ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

ざっくりシリーズ

【歌舞伎初心者向け】ざっくり予習する「実盛物語」


2019年4月の歌舞伎座で上演される「実盛物語(さねもりものがたり)

一度観てみてとても面白かったのですが、予習なしだと理解するのはきつかったのでは、と思います。

だって分かりにくいんですよ、途中で立場が変わっちゃったり「実は俺も源氏方なんだよ」みたいな平家がいたり…。 

そんなわけで、今回は「出てくる人順に」「源平の構図を見やすく」ということに重点をおいてまとめてみます。
話の筋が最低限追えるところのみを書いているので、細かい登場人物など、割と省いています。

少しでも観劇前のご参考になれば…

 

本題の前に…
【最重要アイテム・源氏の白旗】

この場面で最も重要なのが「源氏の白旗」。白い巻物のように見えます。初っ端でおじいさんと子供が持って、花道から出てくるものです。
白旗は源氏のシンボル。今は平家に押され気味な源氏方にとって、守り抜かねばならない大事なアイテムなのです。

・大まかなあらすじ

1.最初


場面はお百姓の九郎助さんのおうち。
舞台にいるのはみんな源氏方と思って問題ありません。
こんな人々が出ています。(グレーアウトは家系図用に記載、この場面には出ていません)
 
葵御前=木曽義賢

九郎助=小よし
   |
    小万
   |
  太郎吉 

・九郎助(くろすけ、おじいさん)と太郎吉(たろきち、子供)は、花道からの登場です。源氏の白旗を握りしめた片腕を持って出てきます。
 
・最も立場が上なのは葵御前(あおいごぜん)。源氏の武士である木曽義賢(きそのよしかた)の子を身ごもっていますが、義賢はこの前の場面で息絶えています。

・グレーアウトされている小万(こまん)ですが、この前の場面で平家方との乱闘ののち、源氏の白旗を死守するために逃れたまま、行方が分からなくなっています。 

2.実盛と瀬尾十郎の登場


花道から出てくる涼やかな武士・斎藤実盛(さいとうさねもり)と、態度が大きくてあんまり印象のよくない(笑)瀬尾十郎(せのおじゅうろう)

どちらも平家方です。

こういう構図が出来上がります。

【源氏方】

葵御前=木曽義賢

九郎助=小よし
   |
    小万
   |
  太郎吉 

【平家方】

斎藤実盛、瀬尾十郎

木曽義賢の子を妊娠中の葵御前を追い、その子が男の子(=源氏の後継ぎ)だったら殺そうということでやってきたのです。

困った九郎助、なんと先ほどの片腕を「これが産まれた子供です」と差し出します。とんでもないな。
しかしこの片腕に、実盛は思うところがありました。 

3.実盛の物語


実は、実盛はここに来る前に、ある女性の腕を切っています
その女性こそ、上の図でグレーアウトされている太郎吉の母・小万(こまん)
そこにはただ「平家だから源氏を斬った」というのではない事情がありました。

実は、実盛は元は源氏方。今でも源氏の方に心を寄せています。

平家に囲まれ絶体絶命の小万が、命懸けでこの白旗を守っているのを見て、
せめて白旗だけでも救おうとやむなく彼女の腕を切り落としたのです。

※「物語」はお話の意味ではなく、文字通り「何かを物語る」ということです。 
 
【源氏方】

葵御前=木曽義賢

九郎助=小よし
   |
    小万
   |
  太郎吉 

【心の中は源氏な平家方】

斎藤実盛

【平家方】

瀬尾十郎

4.小万の登場


折しも花道から運び込まれる小万の死骸。太郎吉のお母さんです。

最初に出てきた片腕を死骸につなぐと小万は一時的に生き返るのですが、白旗の無事を知ると、いよいよ息絶えてしまいます。

小万は九郎助夫婦に育てられましたが、実子ではなく拾い子です。
拾われたとき、刀と、平家の子である旨の書き置きがあったといいます。

あれ…小万、源氏方だったんじゃなかったのか…?

***

ここで、葵御前は男の子を出産。
九郎助は太郎吉を、産まれた子の家来にしてほしいと頼みますが、
小万の出自が明確でない以上(まして敵方・平家の子であるわけなので)、安易に家来にはできないと拒否されます。

5.瀬尾の本心


一回捌けていた瀬尾ですが、ここで隠れていたところから出てきます。
そしてすでに死んでいる小万を蹴るという悪行に。

これを見てぶちギレた太郎吉、何と母の刀で瀬尾を刺します。強い。

しかし、これこそが瀬尾の目的だったのです。

実は、瀬尾は小万の実の父親
太郎吉に「平家を討った」という手柄を立てさせて、義賢と葵御前の間に産まれた子の家来にさせようとしたのです。

瀬尾ー!何ていいやつなんだ!!

