ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

2019年03月

気になる演出ピックアップ!#2 所作板


地味なシリーズ第2弾は、またまた地味なところを突いて「所作板(しょさいた)」を語ってみたいと思います。

歌舞伎を観にいくと、幕間に二人一組で何やら木の台のようなものを幕の中から運び出し、花道に敷き詰めていく光景が見られるかと思います。
 
あの敷かれているのが「所作板」で、所作事(しょさごと、歌舞伎舞踊)のときに使います。
(日本舞踊の公演でも敷かれています。)

檜でできているこの所作板(所作舞台、置舞台などとも)『日本舞踊ハンドブック』(藤田洋、三省堂、2010年)によると、
・汚れた舞台の上に敷くことで、舞踊をより美しく見せる
・足拍子を踏むときの反響音をきれいに出す
・お滑り(足を摺るように伸ばす技法)が舞台で引っかからないようにする
・照明を美しく反射させる

といった効果があるようです(p.39)。

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私がなぜこの「所作板」を語りたいのかというと、本にも書いてありましたが、
何しろ音がいいんですよ!!音フェチにはたまらない。笑

ちょっと下駄で出てくる音、調子よく足を踏む音…ときめきます。

踊りの中で、この「音」の要素って、実はとても大きいと思うのです。

特に踏む音の大きさに驚く友人が多くいます。
かくいう私も「こんなにしっかり踏んでいるんだ!」と、初めて大きな公演を観たときには衝撃でした。
緊張感のある場面で踏む音が大きく響くと、ぐっと迫力が増します

踊りによっては、軽快なリズムで足拍子を踏むことも。
「供奴」のように一人でとんとこ踏む場合もあれば、二人で細かくリズムを刻むこともあります。
結構複雑なリズムで踏んでいたりして、その瞬間に正確に音を出せるって凄いな、と毎度思います。

この足拍子は、明らかに「音を聞かせる」ものではないでしょうか。
言ってしまえば、見ている分にはただ踏んでいるだけなので。笑
でも音楽に合わせてこの踏む音が調子よく入ってくると、たまらなく楽しくなってくる。

そんなとき、踊り手の足元ではこの所作板が大活躍しているのです!

(踏む音の楽しさについては、日本舞踊の音について書いたこの記事でも語っています

***

以前、尾上菊之助さんのドキュメンタリー番組で、この所作板を選ぶ場面がありました。
 
下駄でタップダンスみたいなことをする「高坏」という演目でのことだったのですが、この所作板、音や滑りが一枚一枚違うんだそうです。
並べた板の上に実際に立ってみながら、どれが合うのかを選んでいらっしゃいました。 

普段の舞踊や歌舞伎の公演で、どれだけこだわって所作板を選ぶことができるのかは分かりませんが、
きっと役者の方、舞踊家の方たちは、そのときの所作板の特徴を理解しながら踊っていらっしゃるのでしょうね。 

そんな裏話を知ってしまうと、職人好きの私としては非常にわくわくするのです。笑

***

先日、この所作板を敷くところをとても近くで見る機会がありました。

間近で見ていると、すべて敷き終わったあとに繋ぎ目のところを念入りに確認しているのが分かります。
板同士の間に段差や隙間があって、引っ掛かりでもしたら大変ですもんね。
裾を引きずる衣装は特に足元が見えませんし、たとえそうでなくとも常に下ばかり見ているわけにもいきません。
 
あの気持ちのいい音の背景には、安心して踊れるための心配りがあるのだということを、改めて学びました。

***

そんなわけで、花道に所作板が敷かれ出すと、私はいつもテンションが上がっています。笑

地味ではありますが、これがなくては舞踊の魅力も半減してしまうであろう「所作板」、ぜひ注目してみてください!

 

物知らずが行く歌舞伎#9〜團菊祭五月大歌舞伎(歌舞伎座)今の知識と演目選び

この企画は、知識が足りないゆえに
歌舞伎への第一歩を踏み出せずにいる方
の背中を押すべく、
歌舞伎歴1年半の初心者が何を知っていて、何を目的に、
どのチケットを買うのか
をさらけ出す企画です。
初心者の無知っぷりと、この1年半でちょっと学んだことを、
背伸びせず、恥ずかしがらずにお伝えできればと思っています。

物知らずシリーズ第9段は團菊祭!

去年の團菊祭は、まだ人生5回目くらいの歌舞伎観劇でした。
こういう名前のついた公演が巡ってくると、自分の観劇経験が少しずつ積み重なっているのが分かって何だか嬉しい。

そして!注目すべきは七代目尾上丑之助初舞台」!!
尾上菊之助さんのご子息、寺嶋和史くん(5)が「尾上丑之助(うしのすけ)」を襲名します!

