ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

演出ピックアップ

気になる演出ピックアップ!#2 所作板


地味なシリーズ第2弾は、またまた地味なところを突いて「所作板(しょさいた)」を語ってみたいと思います。

歌舞伎を観にいくと、幕間に二人一組で何やら木の台のようなものを幕の中から運び出し、花道に敷き詰めていく光景が見られるかと思います。
 
あの敷かれているのが「所作板」で、所作事(しょさごと、歌舞伎舞踊)のときに使います。
(日本舞踊の公演でも敷かれています。)

檜でできているこの所作板(所作舞台、置舞台などとも)『日本舞踊ハンドブック』(藤田洋、三省堂、2010年)によると、
・汚れた舞台の上に敷くことで、舞踊をより美しく見せる
・足拍子を踏むときの反響音をきれいに出す
・お滑り(足を摺るように伸ばす技法)が舞台で引っかからないようにする
・照明を美しく反射させる

といった効果があるようです(p.39)。

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私がなぜこの「所作板」を語りたいのかというと、本にも書いてありましたが、
何しろ音がいいんですよ!!音フェチにはたまらない。笑

ちょっと下駄で出てくる音、調子よく足を踏む音…ときめきます。

踊りの中で、この「音」の要素って、実はとても大きいと思うのです。

特に踏む音の大きさに驚く友人が多くいます。
かくいう私も「こんなにしっかり踏んでいるんだ!」と、初めて大きな公演を観たときには衝撃でした。
緊張感のある場面で踏む音が大きく響くと、ぐっと迫力が増します

踊りによっては、軽快なリズムで足拍子を踏むことも。
「供奴」のように一人でとんとこ踏む場合もあれば、二人で細かくリズムを刻むこともあります。
結構複雑なリズムで踏んでいたりして、その瞬間に正確に音を出せるって凄いな、と毎度思います。

この足拍子は、明らかに「音を聞かせる」ものではないでしょうか。
言ってしまえば、見ている分にはただ踏んでいるだけなので。笑
でも音楽に合わせてこの踏む音が調子よく入ってくると、たまらなく楽しくなってくる。

そんなとき、踊り手の足元ではこの所作板が大活躍しているのです!

(踏む音の楽しさについては、日本舞踊の音について書いたこの記事でも語っています

***

以前、尾上菊之助さんのドキュメンタリー番組で、この所作板を選ぶ場面がありました。
 
下駄でタップダンスみたいなことをする「高坏」という演目でのことだったのですが、この所作板、音や滑りが一枚一枚違うんだそうです。
並べた板の上に実際に立ってみながら、どれが合うのかを選んでいらっしゃいました。 

普段の舞踊や歌舞伎の公演で、どれだけこだわって所作板を選ぶことができるのかは分かりませんが、
きっと役者の方、舞踊家の方たちは、そのときの所作板の特徴を理解しながら踊っていらっしゃるのでしょうね。 

そんな裏話を知ってしまうと、職人好きの私としては非常にわくわくするのです。笑

***

先日、この所作板を敷くところをとても近くで見る機会がありました。

間近で見ていると、すべて敷き終わったあとに繋ぎ目のところを念入りに確認しているのが分かります。
板同士の間に段差や隙間があって、引っ掛かりでもしたら大変ですもんね。
裾を引きずる衣装は特に足元が見えませんし、たとえそうでなくとも常に下ばかり見ているわけにもいきません。
 
あの気持ちのいい音の背景には、安心して踊れるための心配りがあるのだということを、改めて学びました。

***

そんなわけで、花道に所作板が敷かれ出すと、私はいつもテンションが上がっています。笑

地味ではありますが、これがなくては舞踊の魅力も半減してしまうであろう「所作板」、ぜひ注目してみてください!

 

気になる演出ピックアップ!#1 浅葱幕


地味なシリーズになりそうな気配はありますが。笑
歌舞伎や文楽の演出で面白いなぁと思ったものについて、初心者の目線で語っていきたいなという企画です!

