ほんのり*和もの好き

歌舞伎や文楽、日本舞踊、着物のことなど、肩肘張らない「和もの」の楽しみを、初心者の視点で語ります。

感想

おすすめ日舞公演!未来座=彩(SAI)=「檜男(ぴのきお)」「春夏秋冬」観てきました!


毎年行きたいと思っていた未来座さんの公演、やっと行けましたー!

古典の舞踊技法をもとに、新たな日本舞踊作品を発表している未来座の公演。
今回が3回目の公演ですが、日本舞踊協会としては50年以上、こうした活動をしているそうです。

今年の演目は「檜男(ぴのきお)「春夏秋冬」の二本立て。
※「檜男」は、檜の字に☆で濁点がついています。

感想をまとめます!

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パンフかわいい…! 




*「檜☆男」


ほし組・つき組とキャストが分かれたうちの、ほし組公演を観てきました。
つき組はまた全然違う雰囲気なんだろうなぁ。

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お馴染みのあのピノキオのお話を、日本舞踊で。
語りには、歌舞伎役者の坂東巳之助さん

これがとっても良くて、くすっと笑いつつ、最後はぽろぽろ泣いてしまいました
知っている話なのに。泣くと思ってなかった。笑

***

開演前からコオロギの声がしているの、物語に自然に入り込めていいですね!

舞台の大道具は、まるで絵本のよう。わくわくします。

おじいさんが大事に作ったお人形たちは、もちろん日本寄りの人形が多いんですが(笑)、
それぞれ動き方が全然違って、観ているうちにどの人形にも愛着がわいてきます!

女の子らしくかわいらしく動く「かりん」(もうこれが本当にかわいくて愛しい!)
名前から想像できるいかにもな雰囲気が楽しい「おふく」、
途中見事な人形振りを堪能できる「ちゅうべえ」と「うめがわ」(!)、
小ネタ満載で片時も目が離せない「うば」、
派手な衣装で物語を動かしていく「ぎんのじ」と「でび」。
頭に灯篭を乗っけた「竹人形」たちもきれい!

途中にはちゃんと、それぞれの人形の見せ場が用意されているのですが、
この人形が出てくるときに、日本人形が入っているような、背景が金のガラスケースありますよね、あれに入って出てくるのです。
演出が細かい!笑 

お話を語ってくれるのは、最初からずっと鳴いていたあのコオロギです(「こおろぎ安」というお名前。声は巳之助さん)。
こおろぎ安、会場を巻き込みつつお話を展開していってくれます。

そんなキャラクターたちに囲まれて、物語の中で成長して行く「檜男」。
最初はカタカタの頼りない動きだったのに、、と思うとラストが本当に素敵です。

一挙手一投足が愛しい、愛嬌たっぷりの檜男。
かりんとの淡い恋模様もまた微笑ましい!

国立小劇場は、舞台の方々の表情も見やすいサイズ感なのも嬉しいところです。

***

演出も楽しくて、親しみやすかったです。
絵本の世界のような大道具、客席の使い方、多様な音楽…飽きさせません。

何せ!踊りを!!踊りを観て!!!
全く堅苦しくないので!むしろ親しみと愛嬌の塊なので!!!

関係ありませんが梅川と忠兵衛、場面は違えどわざと歌舞伎座と当てたのか…?


*「春夏秋冬」


25分の休憩を挟んで、「春夏秋冬」が始まります。
美しい映像を使いつつ、決してそれが邪魔になることはなく、世界観を作り上げているなぁと思いました。

先ほどの舞踊劇とは違うアプローチで、日本舞踊の魅力や可能性がぎゅっと詰まった演目でした!


【春】
 
これはまずもって、着物がとにかくきれい!
女性舞踊家13人が美しく振袖で踊るのですが、全員違う振袖なんです!!

一列に並んだところなんか、雑誌かファッションショーを眺めているよう
日本舞踊を始めた理由に「着物が着たいから」 は一大勢力なのですが(笑)、こんな素敵なものを観たら、より一層その熱が高まると思います!

加えて踊りはもう、「これぞ日本舞踊」というような華やかさと柔らかさがありました。
「日本舞踊」と言われてイメージする世界はこんな感じなのかな、と。

踊りっていいなぁ。。 

【夏】

打って変わって、男性舞踊家10人の群舞。
袴の衣擦れの音っていいですねぇ。。それだけでそわそわしちゃう。

それでですね、男性舞踊家の群舞、かっこよくないわけないんですよ!!