和史くん改め丑之助くんは、おじいさまに尾上菊五郎さんと中村吉右衛門さんを持つという、とんでもなく豪華な家系図。
将来が楽しみですね!

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■歌舞伎座 團菊祭五月大歌舞伎の演目は?


5月の歌舞伎座。
演目は以下の通りです。

【昼の部】
一.寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
二.歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
三.神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)
 め組の喧嘩
 品川島崎楼から神明末社裏まで

【夜の部】
一.鶴寿千歳(かくじゅせんざい)
二.絵本牛若丸 (えほんうしわかまる)
 七代目尾上丑之助初舞台
三.京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)
 道行より鐘入りまで
四.曽我綉俠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)
 御所五郎蔵


「神明恵和合取組」も読めませんが、ベストオブ読めないは「曽我綉俠御所染」に進呈したいと思います。
この辺り、別に「昔の人は読めた」とかそういう話ではないのではないだろうか。。 


■各演目について、現時点での知識


*そもそも知っている演目はあったのか?


【昼の部】

「寿曽我対面」は、お正月から度々やっている「曽我物」の一つですね!
観たことはないのですが耳馴染みは非常にあります。
 
「勧進帳」もとっても有名ですよね。同じく「名前は何度も耳にしながら、実際には観たことがない」といういつものパターンです。
 
「め組の喧嘩」も同じく名前のみ。確か以前シネマ歌舞伎になっていたので、予告編を観たのだと思います。

【夜の部】

「京鹿子娘道成寺」が出るんですね!!
言わずと知れた舞踊の大曲、という印象ですが、通しでちゃんと観たことはなかったのではないだろうか。
 
そして他のは全く知らないという。そういうこともある(そういうことの方が多い)


*現時点で知っていることは?


◇寿曽我対面

「曽我十郎・五郎の兄弟が、小林朝比奈の手引きで親の敵・工藤祐経と対面する」という場面だと認識しています。←この1年で得た知識

この曽我兄弟の敵討ちの話はいろんな演目にアレンジされているようで、昨年10月にも上演された「助六」もそうなんですね!(感想はこの記事
舞踊の振りにもしばしば入っている気がします。
知っておくと、他の物を観るときにも楽しさが増しそうです。

◇勧進帳

これも有名な演目ですよね。非常にうろ覚えですが…

「頼朝勢から逃げる義経と弁慶一行」vs「安宅の関を守る富樫」との、関を通すか通さぬかの攻防で、
弁慶がこの富樫を突破するために、その場のアドリブで勧進帳を読み上げたり、主である義経を打擲したりするのではなかったか。。

富樫はこれが義経と弁慶であることを分かっていつつ、その弁慶の気迫に負けて、ついに関を通す、という流れだった、はず、です。笑

弁慶が花道を「飛び六方」で捌けていくのを昔テレビで観たことがあって、「これぞ歌舞伎!」という印象でした。

『窓際のトットちゃん』にも出てきます。プチ情報。

◇め組の喧嘩

ちゃんとは知らないのですがあれですよね、
鳶vs力士で大喧嘩になるやつですよね(ざっくり)。

杉浦日向子さんの『一日江戸人』(新潮文庫、平成17年)によれば、江戸時代において、力士はモテる職業だったとか。

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「火事と喧嘩は江戸の花」という言葉もあるし、もう江戸っ子のためにある芝居としか思えません。笑

め組の親分は尾上菊五郎さん
菊五郎さんの江戸っ子が大好きです。さっぱりしていて、張りがあって。
何だかこう、頼りたくなっちゃうというか。

◇京鹿子娘道成寺

もうこれは名前だけならずっと知っていたレベルで有名なやつです。

確か、女人禁制の道成寺に白拍子花子(実は清姫の亡霊)がやってきて、舞を舞いながら、所化(僧)たちの隙を突いて鐘の中に飛び込み、恋に狂った蛇体となって現れるという流れ。

僧・安珍(あんちん)に恋をした娘・清姫(きよひめ)が、安珍に裏切られた恨みから彼を追い、安珍が逃げ込んだ道成寺の鐘に蛇体となって巻き付いて焼き殺してしまうという、非常に物騒な伝説に由来しています。

「京鹿子娘道成寺」はこの後日譚で、道成寺に鐘が再興されるというところに白拍子花子がやってきて、鐘を拝ませてほしいと頼むところから始まるのではなかったか。 
この花子が実は清姫の亡霊で、舞い踊るうちに徐々にその本性を顕していくのだったはず(いつもながらうろ覚え)

長い曲なので、様々な場面があります。
しっとりと女心を表すところがあったり、
華やかな三段重ねの傘(振り出し笠)を持って踊るくだりがあったり、
振り鼓(鈴太鼓)というなかなか素敵な音が出る小道具が出てきたり(振り鼓についてはここで語ってます)

一度ちゃんと観ておきたかった舞踊です。


■観てみたい演目は?


