2019年の観劇納めは、国立劇場の“チャップリン歌舞伎”「蝙蝠の安さん」!
松本幸四郎さん扮する蝙蝠の安さん。チャップリンらしさもありつつ、頰には蝙蝠の刺青が。
チャップリンの映画「街の灯」を元に制作された作品です。
主人公の「蝙蝠の安さん」は、歌舞伎「与話情浮名横櫛(よわなさけ うきなのよこぐし)」に登場する「蝙蝠安」に見立てられていて、
「街の灯」を翻案した木村錦花が、チャップリンをそのまま歌舞伎に持ち込むのではなく、すでに馴染みがあったこのキャラクターを当てたのだとか。
で、
これがとても良くてですね!!!
12月の歌舞伎界隈はナウシカが話題をかっさらっていたのですが(私はチケット争奪戦に破れて行けず)、チャップリン歌舞伎も一捻りあるように見えて、しっかりした世話物の歌舞伎でした。
ぜひ再演してほしい!!!
以下、印象に残ったことなど語ります。
***
風来坊の安さん(松本幸四郎さん)は、ある日花売りの娘・お花(坂東新悟さん)に恋をします。
しかしこのお花、病気のために目が見えない。
不憫に思った安さんは、お花の勘違いをいいことに己の身分を裕福な旦那と偽って、彼女から毎日気前よく花を買っていくのです。
この金持ちだと思い込ませる術が上手い。
通りすがりの駕籠を、自分を迎えに来た駕籠のように見せかけたりとか、
一人二役で自分と駕籠かきを演じ分けて、あたかも駕籠で来たかのように聞かせたりとか(笑)
でも、この「お花は安さんを金持ちだと思っている」という背景があるから、ラストが生きるんですよね。後でまた触れます。
※ちなみに原作はもちろん駕籠ではなく、高級車らしい。翻案見事ですねぇ…!
今年 数々のお芝居で発揮されてきた幸四郎さんの喜劇役者っぷり、この時点ですでにだいぶ会場を包んでおります。笑
新悟さんのお花は、落ち着いた声音で、絶妙な薄幸感。
その中にも気の優しさが見えて、しんみりと良いです。
安さんはこの日、もう一人出会いがありまして、それが上総屋新兵衛(市川猿弥さん)。
奥さんを亡くして落ち込み、川に身を投げようとしているところを、安さんが救います(救うまでがまた楽しいんです、ドリフのような展開で結局どっちがどっちを救ったのやら…笑)。
新兵衛はすっかり安さんを気に入り、自らの屋敷に招いて盃を重ねるのですが、
酒癖が悪くて朝になるとすっかり忘れ、安さんを追い出すという。笑
この新兵衛、完全なるへべれけで寝入ったにもかかわらず、寝起きのすっきり感が凄いんですよ。笑
全くお酒を引きずってない。声も良ければ動きもキレる。
ただし昨夜の記憶はすっぽり抜けているから厄介。笑
猿弥さんの笑いのセンス…!
このあともずっとそうなのですが、安さんと新兵衛のやり取りが軽妙で、良いように笑わされます。笑
どこまでアドリブなんでしょうね…?