この部分のテーマは夏祭り。
舞台の熱量がどんどん上がり、そのスピード感と大きさと迫力に、観ている方もどきどきしてきます。 
 
日本舞踊の「かっこいい要素」を集めたらこうなるなぁという感じ。
最後の締め方がまたたまらない!!!

【秋】

そんな勢い溢れる舞台の空気をがらっと変えるのは、井上八千代さん

ただひたすら、その舞の作り出す空気に浸れる喜び…
振りの意味が分からなくても、無駄の全くない美しさに、呼吸すら忘れて見入ってしまいます

背景に浮かんだ大きな月。
広々とした舞台は、音楽とも相まって物寂しさがあります。

その中で、一人舞うお姿が尊くて。

決して力が入っているわけではないのに会場全体がぴんと張りつめるようで、
振りが多いわけではないのに密度が高い。

抽象的な言い方になってしまいますが、八千代さんの京舞の、その空気感がとても好きです。

【冬】

最後は、春と夏に登場した舞踊家たちが一堂に会しての踊り。

独特な響きの音楽に合わせ(なんとこれが鶴澤清治さんの作曲だったんですね!)、冬を生き抜く鳥たちが力強く踊ります。

これだけの人数で、あの大きさの舞台で踊るのは本当に壮観です。

最後は静かに、作品が閉じられます。


*まとめ


近くにある芸能、たとえば歌舞伎とか、あるいはダンスとかバレエとか、そういうものに比べて、
日本舞踊って「この公演を観てみようか」となりにくいジャンルだと思うのです。

でも、ちゃんと日本舞踊でもできるんですよね。
こんなにエンターテインメント性の高いことだって、古典の日本舞踊を使ってできる。 

だから、何だかこの公演は日本舞踊好きとしては嬉しかったし、一人でも多くの方に観ていただきたいな、と思いました。まわし者じゃないですよ!笑

6/22(土)・6/23(日)、残り5公演。当日券もあるようですよ!
お時間ある方はぜひ(^^)

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※23日(日)のみ、第三部がないようです。 


「封印切」初心者はこう楽しんだ!〜六月大歌舞伎(歌舞伎座) 昼の部感想


6月の歌舞伎座、昼の部の締めは「恋飛脚大和往来(こいびきゃく やまとおうらい)「封印切(ふういんぎり)と呼ばれる場面です。

上方の香りがしてくる一幕。

楽しく観ていたら、知らず知らずのうちに取り返しのつかないことになっていて、見事に引き込まれました。

片岡仁左衛門さん亀屋忠兵衛
ふんわりとしていて、間違いなくいい男なんだけど憎めなくて、最後のおそろしい緊張感にやられました。。

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今月の絵看板。上から主人公・忠兵衛、恋仲の傾城・梅川、恋敵・八右衛門。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめます!
聞き取りやすい、現代とそう変わらない言葉で進むので、ストーリーも掴めると思います。

笑いどころ多く、テンポも良く。おすすめしたい一幕です!!

封印を切るに至る心理、何だか分からなくもないな…と思わせる説得力。 

***

総じて分かりやすいですが、強いて言うならざっと以下のことが分かっていると良いかもしれません↓
 
・主人公・忠兵衛は飛脚問屋。荷物やお金を運ぶのがお仕事。
・大切な荷物の封には印が押してあって、これを勝手に破るのは超重罪。 
・傾城・梅川の身請をめぐり、八右衛門と忠兵衛が張り合っている。(梅川は圧倒的に忠兵衛が好き。)


■私はこう見た!ここが好き!


いやもう、何せテンポがいいので初っ端から引き込まれてしまうんですよ。 

忠兵衛仁左衛門さん)のいい男ぶりはもう花道から匂い立つよう。
「いい男」といっても強そうでは全くなくて、むしろ頼りなさそうな、憎めないかわいらしさがあるというか、「ほっとけない」感じでしょうか。

それを迎える女将のおえん片岡秀太郎さん)の軽口も楽しい!
ふわっとしていて、手慣れた感じで、そっと笑わせてくれます。
下駄の音も心地よいです! 