今月個人的に絶対に外したくないのは、「め組の喧嘩」「絵本牛若丸」「京鹿子娘道成寺」でしょうか。

何たって「絵本牛若丸」は、丑之助くん初舞台襲名披露です。
吉右衛門さんも菊五郎さんもご出演とあれば、行かない理由がない!

そして「め組の喧嘩」は、とにかく菊五郎さんの江戸っ子を観たい一心です。笑
他にも、過去に観てきてとても印象に残っている役者さんが揃っていて、楽しみ。

菊之助さんの踊りは、まっすぐ芯が通っている感じがして好きなのです。
道成寺はどんな感じでしょう。今からわくわくしています。

市川海老蔵さんが弁慶をなさる「勧進帳」もとても興味深いです。お家芸ですもんね!
迫力があるだろうなぁ。。 


■どのチケットを買う?


演目を選んで幕見かなぁと思っていましたが、特に夜の部は混みそうでもあるし、三等席を押さえることも検討しております。
「道成寺」は花道での踊りも割と長かったと思うので、本当は花道がちゃんと見えるところを取りたい…!

ただ気がかりなのは、5月、国立劇場の文楽公演が豪華なんですよね…
「妹背山婦女庭訓」の通し上演。昼夜分けての上演なので、どちらも取るしかないという。。

何かを求めれば何かを失うのですね。
(娯楽を求めればお金を失うのですね。 )


■まとめ


ゆくゆくはご自身も受け継いでいくであろう「菊」の字が入った公演で、襲名披露ができる丑之助くん。
「絵本牛若丸」のご出演陣、さすが豪華ですね!
「菊五郎劇団出演」という言葉も、頼もしく背中を支えてくれそうな響きです。

素敵な舞台になるだろうことに胸を高鳴らせつつ、
息子さん初舞台の演目の直後に大曲が待っているという菊之助さんにも大注目の5月です。笑


「積恋雪関扉」初心者はこう楽しんだ!〜3月歌舞伎公演(国立劇場・小劇場)感想


ものすごく魅力を感じていながら、スケジュールの都合で泣く泣く諦めていた国立小劇場の歌舞伎。
特に観たかった歌舞伎舞踊「積恋雪関扉(つもるこい ゆきのせきのと)、運良く都合がついて、滑り込みで観ることができました!感涙!!

しかも花道の間近という素晴らしいお席。
揚幕からしずしずと登場する中村梅枝さん、どんな顔で見上げればよいものやらどぎまぎしてしまいました。。

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■初心者でも楽しめるのか?


楽しめるのではないかと思います。
私は圧倒的に楽しめました

しかしなぜこうも断言できないかと言いますと、
私自身が本当に初めて観たときのことをほとんど覚えていないからなんですね。。

しかも「傾城墨染実は小町桜の精」に中村七之助さんという好配役。
声が美しかった記憶、桜の木の中にぼんやり浮かぶ妖しい姿の記憶はうっすらとあれども、筋やら細かいことやらはすっかり抜けています。

やはりあらかじめあらすじを掴んでいた方が、見どころも分かるし楽しめるのではないでしょうか。

***

というわけでほんのざっくりとしたところだけ。

舞台は雪の中に桜の咲き誇る逢坂の関。関兵衛(せきべえ)が関守をしています。

この関の近くには、左遷された良峯少将宗貞(よしみねのしょうしょうむねさだ)の侘び住い。
そこに宗貞と恋仲の小野小町姫(おののこまちひめ)が訪ねてきます。

小町姫を通すか通さないかの関兵衛との問答があったり、宗貞を含めた三人での手踊りがあったりしたのち、この関兵衛から次々と不審な点が。
関兵衛の素性を怪しむ宗貞と小町姫。

実はこの関兵衛、謀反人・大伴黒主その人だったのです。出ました、歌舞伎の「実は」シリーズ。 
宗貞が左遷されたのも、宗貞の弟・安貞が殺害されたのも、この黒主の仕業。
宗貞にとっても、小町姫にとっても、にっくき相手なわけです。

一人謀反の時節を悟る関兵衛。
そこに、亡くなった安貞の恋人・傾城墨染(すみぞめ)が現れます。

この墨染、関兵衛に「自分の色になってほしい」と頼んで油断させ、隙をついて復讐しようとしているわけです。
詰め寄る墨染。ついに関兵衛、大伴黒主としての本性を顕します。
一方墨染も、実は舞台に咲き誇っている小町桜の精。
二人は対峙し、激しい争いを見せるのでした。
 

■私はこう見た!ここが好き!