ある日 お花の住む長屋にやって来た安さん。
(この長屋の住人がなかなかしょうもなさそうなんですが(笑)、とりあえず中村東三郎さんの熊八が活きが良くて好きでした)
なかなか声をかけられずにいるうちに、お花とその母・おさき(上村吉弥さん)、大家・勘兵衛(大谷友右衛門さん)の話を家の外で立聞きする流れに。
(この長屋の住人がなかなかしょうもなさそうなんですが(笑)、とりあえず中村東三郎さんの熊八が活きが良くて好きでした)
なかなか声をかけられずにいるうちに、お花とその母・おさき(上村吉弥さん)、大家・勘兵衛(大谷友右衛門さん)の話を家の外で立聞きする流れに。
それは「眼病を治せる医者がいるが、五両かかる」という話。
母子二人暮らしで収入も少なく、家賃すらままならない中で、五両など出せるはずもなく。
気丈に振る舞うお花を前に、母おさきは泣き崩れます。
この様子を見て、安さんは何とかしてお花を助けてやりたいと心に決めるわけです。
この場面、出てくる人みんな優しくて温かい。
「自分が病気をしたばっかりに」と嘆く娘・お花を優しく慰める母、
二人の家計事情を飲み込んで融通を利かせつつ、何とかお花に良い情報を持ってきてあげようとする大家。
こういう場面があるから、お芝居全体が締まるんだなぁと感じました。
さて、安さんは何とかして五両を手に入れようと、まずは賭け相撲に挑戦してみます(ここの原作はボクシングらしい笑)。
このあたりはもう、目に見えた展開なんですが、ただただ役者さんたちの動きを楽しむ場面。
行司さん(坂東彌風さん)も実はいろいろ楽しいことやらかしてます。笑
案の定賭けに負けた安さんが、最終的に頼るのはやはり新兵衛です。
このあたりはもう、目に見えた展開なんですが、ただただ役者さんたちの動きを楽しむ場面。
行司さん(坂東彌風さん)も実はいろいろ楽しいことやらかしてます。笑
案の定賭けに負けた安さんが、最終的に頼るのはやはり新兵衛です。
酒が入った新兵衛、気前よく五両が入った紙入れを安さんに渡します。
が、
思い出してください、
彼は酒が抜けると全てを忘れるんです。
朝になってみれば、やっぱり安さんが泥棒扱いされる羽目に。
しかし安さん、どうにかしてこのお金をお花に渡したい。
必死で逃げ回り、何とかかんとかお花に行き合います。
いつものように花を買い、そのお代として、お花に五両の入った紙入れを握らせるのです。
自らの治療代を工面してくれたと理解したお花の、ぱぁーっと晴れるような表情!
この後ろで、実は安さんが捕まっているのです。
しかし、追っ手の「御用だ!」という声を「しっ!」と黙らせる安さん。
自分の今後より、お花の幸せを何よりも大事に思っているんですよね…それがこの一瞬で分かって、ぐっときました。
ここまでで一番好きなところ。
季節はうつろい、重陽の節句。
花屋の店先は菊の花で賑わい、横には銀杏が美しく色づいています。
まだお花は舞台に出ていませんが、色彩豊かな舞台から、お花の見る世界が変わったのが感じられます。
(この場面で出ている上村吉太朗さんの茶屋娘がかわいらしかった!)人の賑わいの中、現れる安さん。
自分の方を見つめる奇妙な風体の男に、お花はちょっとどきまぎしつつも、お茶を出したりなんだり、隔てなく優しく接します。
明日旅立つという目の前の男に、菊の花を抜き取って、選別にと差し出すお花。
安さんの方に歩み寄って、花を握らせます。
その手の感触で、はっと気付く。
お互い何も言わないまま、しばらく時が経ち、
安さん、核心に触れることのないまま、お花にお礼を言って去っていくのです。
ちょっともう私ここで涙腺崩壊してしまった…
お花の中で、「良くしてくれたあの人」は裕福な旦那のはずだった。
それが、たった今自分が恵んでやる立場だと思っていた相手だったのです。
どんな気持ちだったろうなぁ。。
とても五両を出せるような人物じゃない。
それが、自分にしてくれたことの大きさ。
うーん、言葉で語れるようなもんじゃないですね。
あの空気感。決してハッピーエンドとは言えないけれど、優しい気持ちになれるラストです。
うーん、言葉で語れるようなもんじゃないですね。
あの空気感。決してハッピーエンドとは言えないけれど、優しい気持ちになれるラストです。
***
黒御簾の音楽も面白かった!
もとの映画を知らないのですが、きっと知っていたらもっと「あっ!」と思うメロディーがあったのだろうな。
日頃聞き慣れないような音の使い方を、聞き慣れた三味線で聴くのが新鮮です。
賛否あるかと思いますが、新作系の歌舞伎の面白みの一つだと思っています。
賛否あるかと思いますが、新作系の歌舞伎の面白みの一つだと思っています。
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何度も言いますが、ぜひこれは再演を重ねていってほしいなぁ。
クリスマスがご命日のチャップリン、もう「毎年この時期はこの演目」となってもいいんじゃないかと。 本当にとても温かい気分で劇場を後にしました。
この安さんが私の観劇納めであり、奇しくもクリスマスイブ。
最高に合っていたと思います。
弾丸でチケットを取りましたが、決断した自分を盛大に褒めたいです。笑
弾丸でチケットを取りましたが、決断した自分を盛大に褒めたいです。笑