関兵衛との問答があったり、宗貞を含めた三人での手踊りがあったりしたのち、この関兵衛から次々と不審な点が。
関兵衛の素性を怪しむ宗貞と小町姫。

実はこの関兵衛、謀反人・大伴黒主その人だったのです。出ました、歌舞伎の「実は」シリーズ。 
宗貞が左遷されたのも、宗貞の弟・安貞が殺害されたのも、この黒主の仕業。
宗貞にとっても、小町姫にとっても、にっくき相手なわけです。

一人謀反の時節を悟る関兵衛。
そこに、亡くなった安貞の恋人・傾城墨染(すみぞめ)が現れます。

この墨染、関兵衛に「自分の色になってほしい」と頼んで油断させ、隙をついて復讐しようとしているわけです。
詰め寄る墨染。ついに関兵衛、大伴黒主としての本性を顕します。
一方墨染も、実は舞台に咲き誇っている小町桜の精。
二人は対峙し、激しい争いを見せるのでした。
 

■私はこう見た!ここが好き!


尾上菊之助さん中村梅枝さんという、これまで短い間観てきて「この方の踊りは好きだなぁ」と思っていたお二人が主演ということで、まずはそこから嬉しい。

梅枝さんは、やはり糸のように自由なしなやかさと緊張感があって、傾城墨染のところは傾城としての余裕も見えて、素敵でした。
手先の美しさよ…そして上半身の自在さよ…

菊之助さん、今まで「品」というイメージだったので、今回の役はちょっと意外だったのですが、斧を持ったあたりからの勢いと迫力にやられました。。

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前半、音楽がのどかで明るいところが多くて楽しかった!

今回絶対に聴き逃したくなかった歌詞に「生野暮薄鈍(きやぼうすどん)というのがあって、文字通りに捉えると「野暮でのろま」みたいな意味なのですが、
ここが当て振りになっていて、言葉の音に沿って「木・矢・棒・臼・ドン(戸を叩く)」と、意味は全然違う振りがついているのです。
その話を知って、「関の扉」への興味が俄然わいたのでした。
今日観てみて、矢と臼とドンは分かりました!それだけでもテンションが上がります。笑

宗貞中村萬太郎さん)との三人踊りのあたりも、好きな曲調でした。
やはり、明るめの曲調に惹かれます。気持ちが踊ります。

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関兵衛が「勘合の印」と「割符」を落としたあたりからの、小町姫・宗貞vs関兵衛のやりとりの緩急にどきどきでした。

はっとした表情で割符を拾う小町姫(梅枝さん)。
ことあるごとに関兵衛(菊之助さん)の隙を狙うのですが、そのたびに関兵衛に阻まれます。

この二人の間の緊張感に、毎度こちらもはっとしてしまいました。笑
手を伸ばす小町姫と、払う関兵衛、どちらにも鋭さがあって、その鋭さがまた美しい。

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関兵衛(実は黒主)の一番好きなところは、盃を手に謀反を企て、大斧を持って琴を試し斬りに行くあたり。
この盃のくだりは曲調も一変して、新たに楽器も加わって、一気に舞台の緊張感が増すのです。
関兵衛のときはちょっとおかしみもあったのに、ここから声も太くなり、いよいよ悪人感が出てきます。

斧を手にしたところからのキレがさすがで、とても好きでした。
小劇場という空間で観たこともあり、迫力がすごい!

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小劇場という観点で言うならば、役者さんの息遣いが分かるのもまた嬉しいところ。
刺さったのは小町姫が宗貞に別れを告げる、「おさらば」というセリフ。
たった一言なのですが、息の震え方に、宗貞との別れの辛さが感じられました。

息遣いというわけではありませんが、セリフの言い方にぐっときたのは、
傾城墨染(梅枝さん)の廓話のくだりでの、「口説(くぜつ)の種にさんすのかえ」というところ(細かい言い回しが違うかもしれませんが…)

上手く言えないのですが、押すばかりでなく引くのもお手の物な傾城の余裕が垣間見えた一言でした。
「墨染」と、自分の名前を名乗るところも素敵だった。
まっすぐ関兵衛を見て名乗るのではなく、関兵衛に背を向けて歩きながら、言葉だけ後ろに残していくように言うのが何だか色っぽいです。

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この廓話に至るところ、そしてそこからの展開がとても良かったのです。

桜を伐ろうとするも、何かの力によって伐り得ず、座ってしまう関兵衛。
暗くなっている舞台に、音もなく傾城墨染が現れます。
あまりにも静かであるがゆえに、何だか妖しい。鳥肌が立つような時間でした。

そんな雰囲気だったのに、廓話の踊りになると一気に華のある曲調に変わります。
墨染の表情も曲調に合わせ、明るく。

しかし、関兵衛が「血染めの片袖」を持っているのを認めてから、徐々にまた緊張感が高まっていきます。

この片袖は、墨染の恋人・安貞の死を伝えるもの。
墨染にとっては、悲しさと黒主への復讐心を生むものなのです。

廓話にかこつけて、戯れのように見せかけて、関兵衛から片袖を取り上げる墨染。

この!この取り上げ方が、何でもないように見えてめちゃくちゃ素敵なのです…!
本当に、ただ女が男をからかっているときのような取り方をするんです。
でも、実はこれが今後の展開にものすごく噛んでいるところ
それが分かっていると、わざと軽いノリで片袖を取り上げる墨染の本気が見えてきて、何ともかっこいいのです。

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関兵衛が黒主としての、墨染が小町桜の精としての本性を顕してからは、もう圧巻ですね。

きっと大きな劇場で観てもすごい迫力なのだと思うのですが、間近で観るとそのスピード感に圧倒されます
思わず息を詰めて、なぜか腹筋に力を入れて観入ってしまいました。

梅枝さん、よく反るなぁ二人藤娘では児太郎さんがとにかくよく反っていたので、今日梅枝さんの反りが観られて謎の公平感を抱いています)

全体を通して、音楽も味わい深いしお芝居の緩急にもうまいこと持っていかれるし、とても良い時間を過ごさせていただきました。


■まとめ


「国立小劇場で歌舞伎をやる」と知ったとき、なんて贅沢なんだろう、と衝撃を受けました。

普段は文楽や、舞踊のおさらい会などを行なっている印象の小劇場。
舞台との距離がとても近いと知っていたので、あの距離感で、あのダイナミックな舞台を観られるなんて夢のようではないか!と思いました。

実際行ってみて、やはりその予想に間違いはなかった!

もう振動が直接くる。ツケの音も、役者さんの踏む音も
表情がよく見えるのはもちろんのこと、息遣いまで聞こえてきて、より胸に迫るものがありました

踊りをちょっぴりかじっている身としては、間近で役者さんたちの身体の使い方を観られたのも大きな収穫。
こんなスピード感をもってやっているのか、とか、こういう風に動いているのか、とか。
すぐに自分が実践できるとはこれっぽっちも思いませんが、これを目に焼き付けられたのはまたとない経験です。

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もう一つ、「歌舞伎舞踊」というものの面白さを感じた一幕でもありました。
基本は音楽(常磐津)に合わせた舞踊として進んでいくので、曲調が変わるところがはっきりとしていて、ドラマティックなのです。

特に好きだったのは、先述の通り、関兵衛(黒主)が杯に映った星を見て謀反の時節を悟るところ。
それまでうららかな雰囲気のところが多かっただけに、この変化がものすごく効果的だなぁと思います。

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何はともあれ、観られて本当に良かった。
諦めないで良かった!!
また観たい演目がどんどん増えております。