尾上菊之助さん中村梅枝さんという、これまで短い間観てきて「この方の踊りは好きだなぁ」と思っていたお二人が主演ということで、まずはそこから嬉しい。

梅枝さんは、やはり糸のように自由なしなやかさと緊張感があって、傾城墨染のところは傾城としての余裕も見えて、素敵でした。
手先の美しさよ…そして上半身の自在さよ…

菊之助さん、今まで「品」というイメージだったので、今回の役はちょっと意外だったのですが、斧を持ったあたりからの勢いと迫力にやられました。。

***

前半、音楽がのどかで明るいところが多くて楽しかった!

今回絶対に聴き逃したくなかった歌詞に「生野暮薄鈍(きやぼうすどん)というのがあって、文字通りに捉えると「野暮でのろま」みたいな意味なのですが、
ここが当て振りになっていて、言葉の音に沿って「木・矢・棒・臼・ドン(戸を叩く)」と、意味は全然違う振りがついているのです。
その話を知って、「関の扉」への興味が俄然わいたのでした。
今日観てみて、矢と臼とドンは分かりました!それだけでもテンションが上がります。笑

宗貞中村萬太郎さん)との三人踊りのあたりも、好きな曲調でした。
やはり、明るめの曲調に惹かれます。気持ちが踊ります。

***

関兵衛が「勘合の印」と「割符」を落としたあたりからの、小町姫・宗貞vs関兵衛のやりとりの緩急にどきどきでした。

はっとした表情で割符を拾う小町姫(梅枝さん)。
ことあるごとに関兵衛(菊之助さん)の隙を狙うのですが、そのたびに関兵衛に阻まれます。

この二人の間の緊張感に、毎度こちらもはっとしてしまいました。笑
手を伸ばす小町姫と、払う関兵衛、どちらにも鋭さがあって、その鋭さがまた美しい。

***

関兵衛(実は黒主)の一番好きなところは、盃を手に謀反を企て、大斧を持って琴を試し斬りに行くあたり。
この盃のくだりは曲調も一変して、新たに楽器も加わって、一気に舞台の緊張感が増すのです。
関兵衛のときはちょっとおかしみもあったのに、ここから声も太くなり、いよいよ悪人感が出てきます。

斧を手にしたところからのキレがさすがで、とても好きでした。
小劇場という空間で観たこともあり、迫力がすごい!

***

小劇場という観点で言うならば、役者さんの息遣いが分かるのもまた嬉しいところ。
刺さったのは小町姫が宗貞に別れを告げる、「おさらば」というセリフ。
たった一言なのですが、息の震え方に、宗貞との別れの辛さが感じられました。

息遣いというわけではありませんが、セリフの言い方にぐっときたのは、
傾城墨染(梅枝さん)の廓話のくだりでの、「口説(くぜつ)の種にさんすのかえ」というところ(細かい言い回しが違うかもしれませんが…)

上手く言えないのですが、押すばかりでなく引くのもお手の物な傾城の余裕が垣間見えた一言でした。
「墨染」と、自分の名前を名乗るところも素敵だった。
まっすぐ関兵衛を見て名乗るのではなく、関兵衛に背を向けて歩きながら、言葉だけ後ろに残していくように言うのが何だか色っぽいです。

***

この廓話に至るところ、そしてそこからの展開がとても良かったのです。

桜を伐ろうとするも、何かの力によって伐り得ず、座ってしまう関兵衛。
暗くなっている舞台に、音もなく傾城墨染が現れます。
あまりにも静かであるがゆえに、何だか妖しい。鳥肌が立つような時間でした。

そんな雰囲気だったのに、廓話の踊りになると一気に華のある曲調に変わります。
墨染の表情も曲調に合わせ、明るく。

しかし、関兵衛が「血染めの片袖」を持っているのを認めてから、徐々にまた緊張感が高まっていきます。

この片袖は、墨染の恋人・安貞の死を伝えるもの。
墨染にとっては、悲しさと黒主への復讐心を生むものなのです。

廓話にかこつけて、戯れのように見せかけて、関兵衛から片袖を取り上げる墨染。

この!この取り上げ方が、何でもないように見えてめちゃくちゃ素敵なのです…!
本当に、ただ女が男をからかっているときのような取り方をするんです。
でも、実はこれが今後の展開にものすごく噛んでいるところ
それが分かっていると、わざと軽いノリで片袖を取り上げる墨染の本気が見えてきて、何ともかっこいいのです。