つまるところこういう構図。

【源氏方】

葵御前=木曽義賢

九郎助=小よし
   |
    小万(平家の子だが源氏方)
   |
  太郎吉 

【心の中は源氏な平家方】

斎藤実盛

【平家方】

瀬尾十郎
  |
 小万(平家の子だが源氏方)


6.実盛の約束

「親の敵」と実盛に迫る太郎吉ですが、何せ太郎吉は幼い。
実盛はいつか太郎吉に討たれようと約します。
そして太郎吉に優しさを見せつつ、馬に乗って去っていきます。


・見どころ


・太郎吉のかわいさ

瀬尾や実盛相手に勇みたつ様子を見せながらも、やっぱり愛嬌抜群、無邪気でかわいい太郎吉。

葵御前の出産をどうしても覗きたくて、こっそり見にいくたびに実盛に怒られるところとか。
実盛が馬に乗るのが羨ましくてたまらないところとか。

子役の良さを全面に引き出すタイプの役だと思っております。

・実盛の語り

題名にもなっているくらいですから、最大の見せ場だと思います。
竹本の語りに合わせて身ぶりを交えつつ、小万の最期の様子を語ります。
 
役者さんの藝を堪能するところだと思っています。

・瀬尾の最期

あんなに嫌らしい感じだった瀬尾ですが、だからこそ本心を知るとたまらない。

役者さんにもよるそうですが、太郎吉に斬られる場面では、座った状態から宙返りをする「平馬返り」という大技が見られることも。

・小万の蘇生

ちょっと不気味なところでもあるんですが、切られた片腕を体にくっつけると、小万はとても自然に生き返ります。
見せ場というほど大きな盛り上がりはないかもしれませんが、インパクト抜群の場面です。 夢に出そう。


・まとめ


「実盛物語」、出だしにいきなり「琵琶湖で釣り上げた」と片腕が出てきて度肝を抜かれるのですが、
武士の心のかっこよさ、子供のかわいさなど、見どころたっぷりです。

今回は片岡仁左衛門さんの実盛。
もう実盛をやるのは最後かもしれない、とのこと。
当たり役のお一つのようですので、絶対に観に行くつもりです!
 

【関連記事】
物知らずが行く歌舞伎#8〜四月大歌舞伎(歌舞伎座)今の知識と演目選び
平成中村座に行ってみた!昼の部 観劇の感想編2018(前回「実盛物語」を観たときの感想です)
 

【歌舞伎初心者向け】ざっくり予習する「熊谷陣屋」

2019年2月の歌舞伎座で上演中の「熊谷陣屋」。
素晴らしかったのでいろんな人に勧めたいと思いつつ、
何せ話が分かりにくくて、「歌舞伎は初めて!」という方にはなかなかハードルが高いようにも思えます。

そんなわけで、今回こんな記事を書いてみました。

目的はあくまで「初めて歌舞伎を見るような方がざっくり予習できる」というところなので、
芝居好きの方からしたら「熊谷陣屋を汚すな!」というレベルかもしれませんが、悪しからずご了承ください。

(歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人」こちらに、今月熊谷を演じていらっしゃる中村吉右衛門さんのインタビューがあります。とても興味深いお話なので、もっと深いところを知りたい方はぜひ。)



1.何が起きる芝居?


源氏方の武将・熊谷次郎直実が、「平敦盛を討った」と見せかけて、実は我が子を身替りにして敦盛を救っていた、という話。

戦乱の世の中、16歳の我が子を手にかけねばならなかった熊谷の、無常を悟りながらも抱える深い悲しみが胸を打ちます。

2019年2月の歌舞伎座公演では、上演時間は約1時間25分です。 

★『平家物語』の「敦盛最期」とは違う展開なので注意です!敦盛生きてます! 

2.お話の前提


この場面を最も分かりにくくしているのが、誰も真実を口外できないところ。
誰のセリフにも出てこない「討たれたとされている平敦盛は生きていて、熊谷の一子・小次郎がその身替りとなった」という事実が、最も重要なところです。

敦盛は後白河院の御落胤であるため、絶対に殺してはならない存在なのです。

それからもう一点、源平合戦の時代が舞台であること分かっていると良いかと思います。
源氏が優勢、平家は滅亡まっしぐらです。  

主人公の熊谷や、途中で出てくる源義経をはじめ、舞台上にいるほとんどの人物は源氏方

途中でいそいそとやってくる謎のおっちゃん・弥陀六(実は平宗清)は、平家方です。


3.注目すべきもの


【最初から舞台にあるもの】

■制札(せいさつ、桜の横にある立て札)