おえんと忠兵衛のやりとり、いいですねぇ。
忠兵衛も来慣れているのがよく分かるくらい、二人の間のぽんぽん投げ合う会話が調子良くて好きです。


梅川片岡孝太郎さん)との二人の逢瀬の場面、これもまた二人の間に流れる空気がとても良くて、わざと冷たくする忠兵衛もかわいらしい。

そんな楽しい場面なのですが、きまって形を見せるところは美しいのです。こりゃ惚れるわ。。


八右衛門片岡愛之助さん)とのやり合い、これは口だけでいったら八右衛門が強い!
勢いに飲まれます。まくし立てる八右衛門、見事に嫌なやつ!笑

でも周りはみんな忠兵衛推し。
だから別に忠さん、無茶しなくても良かったのに…と思ってしまいます。

いや、でもここ、本当にすごいなと思ったんですよ。

八右衛門と忠兵衛のやりとり、本当に他愛もないものなんです。
八右衛門の難癖なんて正直「子供か!」という感じだし、それにむきになる忠兵衛もまた「こいつもやっぱり頼り切れないんだよな~」と思わせてしまう。

そんな大人げないやりとりだったのに、気付くと忠兵衛が、どうしようもないところに追い込まれている


顔面蒼白の忠兵衛の手元からばらばらと零れ落ちる金貨の輝き…えぐいです。。

***

細かいところですが、忠兵衛が店を訪ねるとき、中で梅川が「畳算(たたみざん)」をしているんですね。
かんざしをとって、畳の上に落として、落ちたところから縁までの畳の目の数で占うものなんですが、
この振り、踊りに非常に良く出てくるのです。
実際にかんざしでやっているのを初めて見て、「これか!」となりました。

やっぱり歌舞伎を観ると、踊りへの理解が深まって嬉しい!
なくなってしまった風俗的なものを見られるのも、歌舞伎の好きなところです。



■まとめ


筋書で、仁左衛門さんが「悲劇の場合、前半を明るくして、後半の悲劇を際立たせる」とおっしゃっています。(p.63)
そのお言葉通りの舞台でした。

前半に力を抜いて観ていた分、忠兵衛が封印を切ってしまって血の気を失うところ、こちらも緊張で指先が冷たくなりました。笑

上方ならではであろう言葉のやり取りの面白みや勢い、柔らかさを存分に味わえるのも魅力です。

「石切梶原」で思いっきり時代物を堪能したあとにこれが待っているという、今月の昼の部の満足感たるや。
筋書にはこの二つの演目を比較した葛西聖司さんの文章も載っていて、とても興味深かったので、そちらもおすすめです!

 

三谷かぶき「月光露針路日本 風雲児たち」観てきました!〜六月大歌舞伎(歌舞伎座) 夜の部感想


観てきました!
三谷幸喜監督の新作歌舞伎「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち!!

もうこれは新作なので、初心者がどうとか関係ないかなぁと思い、純粋に感想だけ。

ネタバレできないので、何とも難しいところですが…

伊勢から江戸に向かう途中、大嵐で遭難した商船・神昌丸。
大黒屋光太夫をはじめとする乗組員たちは、やっとの思いで陸地に到着するも、そこはロシアという、遠い異国でした。
故郷日本に帰ることだけを一途に思い、懸命に生きていく彼らの様子を描く物語です。

何が歌舞伎か歌舞伎じゃないか、仕上がりとしてどうなのか。
新作っていろいろ意見が割れると思うのですが、私はたくさん笑ったし、心に刺さっている場面がいくつもあります。

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今月いろんな場所に掲示されているこのポスター。
まさかこれが歌舞伎のポスターだとは…。笑
 


開演前〜プロローグ


開演前に、すでに幕が開いて舞台が出来上がっています
その演出がもう新鮮!

ただし、いつもの気持ちでお写真を撮れてしまいそうな雰囲気なので、撮影禁止というところだけここにも書いておきますね。

あと、松也さんファンの方はぜひ松也さんへの質問をご用意の上、プロローグにご参戦を!!