***

関兵衛が黒主としての、墨染が小町桜の精としての本性を顕してからは、もう圧巻ですね。

きっと大きな劇場で観てもすごい迫力なのだと思うのですが、間近で観るとそのスピード感に圧倒されます
思わず息を詰めて、なぜか腹筋に力を入れて観入ってしまいました。

梅枝さん、よく反るなぁ二人藤娘では児太郎さんがとにかくよく反っていたので、今日梅枝さんの反りが観られて謎の公平感を抱いています)

全体を通して、音楽も味わい深いしお芝居の緩急にもうまいこと持っていかれるし、とても良い時間を過ごさせていただきました。


■まとめ


「国立小劇場で歌舞伎をやる」と知ったとき、なんて贅沢なんだろう、と衝撃を受けました。

普段は文楽や、舞踊のおさらい会などを行なっている印象の小劇場。
舞台との距離がとても近いと知っていたので、あの距離感で、あのダイナミックな舞台を観られるなんて夢のようではないか!と思いました。

実際行ってみて、やはりその予想に間違いはなかった!

もう振動が直接くる。ツケの音も、役者さんの踏む音も
表情がよく見えるのはもちろんのこと、息遣いまで聞こえてきて、より胸に迫るものがありました

踊りをちょっぴりかじっている身としては、間近で役者さんたちの身体の使い方を観られたのも大きな収穫。
こんなスピード感をもってやっているのか、とか、こういう風に動いているのか、とか。
すぐに自分が実践できるとはこれっぽっちも思いませんが、これを目に焼き付けられたのはまたとない経験です。

***

もう一つ、「歌舞伎舞踊」というものの面白さを感じた一幕でもありました。
基本は音楽(常磐津)に合わせた舞踊として進んでいくので、曲調が変わるところがはっきりとしていて、ドラマティックなのです。

特に好きだったのは、先述の通り、関兵衛(黒主)が杯に映った星を見て謀反の時節を悟るところ。
それまでうららかな雰囲気のところが多かっただけに、この変化がものすごく効果的だなぁと思います。

***

何はともあれ、観られて本当に良かった。
諦めないで良かった!!
また観たい演目がどんどん増えております。


 

「傀儡師」初心者はこう楽しんだ!〜三月大歌舞伎(歌舞伎座) 昼の部感想


昼の部の舞踊の演目、「傀儡師(かいらいし)

舞踊の会で何度か観ているのですが、なぜか毎回途中で寝落ちしてしまうという因縁の(?)演目を、幕見で観てまいりました!
(「傀儡師」については、今月の物知らずにちょっぴり記載あり。こちら。)

松本幸四郎さんの傀儡師。
今回は寝ませんでしたよ!!一つ進歩!笑


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今月のポスター、ですが残念ながら「傀儡師」の写真はありませんね。。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめると思います!

といって、私この曲を寝ずに見通せたのが初めてなので、どの口が言うかという話ではあるのですが…。

「物知らず」に書いた通り、「傀儡師」は町中で人を集めて、人形を見せていくお仕事。
そもそもが人を楽しませるための踊りなのです。

振りも分かりやすいところが多くて、どうして今まで寝落ちしてしまっていたのだろう、という感じです。笑


■私はこう見た!ここが好き!


先述の通り、何をやっているのかが分かりやすい振りが多くて楽しい!

たとえば序盤、とあるお嫁さんの良妻ぶりを表すところは、縫い物をしたり機織りをしたり。

そのあとは三人の息子たち、それぞれの性格に合わせて雰囲気が変わったりとか(長男:女好き、次男:堅物、三男:色男。歌詞ではそれぞれ「惣領息子」「二番息子」「三番息子」と聞こえてきます)

三男のくだりから八百屋お七の話に流れていき、お七が吉三との恋の成就を、手を合わせて願う振りなんかもありました。
「お七」「吉三」「湯島」「弁長」という歌詞が何となく耳に入ってくるので、お正月に観た「松竹梅湯島掛額」の人物関係が頭に浮かんできます!(あらすじはまとめていないのですが、感想はこの記事

ちなみにお七の願をかけるところの前、指で何かを摘まんで体の左右に触れるみたいな振りがあったと思うのですが、
あれは確か「塵手水(ちりちょうず)」の振りだったと思います。
「手を清める水のない時、空(くう)の塵をひねって手を洗うかわりとすること(広辞苑第五版) を指すらしい。
今じゃすっかりなくなってしまった風習!おもしろいですね!(お相撲の塵手水とは別物ですもんね。) 