書かれているのは「一枝(いっし)を伐(き)らば一指(いっし)を剪(き)るべし」という言葉。

「枝を一本切るならばその指を一本切る」というのが表面上の意味ですが、
その真意は「花の枝(=平敦盛)を切らずに自分の指(=熊谷の息子・小次郎)を切れ」、つまり「自分の一子を身替りにして平敦盛を救え」というもの。
これは源義経による命令です。
救う敦盛は平家ではありますが、先述の通り後白河法皇の子供であるため、絶対に殺してはならない存在なのです。

【途中で出てきたら注目!】

■首桶(くびおけ)

熊谷が義経に持ってくる円柱型のもので、中には切り首が入っています。

これは敦盛の首と見せかけた小次郎の首

中身を見た女性陣(敦盛の母と小次郎の母)は、敦盛が討たれたと信じきっていたのに中から小次郎の首が出てきたので動転してしまいます。

しかし、あくまでこの首は「敦盛の首」としなければならない。
偽首だと他の人に知られてしまったら大変ですから、最後まで「小次郎」という名前は出ず、この首のことは全員が「敦盛」と呼び続けます

だから分かりにくいのです。。

■鎧櫃(よろいびつ)

義経が弥陀六(途中で出てくるおっちゃん)に渡す黒い箱。
弥陀六が背負って帰ります。

中に入っているのは、なんと無事だった敦盛その人
しかし敦盛が生きていると他の人に知られてしまってはならないので、この中身もひた隠しにされます。

だから分かりにくいのです。。


4.注目すべき人物


◼熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)

袴姿で花道から登場、一度引っ込んでから出陣のための装束で再登場し、最後は出家のための墨染の衣装です。
舞台では、主に陣屋の中の真ん中か、向かって左側にいます。

この物語の主人公で、
敦盛を救うために我が子・小次郎を討ち、その首を義経に示します。

■相模(さがみ) 

舞台向かって左側にいる女性。
熊谷の妻であり、殺された小次郎の母です。
我が子の無事をずっと祈っているのですが、予測しない事態で息子を亡くし、動揺が隠せません。

■藤の方(ふじのかた)

舞台向かって右側にいる女性。
討たれたと思わせておいて実は助かっていた敦盛の母です。
我が子が死んだと思っていたところからの生存確認ですから、相模と対照的な運命ですね。。

熊谷・相模夫婦は過去、この藤の方に窮地を救ってもらったという恩があります。

◼弥陀六(みだろく)実は弥平兵衛宗清(やへいびょうえ むねきよ)

途中で舞台右手からいそいそ出てくるおっちゃん、に見せかけて実は平家方の武将・平宗清。

以前幼い頼朝・義経兄弟を助けたことがあり、そのせいで平家が衰退してしまった、と悔やんでも悔やみきれない思いがあります。
しかしこの恩を忘れていない義経が、敦盛を彼に引き渡します

◼源義経

途中で出てきて、舞台右手で椅子みたいなものにどっかと座る人。

上述の制札で「小次郎を犠牲に敦盛を救え」と熊谷に暗示した人物です。

5.見どころ


いろいろとあると思うのですが、熊谷が旅立っていく最後の花道が最大の見どころだと思います。

出家の支度を整えて一人花道に立った熊谷の、「十六年は一昔。夢だ、夢だ」というセリフが有名です。 
16年というのは、小次郎の生きた年月。熊谷が小次郎と一緒にいた年月です。

深い悲しみを抱え、世の中の無常を悟り、笠でそんな世の中から自分をシャットアウトするかのように去って行く熊谷の姿は、胸に刺さるものがあります。

個人的には、首実検の場面で義経に首を見せ、迫る熊谷に一番心打たれました。


6.まとめ


「熊谷陣屋」が分かりにくいのは、何と言っても「推し量る」ことの多さだと思います。
大事な事実はこの場面では誰も口外してはいけないため、セリフから状況を判断することができないのです。 

理解の助けになってくれそうな竹本(舞台右手で語っている)も、なかなか聞き取りにくい。
そして内容も現代からすると想像がつきにくい。 

これをまとめている私自身も、理解し切れていないところがたくさんあるのだと思います。

でも、深い人間模様が描かれた、胸に刺さるお話です。
主要な登場人物全員がそれぞれの思いを抱え、このどうしようもない世の中を生きています。

ほんの少しでも「熊谷陣屋」の理解の助けになることができれば、これ以上の喜びはありません…!


関連記事▶︎「熊谷陣屋」観てきました!~二月大歌舞伎 夜の部 初心者の感想 
 

ざっくり理解する「法界坊」 十一月歌舞伎座の予習に!