尾上松也先生が、楽しく劇場と物語の橋渡しをしてくれます。


一幕目


一幕目は、光太夫たちの航海の様子と、流れ着いた島での生活を描きます。

船頭・大黒屋光太夫松本幸四郎さん)、船親司・三五郎松本白鸚さん)はじめ、17人の乗組員。
顔覚えの悪い私としては「どうしようついていけるかしら(*_*)」となりましたが、大丈夫です
どうして大丈夫なのかあまり言いたくありませんが、とりあえず大丈夫です。 

普段歌舞伎で観るような感じではない、現代劇のようなお芝居。
みなさん生き生きと楽しい!

新蔵片岡愛之助さん)と庄蔵市川猿之助さん)は際立って船内を乱すキャラクターなのですが、その曲者二人が率先して見せる気遣いがいい
二人とも分かりやすく優しくはないんですよ。これ、三幕目までそうなんですが。
 
それから、若き船乗り・藤蔵中村鶴松さん)に泣かされました。
純粋で真っ直ぐな笑顔の、気の利く青年。
その溌剌とした明るさがあるからこそ、同年の磯吉市川染五郎さん)に見せる本心が刺さります
リアルタイムでは観ていないのですが、当時の新作だった「野田版 鼠小僧」(この記事)でも鶴松さんには泣かされてるんです。。

あと個人的にツボだったのは、九右衛門坂東彌十郎さん)の目の良さですね。笑
一瞬のシーンで、何気ないので聞き逃しがちですが、大好きです。 

笑えるっていいなぁ。 


二幕目


寒さ厳しいロシアを転々としながら、故郷へ帰る手だてを探す厳しい日々が描かれます。

笑い要素もかなり多く、一人観劇でしたが心置き無く笑いました! 

役者さんたちの芸の見せどころ、という印象でした。
特に光太夫幸四郎さん)・磯吉染五郎さん)の親子芸はさすがテンポが抜群に楽しい。笑 
九右衛門彌十郎さん)の頑固じじい具合も良かったです。


物語は竹本が語ります
いつもと違って非常に聞き取りやすいです。笑

途中、竹本ならではの演出が入ります。
ネタのように使われたのかと思いきや、これがじわじわと効いてくるんです。。

勘太郎市川弘太郎さん)にスポットが当たる場面。
生きて故郷に帰るために選択しなくてはならないことと、どうしても受け入れられないこととのせめぎ合いを、太棹が煽ります。

竹本に関して言えば、幕が開いた直後の出方がかっこいいのでぜひご注目を!

それから音楽面、光太夫が黒御簾の音に合わせてセリフを言うところがあるのですが、これもまた楽しかったです。
歌舞伎音楽の自由な使い方。笑

歌舞伎の演出の使い方としては、すっぽんをそう使うのか、というのも興味深かった
歌舞伎の舞台って、仕掛けがとても多いんだなぁということを再認識させられます。
いろんな可能性があったんだな、と。 


後半に市川高麗蔵さん澤村宗之助さん片岡千次郎さんのお三方によるロシア語だけの場面があるのですが、あれは意味が分からずともロシア語の勢いを楽しむのが一番だと思います!!笑 
ロシア語、このためにみなさん覚えたんですねぇ…役者さんはすごい。 


さて、散々笑わされる二幕目ですが、決して楽しいだけの幕ではありません。

先ほど触れた竹本の場面がまず一つ。

それから泣かされたのは庄蔵猿之助さん)。
二幕目の最後の庄蔵の叫びには、遠い地で翻弄される悔しさが詰まっていて、こっちも叫びたかった。

苦すぎる別れが続く中で、小市市川男女蔵さん)は強いですね。
彼がなぜ強いかというと、その場その場を柔軟に受け入れられるからです。
光太夫も「小市はいつも楽しそうだ」と。
こうなってしまった責任を抱える船頭としては、願っても叶わない境地なんでしょう。


三幕目~エピローグ


いよいよ帰国の望みが見えてくる場面。
と同時に、最も悲痛な場面。
さらに言えば、衣装が最も絢爛な場面。笑 マリアンナ坂東新悟さん、ロシア女性の拵えが馴染みすぎて。。
 

ここでお待ちかね、キリル・ラックスマン八嶋智人さん)の登場です!
屋号は「トリビ屋」さんです。細工が細かい。

八嶋さん、「舞台は友達」感がすごかったです。
空気を持っていく力が抜群!あっという間に舞台の勢いが変わります
光太夫一行が呆気に取られるのも半ば素なのではないかというくらい。笑