このあとは「チョボクレ」のくだり。
花錫杖(はなしゃくじょう)という、遠目だと桜の枝のように見えるもの(近くで見たことがないために詳細をお伝えできません、すみません…)を持って出てきます。

この「チョボクレ」、他にもいろんな曲に入っているのですが、このチョボクレの音楽が楽しくて、わくわくしてしまいます
歌詞も「おぼくれちょんがらちょ」とよく分からないなりに何だか楽しい。笑
 
そこからまた雰囲気が変わって、綾竹という紅白の布を巻いた棒を使っての踊りになります。
ここからはさすがのキレ!格好よかったです。

すごく細かいのですが、「平知盛幽霊なり」という歌詞の前だったか後だったか、一度後ろに入るのですが、
普通だったらそのまま振り向いて下がっていきそうなものを、幽霊っぽい振りがちょこっと入っていたのではなかったでしょうか…?見間違いかしら。。

でも、そうだったとしたらとても面白い! 
それもやっぱり、町中で人を集めてやっている、という設定だからなんでしょうかね。
御見物を飽きずに楽しませることを主眼に置いているのかもしれません。細かい気配りが楽しいですね!

このあたり、ずっと堅めの音楽が続くなぁと思っていたら、いきなり「どうでい、義公!」という楽しげな砕けた歌詞が挟まれて、おやっと思いました。笑

そんなこんなで、曲も面白いところがたくさんありましたし、踊りもころころと変わっていって、面白かった!
今までの寝落ちしてしまった分を返してほしい勢いです。笑


■まとめ


踊りに当時の生活習慣が垣間見えるのは面白いな、と「傀儡師」を観ていて何となく感じました。

意味の分かる振りが多い分、その振りのことを考えてみると「動きの意味は分かるけれど、現代の生活の中にはない」というものが多かったり
何というか、方言とかの「聞いて意味は分かるけれど自分は話せない」みたいな感じと言いますか。

それは観る側からしたら「興味深い」で良いのかもしれませんが、
踊る側は自然にそういう動きができるようになっておくべきなんだなぁと、ものすごく壮大なことを考えてしまった踊り初心者でありました。笑

もう一つ感じたのは、当時は当たり前のように道ゆく人が理解したであろう物語を、全然知らない自分がいるな、ということ。

というのも、この踊りの中にはお七吉三の恋物語牛若丸と浄瑠璃姫の恋物語平知盛を描いた舞踊「船弁慶」の一節などが組み込まれています。
おそらく、大道芸人であるからには大衆受けするようなことをやるのだと思うのです。
となれば、これらの話は「みんなが知っている」「万人に受ける」ようなものだったのではないかと。

しかし、今自分がちゃんと知っているのはお七吉三くらいのもの。
うぅむ、お江戸は遠いですね。。

と、いろいろぐちゃぐちゃ書きましたが!
基本的には曲も楽しいし振りも見た目で分かりやすいしで、思っていた以上に楽しい踊りでした。

これで大まかな曲の流れが分かったので、次に舞踊の公演で「傀儡師」が出たら、今までよりもずっと楽しめるんじゃないかと思っています。笑
 

「傾城反魂香」初心者はこう楽しんだ!〜三月大歌舞伎(歌舞伎座) 昼の部感想


一度ちゃんと観ておきたいと思っていた演目、「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)
ぎりぎりですが幕見で観て参りました!


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今月のポスター、右から2枚目。
真ん中が又平松本白鸚さん)、左下が又平女房・おとく市川猿之助さん)、
右下が狩野四郎二郎元信松本幸四郎さん)。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめます!

二幕ありますが、どちらもそれほど難しくないと思います。

一幕目は笑いどころやあっと驚く演出も多く、結構会場が沸いていました!
「この演目が初めて上演されたときはさぞかしみんな楽しんだだろうな」という感じ。

二幕目は打って変わって人情話ですが、これがとてもとても良かったのです。
あと数日しかありませんが、いろんな人に勧めてまわりたい。。
夫婦の情愛が溢れる、いい一幕でした。

***

一幕目に関しては、狩野四郎二郎元信松本幸四郎さん)が陥れられて縛られ、その危機を絵の力で脱してみせる、ということが分かればおおよそ大丈夫。

第二場で始まる立廻りは、この元信方の3人を追って、さっき謀った側がやってきます。
元信の弟子である狩野雅楽之助中村鴈治郎さん)が孤軍奮闘します。

二幕目は、絵師の浮世又平松本白鸚さん)が、何とかして「土佐」の苗字を許されたい(=土佐派の絵師として認められたい)と願う話です。
生来の吃りでなかなか思いを伝えられない又平を、女房のおとく市川猿之助さん)が甲斐甲斐しく助けます。

上手く話せないゆえに積年の望みが果たされず、絶望する又平。
それを支え続けるおとくの温かみが、とにかく沁みます。
 

■私はこう見た!ここが好き!