【New】2018.11.21 内容に一部修正を加えました。


こんばんは、わこです。

物知らずシリーズに続き、こんなシリーズを作ってみました。

ざっくりシリーズ。

せっかく歌舞伎に行こうと思って
演目のことを調べてみたはいいのですが、
何やら登場人物の名前も難しい
敵味方・家族の関係も複雑

よくわかんない…やめよう。

となる方、少なくないのではないでしょうか。

長い文章を読むのに抵抗がなくても、
慣れない文字面を追って頭の中で整理していくのは
結構疲れる作業だと思うのです。

そこで!

この企画では、
極力登場人物を絞ってシンプルに
これさえ分かっておけば何とかなる!
というざっくりとした説明を試みます。

というか、

私がこのレベルの理解です。という方が正しい。笑

自分で観てからでないと、どこを削っていいのか分からないため、
更新は非常にマイペースになるかと思いますが、
少しずつ自分自身の知識を蓄えていければと。

***

記念すべき第一回は、
奇しくもシネマ歌舞伎で来月の予習ができてしまった
隅田川続俤 法界坊(すみだがわごにちのおもかげ ほうかいぼう)」。

ちなみに筋書も何もない状態で、
何の予習もなしに観にいったシネマ歌舞伎でしたが、
特に不自由もなく楽しめました。


現代語で、面白おかしく演出してくださったからでしょうか。

来月の歌舞伎座はまた違う雰囲気になるとは思うのですが、
大筋は変わらないはずです。

シネマ歌舞伎の内容をもとに、
今回と過去の歌舞伎座公演の「見どころ」を参考にしつつ
だいぶざっくりとまとめてみました。


★要は「家宝」と「恋」



この話の主なテーマは2つあって、
一つは吉田家の重宝「鯉魚の一軸(りぎょのいちじく)」が誰の手に渡るのか

もう一つは要助・おくみというカップルの
男女それぞれに関わる恋愛のごたごたです。

以下に関係性をまとめてみました。

【吉田家家宝「鯉魚の一軸」をめぐって】


永楽屋手代・要助=吉田家嫡男・松若丸
道具屋・甚三(実は吉田家の家臣)
(永楽屋娘・おくみ

VS

法界坊
(永楽屋番頭)

紛失してしまった吉田家の家宝「鯉魚の一軸」を取り戻したい
吉田家の面々(要助と甚三が中心) と、

その家宝にかかる大金を目当てにした
法界坊&彼と手を組んだ番頭さん、という対立構図。

ここに何人か絡んできますが、
吉田家派奪う派かのどちらかには属しているので、

金に関しては、これが分かれば概ね話が理解できる、はず。

【恋愛をめぐって】


要助(松若丸) おくみ =(婚約)=源右衛門
 ↑       ↑
野分姫  ←法界坊 

という構図。

野分姫は、松若丸の許嫁。
一途に松若丸を追ってきたのですが、
松若丸は永楽屋の手代に姿を変えて家宝を探している間に
ちゃっかり店の娘・おくみといい仲に

そりゃ野分姫も恨みますよ… 

そのおくみは、要助(松若丸)と恋仲であるのですが、
「鯉魚の一軸」を手に入れるため
一軸を持つという大阪屋源右衛門と(いやいやながら)婚約することに。

法界坊はおくみに夢中で、
要助からおくみを奪うためにいろいろ悪さをします。

そしてどさくさに紛れて、野分姫をも口説く。

金と色恋が大好きな生臭坊主なのです。

登場人物が多くて人間関係が分かりにくくなりそうですが、
とりあえず
おくみちゃんがいろんな男に言い寄られ、
要助は野分姫という許嫁がいながらおくみといい仲、

というところが分かれば問題ないかと。 

***

ここまでが分かれば、
あとはこの「鯉魚の一軸」と恋愛関係をめぐる
ドタバタ喜劇
です。

法界坊の茶目っ気と自由さ
殺しの場面での凄みを気楽に味わいつつ、

後半の舞踊「双面(ふたおもて)」では
野分姫と法界坊が合体した霊が見せる
それぞれの執念
を楽しめば良いと思います!

***

…簡単にするのって難しいですね。

こちらの理解度が如実に出ます。。

とりあえず、第一回目はこんな感じ。
来月の「法界坊」を観てみて、間違っていたらすぐに修正いたします!


プロフィール

わこ

◆首都圏在住╱平成生まれOL。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇5年目。このご時世でなかなか劇場に通えず悶々とする日々。
◆着物好きの友人と踊りの師匠のおかげで、気軽に着物を着られるようになってきた今日この頃。

読者登録
LINE読者登録QRコード