このラックスマンとの出会いが、光太夫たちの道を開きます。

彼のお陰で叶った、エカテリーナ猿之助さん)との謁見。
彼女がついに、日本への船を用意してくれるのです。

この場面はエカテリーナの衣装がまぁ絢爛ですごいので、ぜひご注目を。
その前にこの人さっきまで庄蔵だった人ですよね。笑

そしてポチョムキン白鸚さん)がさすがの貫禄です。
厳格で堂々としたお偉方、という感じ。


こうして道は開けたのですが、ここに来るまでにいかんせん時間がかかりすぎた。

すでにそのときには、「全員で帰る」ということは不可能になっていたのです。

ずっと個人主義者だった新蔵愛之助さん)の、身を呈した決断。
庄蔵猿之助さん)の絶叫。

庄蔵、新蔵、光太夫の三人のシーンは、最も「歌舞伎らしい」と思いました。
後から筋書を読み返したら、それもそのはずで、三谷さんは原作のこの場面があったから「歌舞伎にしたい」と思ったそうです。(p.46)
観劇から数日経った今思い出しても、胸が締め付けられます。


結局無事に日本に帰る船に乗ることができたのはほんのわずか。
いえ、でも光太夫は最後まで船頭です。

一番最後に見える景色。
観ている方もこれで、やっと日本に帰って来ることができるんですね。


まとめ


新作を観て思うのが、古典として上演され続けている名作は、いろんな物語の種を含んでいるんだなぁということ。

今回の三谷かぶきにも、今までに観た演目が香るところがありました。

どこまでを「歌舞伎」と呼べるのか、私にはいまいち定かでないのですが、
歌舞伎がそういうネタを持っている、そして音楽や演出の工夫もいろいろ持っている演劇であることは、新しいものを作り続けていく上でとても貴重だなぁと思います。


演劇でも本でも何でもそうですが、一場面でも、一言でも何かが心に留まっていれば、それはそのとき出会うべきものだったんだと思っています。

その意味において、三谷かぶきは私にとって、間違いなく良い観劇経験でした。


「女車引」初心者はこう楽しんだ!〜六月大歌舞伎(歌舞伎座) 昼の部感想


昼の部二幕目、「女車引(おんなくるまびき)

来月の国立劇場で出る「車引」を女に替えて仕立てた舞踊だそうです。
元になっている「菅原伝授手習鑑」には全然詳しくないのですが、それはそれとして楽しんできました!
それはそれとして、十分楽しめます。笑

女方三人が舞台に並んで踊ると、華やかで素敵ですね。
衣装にも注目です!!

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今月の絵看板、手前から千代、春、八重。
それぞれの旦那さんのお名前(松王丸、梅王丸、桜丸)にちなんだ衣装です。





■初心者でも楽しめるのか?


楽しめるのではないかと思います!

一応、三人の背景は知っておいて損はないかもしれません。
私自身が全く詳しくないので何とも言えませんが、ささやかな予備知識としては、

・登場する三人の女性は、「菅原伝授手習鑑」の主人公三兄弟の妻たち
・三兄弟(松王丸、梅王丸、桜丸)のうち、松王丸だけ立場が違うので対立している
・旦那はそうだけど、妻たちの間の溝はそこまででもない(「菅原伝授手習鑑」の「賀の祝」という段を観る限り) 
・この踊りの元ネタ(?)は、「車引」という、三兄弟が対面する場面(※観たことはない)

くらいの感じで行きました。

***

三人の女性の見分け方としては、衣装が一番分かりやすいかと思います!

千代(松王丸の妻)
松の柄の着物。

八重(桜丸の妻)
桜の柄の着物。
一人だけ年齢が若いので帯が長く、振袖。この帯がかわいいんですよ…!

(梅王丸の妻)
当然梅の柄の着物。

それぞれ夫婦の名前が「千代の松」「八重の桜」「梅の春」という組み合わせになっていて覚えやすいですね!

■私はこう見た!ここが好き!


一つ前の幕の「寿式三番叟」から続けて観ると感じるのですが、清元(音楽)がいいですね!

男四人の三番叟は、太棹のびしっとかっこいい竹本の演奏。
その直後に女三人のこの曲が始まると、清元の柔らかさが際立つ気がします。

***

出の花道、中村雀右衛門さん)と八重中村児太郎さん)が連れ立ってやってきます。
若くてかわいらしい八重と、柔らかくてあたたかみのある春。
ほのぼのとした花道です。

この二人はこの後も、 実の姉妹のように頼り頼られの雰囲気が出ていて素敵!