(1)近江国高嶋館の場、館外竹藪の場


先述の通り、一幕目は笑いどころ・見どころが多かった印象でした。

筋としては、
①この館の娘・銀杏の前中村米吉さん)が狩野元信松本幸四郎さん)と何としても夫婦になろうとする話、
②元信が不破入道道犬(どうけん、市川猿弥さん)・長谷部雲谷(うんこく、片岡松之助さん)らに謀られ、縛られてしまう話、
③その危機を、元信が自身の描いた虎で切り抜けるという奇跡のファンタジー(笑)、
④騒動に巻き込まれた銀杏の前一行を守ろうとする元信の弟子・狩野雅楽之助(うたのすけ、中村鴈治郎さん)と、追ってくる雲谷ら一味との立廻り
という流れです。

米吉さんの娘、いつ観ても可憐でかわいらしいですね…。

この銀杏の前、元信からは度々断られているのですが、この場面における元信への迫り方が結構策士で(笑)、
腰元・藤袴のふりをして「銀杏の前さんに諦めてもらうために私と夫婦になりましょう」みたいなことを言って、まんまと固めの盃を交わすのです。

あとあと本物の腰元・藤袴(市川弘太郎さん)が出てくるのですが、このインパクトがまた強烈で。
見た目もさることながら、動きが妙にキレキレなのがまたおかしく(「さぁさぁ」と詰め寄るあたりが大好き!笑)
「館外竹藪の場」の最初の方のセリフ、追われている状況で心細そうに「この身の細腕…」と言っているのがまた見た目とちぐはぐで笑いを誘います。笑

竹藪の場はほとんどの時間が立廻りになります。
鴈治郎さんも捕手も、ぴしりぴしりとしていて気持ちのいい立廻りでした!

さて、この場面は演出というか、趣向がすごくてですね、
絶体絶命のピンチで元信が、自らの肩を食いちぎり、その血で襖に虎の絵を描く(!)のですが、まずここの演出が面白いです。
実際にはもちろん描いていないのですが、ちゃんと展開に合わせて虎の絵が出来上がってくるのです!
私は純粋なので、「仕組みどうなってるの?!」と素直に驚きました。笑

そしてその後がさらに楽しいです、
この虎、本物の虎になって絵を抜け出してきます!おぉ!!
虎、動きがかわいいですよ。笑
道犬の動きを後から真似したりして、道犬がきりきりしているのがまた面白い。

この虎が道犬を倒し、縛られた元信の縄を食いちぎってくれるのです。
あれ、こういうの前に見たことある…「金閣寺」で雪姫が桜の花びらで描いた鼠と同じ流れだ!
と思ったのですが、去年「金閣寺」を観ているにも関わらず感想をまとめていませんでした。残念。


(2)土佐将監閑居の場(吃又)


通称「吃又(どもまた)」という、有名な一幕のようです。私も名前だけは聞いたことがありました。

さっきの虎が村を荒らしているので、虎を捕まえようと百姓がどやどや出てくるところから始まります。
このお百姓さんたちがどこかのんびりしていて、なんだか雰囲気が良くて、私は好きでした。

さて、この虎の正体を、「狩野元信が描いた虎に魂が入って抜け出たもの」と見事に言い当てる土佐将監光信坂東彌十郎さん)。
ここで、弟子の修理之助市川高麗蔵さん)が絵筆を使い、この虎を見事に消してみせます。

この画業の功績が認められ、修理之助は将監から、「土佐」の苗字を名乗ることを許されるのです。

修理之助は高麗蔵さんなのですが、失礼ながらもっとお若い方がやっていらっしゃるんだと思っていて、筋書を確認してびっくりでした。
完全に青年だと思って観ておりました。。すごい。

さて、ここにやってくるのが件の又平松本白鸚さん)・おとく市川猿之助さん)夫婦。

もう、花道から良いです。
おとくが先に立って、又平の手を取って出てきて、将監の家の方の様子を確認してから又平を振り返り、また手を引いて本舞台に行くのですが、
この部分、セリフが一つもないにも関わらず、動きだけで二人の間にある温かいものが伝わってきます

かねてから「土佐」の苗字を許されたいと願い続けてきた又平。
おとくは将監に向かい、又平に代わってその想いを滔々と語ります。

上手く話せない又平と正反対に、おとくはとってもおしゃべり。それが決して欠点ではなく、とことん又平を支えているのです。
又平も何か言いたいことがあるときは、おとくを頼ります。
おとくはすぐに耳を傾けて、又平の言わんとするところをちゃんと汲み取るのです。