これは初心者の特権だと思うのですが、
見慣れてくると当たり前のものでも、最初のうちはものすごく素直に感動できるのです。笑 

そんな本シリーズ、第1回は「浅葱幕(あさぎまく)」

一年ちょっと歌舞伎や文楽を観ていて、毎度この「浅葱幕」というものに感動を覚えるので、記事にしてみようと思い立ちました。
(ちなみに日本舞踊の舞台でも使いますよ!)

【浅葱幕とは】
「舞台前面に吊り下げる浅葱(水色)一色の幕。振落し、振かぶせの手法で、大道具や俳優の姿を一瞬に見せたり、隠したりする効果をあげる。…」
(『歌舞伎事典』昭和58年、平凡社)

定式幕や緞帳の向こう、舞台の上に、水色の布が吊られます。
『歌舞伎の解剖図鑑』(辻和子、2017年、エクスナレッジ)によれば、「『光に包まれた向こうに何かがあるが、まだ見えない』状態を表」すとのことです(p.34)

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チョン、という柝の音を合図に、この水色の布=浅葱幕がぱっと振り落とされます。

*** 

定式幕(いかにも歌舞伎っぽい三色ストライプのあれ)や緞帳と、浅葱幕とのもっとも大きな違いは、「舞台の現れ方」だと思います。

定式幕や緞帳は、徐々に幕が開いていきます。
それに伴い、舞台は端から、あるいは下から少しずつ見えてくるわけです。

しかし浅葱幕の場合、幕が振り落としになると「一気に」舞台全体が目に入ります
見えなかったもの、音だけ聞こえて焦らされていたものが、パッと目の前に広がるのです。

正直、浅葱幕にはちょっぴり違和感があります。
 
本来幕が開いてすべてが見えているはずの舞台の上に、それほど舞台の色に馴染んでいるとも思えないような水色の布が張られている。
初めて観たときは、「いささか雑では…?」と思ってしまったくらい。笑

しかし、この演出効果は文字通り目を見張るものがあるのです。

幕がすでに開いた状態の、その先にある幕。
芝居がもうすぐ始まるのは分かっていて、浅葱幕の向こうに何らかの世界が広がっていることも分かっている。

そして、何なら演奏者は舞台上に見えている。

音は聞こえるのに、見たいものが見えそうで見えない

この「焦らし」が溜めになって、パッと幕が振り落とされたときの感動が強まるのです。

そして、浅葱幕の向こうに広がるのは、大概が華やかな舞台

豪華絢爛な建物だったり、隅から隅までずらりと並んだ粋な役者たちだったり、まぶしく降りしきる雪の世界だったり…

これが「徐々に」見えたのでは、感動するにしてもそこまでではないのではないかと思うのです。
急に、いきなり目に飛び込んでくるからこそ、衝撃を受けるのです。 

例えて言うなら「トンネルを抜けたら目の前にどーんと富士山があった!」みたいな。

隠されていたものが、急に目に飛び込んでくる。
この勢いとギャップに、否応なく胸が躍るのです。

***

ちょっと脇道に逸れますが…

歌舞伎の幕のことを考えるとき、私はいつも紙しばいを思い出します。

紙しばいは、紙を引き抜くスピードが細かく指定してあるのです。
「一気に」「ゆっくりと」「ここで半分まで引き抜く」などなど…

これ、まさしく幕と同じだな、と。

紙しばいはその名の通り「紙」で行う「芝居」であって、
あの絵を引き抜いていく行為は、各場で幕が引かれ、また開けられるのと近いのではないかと。

一気に引き抜いたり、半分まで引き抜いたりするのなんて、とても浅葱幕っぽいのではないのでしょうか。

幼い頃から「かみしばい」という5文字として認識していたけれど、よく考えると「紙芝居」であったなぁと、芝居を観るようになってふと気付いたのでした。

***

さて、そんなわけで語ってみました浅葱幕。
初めて歌舞伎や文楽に行く方は、舞台上に水色の幕がかかっていたら、ちょっとそのまま舞台に注目してみてください。

きっと息を飲むような瞬間が待っています。


プロフィール

わこ

◆首都圏在住╱平成生まれOL。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇5年目。このご時世でなかなか劇場に通えず悶々とする日々。
◆着物好きの友人と踊りの師匠のおかげで、気軽に着物を着られるようになってきた今日この頃。

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