一方、千代中村魁春さん)は本舞台上手(舞台向かって右側)から登場。
どこか凛とした風情があるように感じました。

女三人の間にはそれほど深い溝はないのですが、やっぱり千代とはちょっと距離がある感じがしますね。。

***

一番好きだったのは、三兄弟の父・白太夫の古稀のお祝いの支度をする場面です。

最初はそれぞれ別の方向を向いて、別の支度をしているのですが、若い八重はやっぱりいろいろ手馴れていなくて、うまくいかない。
八重は春に頼るのですが、そんな八重を横から千代がちゃっちゃか手伝ってあげるのです。
千代さんさすが頼もしい!

そして何かこう、何か切ないけど嬉しいけど切ない(語彙力)

***

それぞれの一人踊りがあって、最後は三人で華やかに踊って幕です。
三人できまる一番最後のところ、附け打ちがバタバタと鳴るのが気持ちいいですね!

ただただかわいらしい八重、
ふわっと柔らかくて優しげな春、
強さも兼ね備えている千代。

それぞれ身にまとう空気や立場、年齢が違うので、踊りの雰囲気も全然違います
一つの踊りの中で、こういう風にはっきりとキャラの違う女性を三人も楽しめるのはなかなかないのではないでしょうか?
私が知らないだけでたくさんあるのかしら。。

ともあれ、女方の藝を堪能できる一幕だと思います! 


■まとめ


全体を通して、筋書には「仲良く」「楽しく陽気に」とあるもののやっぱり春・八重/千代という二対一の構図が随所にあるなぁと思いました。

とは言えストーリーは置いておいても、華やかで楽しい一幕です!
女方の踊り、指先まで本当に美しくて、首の傾げ方なんかにもそれぞれの役の性格が出て、踊り好きとしては嬉しい時間でした。
何も考えずに舞台の雰囲気に身を委ねていられる幸せ。

*** 

ちなみに今月の幕見、この前の幕の「寿式三番叟」から「女車引」までの二幕で約1時間、合計1,000円です。 
1時間1,000円というのは、なかなか手頃なのではないでしょうか。

正直、昼の部のプログラムを最初に見たときには「踊りと芝居と交互にしてほしいなぁ…」と思ってしまったりもしたのですが、観てみてからだとこの「1時間1,000円」が実現できたのは大きかったと思います。
私自身もスケジュールの都合をつけて手軽に行けたのでありがたかったです! 

「石切梶原」初心者はこう楽しんだ!〜六月大歌舞伎(歌舞伎座) 昼の部感想


6月の歌舞伎座、昼の部二幕目「梶原平三誉石切(かじわらへいぞう ほまれのいしきり)。通称「石切梶原(いしきりかじわら)です。

こういう時代物、台詞が聞き取りにくかったり、展開が現代から考えるとちょっとどうかと思うところがあったりして人に勧めるのは難しいのですが、私はいかにも歌舞伎らしくて好きなのです。

中村吉右衛門さん梶原景時。たまらなく素敵で、ため息ものでした。
セリフの心地よさに、聴いていて何度もにんまりしてしまいました。怪しい。 

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今月の絵看板。右端の石が切られてますかね…?ガードレールの写り込みが激しい。




■初心者でも楽しめるのか?


楽しめます!が、
軽くでいいので予習しておくと良いと思います。
私はとても好きな一幕でしたが、事前に筋書を読んであらすじを頭に入れておきました。

耳慣れぬ言葉遣い、しゃべり方に加え、
梶原が二股武士(外面は平家、心は源氏)であること、
本筋である刀の件に至るまでに少し時間がかかることが、
もしかすると難しく感じられてしまうかも。。

でも、個人的にはこういう「わきまえた武士」が非常に好きなので(笑)、そしてまた演じる吉右衛門さんが非常にかっこいいので、
「分かりにくいかも」とか書いてしまいましたがどうか厭わないでいただきたい…! 