さて、将監に思いを伝えた又平(おとく)ですが、現実はそうそう甘くはありません。
又平、やっぱり断られてしまいます。
話すのが苦手な又平が、自ら懸命に話して直々に頼んでみても、やっぱり上手く伝わらずにすげなくされてしまいます。

先ほどの雅楽之助が銀杏の前救出を頼みに来たときも、本当は自分が行きたいのに、吃音が原因となって行かせてもらえない。
弟弟子の修理之助に、苗字も先を越され、この場面でも大事なお役目を取られてしまうのです。

絶望する又平。
いっそ死にたい、と。
後ろを向いて涙を拭いているおとくもまた切ない。

将監が部屋に入ってしまい、いよいよ「土佐の苗字をもらう」という望みは絶たれました。
又平は自ら命を絶つことを心に決め、おとくにもまたその気持ちがよく分かっています。

刀に手をかける又平ですが、おとくはその刀に「待って下さんせ」とすがりつき、
傍の手水鉢を示して、あれを石塔に見立てて自画像を描いてからにしたらどうかと勧めます。

この「待って下さんせ」の必死の勢い、胸に刺さりました。
夫に絵を描くよう説得する様子も一生懸命で、ずっとこうやって又平の分までいっぱいしゃべって、夫を支え続けて来たんだなぁと。。

手水鉢に向かおうと立ち上がる又平を、両手を取って支えるおとく。
「手も二本、指も十本ありながら、なぜ吃りには生まれさしゃんしたぞいなぁ」という、おとくのどうにもならない慟哭が胸を打ちます。

そして又平は、全身全霊で石塔に自画像を描いていきます。
おとくは墨をすり、横で見守り、出来上がった絵を褒める。

あまり念を入れて描いたので、描き終わっても又平の手からはなかなか筆が離れません。
それを、またおとくが丁寧に又平の力を抜いていって、筆を離してあげるのです。

もうこのあたり、最期だと思えば辛くて愛しくてたまらない
本当に、本当にいい夫婦なんです。。

別れの水盃を、と手水鉢へ向かうおとく。
そしてびっくり!さきほど又平が手水鉢の裏へ描いた絵が、なんと手水鉢の表ににじみ出ている!!

そうなんです、本日2回目の「どうなってるの?!」演出がこちら!笑
さっきの虎の絵ではないですが、これも又平が熱心に描いている最中に、絵がこちら側の面にどんどん出来上がっていくのです。おぉ!

慌てて又平に知らせるおとく。
又平の「かか、ぬ、抜けた!」というセリフが良い!

これ、別に言わなくていいことだと思うのです。だって「抜けた」のを知らせたのはおとくの方なんですから。
それを、しゃべるのが苦手な又平が思わず口に出してしまうくらいにはすごい場面だし、それくらいおとくを信頼している証拠なんだと思います。

何度も何度も手水鉢の表裏を確認する二人の様子が微笑ましい。

さて、実は将監、この様子を見ていました。
そして又平の絵の力を認め、彼に「土佐」姓を許すのです。

気持ちのいいハッピーエンドだなぁ。。


■まとめ


すみません、今回まとめません。(どんな宣言)

ちょっとここで語らせていただきたいくらい猿之助さんが良かった。

きめ細かいなぁ、と思いました。
どの瞬間も抜け目なく美しくて、隙がないな、と。
後ろを向いて又平の羽織を畳んでいるときの手つきとか、部屋に入ってしまった将監にひっそりと語りかけるところとか、
些細なところかもしれませんが、ものすごく印象に残っています。

今まで猿之助さんは男役しか観たことがなかったのですが法界坊の野分姫はちょっと別として笑)、 女めちゃくちゃ良いじゃないか!と衝撃を受けて帰ってきました。

又平があまり話さない分、おとくのセリフが一つ一つとても良くて、それはもとの台本が良いということなのですが、とにかくおとくに泣かされた一幕でした。

もうちょっと早く観ておければもう一度くらい幕見に行けたのに…
いや、でも観に行かない可能性もあったことを考えると、観ておけて本当に良かったと思います。

来月は、猿之助さんの舞踊「黒塚」がかかります(4月の物知らずはこちら
今まで以上に楽しみになったのが嬉しいです。
 
プロフィール

わこ

◆首都圏在住╱平成生まれOL。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇5年目。このご時世でなかなか劇場に通えず悶々とする日々。
◆着物好きの友人と踊りの師匠のおかげで、気軽に着物を着られるようになってきた今日この頃。

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