***

あらかじめ、ざっと以下のことが分かっていると良いかもしれません↓

【設定】
・最初に出ている兄弟(白塗りと赤っ面の二人)は、何かにつけて梶原と折り合いが悪い。
・特に赤っ面の方(俣野、弟の方)は見た通り嫌なやつ。
【本題】
・途中で出てくる親娘は、娘の婿のために三百両がどうしても必要で、差し迫っている。
・お金を作るために、兄弟の兄の方(大庭)に刀を売ろうとする。
・刀が三百両に値するものなのか、梶原が試し斬り(「二つ胴(ふたつどう)」という方法)をして確かめる。
・この「二つ胴」で誰を斬るか、というところにドラマが生まれる。


二つ胴は、「刀の斬れ味を試すために人間をふたり重ねて胴斬りする」(筋書p.17)という何とも荒っぽい刀の鑑定方法です。

切られるのは罪人なのですが、この場面では罪人が一人しかおらず…という辺りからが盛り上がってくるところです。


■私はこう見た!ここが好き!


幕が開くと、大好き浅葱幕!

幕が振り落とされて舞台一杯に登場人物たちが並んでいるのは、いつもながら浅葱幕効果で壮観です。

背景は鶴岡八幡宮。
遠近法がすごいです!書割(かきわり、「建物・風景などを描いた張物」(『歌舞伎事典』昭和58年,平凡社))を見るのも楽しみの一つ。

***

初っ端に出ているのは、大庭三郎景親中村又五郎さん)、俣野五郎景久中村歌昇さん)兄弟。
兄弟と言えど、又五郎さんと歌昇さんは親子でいらっしゃいます。歌舞伎はそこも面白い。

大庭は白塗りで、落ち着いていて立派な感じ。
俣野は赤っ面で、しゃべり方も若く荒っぽく、粗野な感じ。
こうやってはっきりキャラクターが分かれていると、それぞれの雰囲気を楽しみやすいですね!

梶原平三景時吉右衛門さん)は花道からの登場です。
黒字に金の衣装がすでにかっこいい!

兄弟と梶原は折り合いがよくないので、俣野が何かと突っかかりますが、余裕綽々で返す梶原、さすが気分がいいです。
俣野もいかにもで、分かりやすく「嫌なやつだなー!」と思えるのがいい!笑


さぁ、花道から六郎太夫中村歌六さん)とその娘・中村米吉さん)が登場(こちらも実の親子による父娘役)
この二人が持ち込んでくる刀が、いよいよ物語の発端になります。
娘を振り返る六郎太夫の温かみと、刀を抱きかかえるように持つ梢のかわいらしさ

三百両でこの刀を買い取ってほしい、と頼まれる大庭。
梶原が刀の目利きをするのですが、この一連の流れが良いです!

刀を検めるのにきちんと手順を踏もうとする梶原に、自分などの持ってきた刀なのでそこまでしなくても…と小さくなる六郎太夫。
しかし、梶原は武士としての刀への礼儀として、手水をして、懐紙をくわえ、じっくりと刀を検めるのです。

この梶原のセリフ、しっかり覚えていないのですがかっこよかった。
そして「鈴ヶ森」でも思ったのですが、無言のうちにじっくりと刀を見極める様子、形として非常に絵になるというか、美しいんですよね。目の表情もいい。ずっと見ていたい。。
▶︎「御存鈴ヶ森」観てきました!〜四月大歌舞伎(歌舞伎座)昼の部 初心者の感想

で、刀を見極めた後の「見事、天晴れ、稀代の剣」から始まる梶原のセリフ。
これはもう、聴いているこちらも心が晴れるような気持ち良さです。


せっかく梶原が名刀と認めたにも関わらず、突っかかってくるのはやっぱり赤っ面のアイツ。そうです、俣野です。笑
実際に斬ってみないと分からない、と「二つ胴」(先述)を提案するのです。梶原の目利きの意味!!

ここなんですが、竹本(舞台上手の語り)が俣野のセリフの前、ちょっと早口になっていました。
他にも梢のところはちょっと柔らかい語り方になっていたりして、語りにキャラが出るんだなぁと再認識。
竹本かっこいいですよね…!!

さて、二つ胴といっても、死罪に当たる罪人は剣菱呑助中村吉之丞さん)ただ一人。
試せないので今日のところは引き上げるように大庭に言われた六郎太夫は、以前二つ胴で試し斬りをしたときの折紙(鑑定書)が家にあると言い、梢に取りに行かせます。

娘をこの場から離れさせる六郎太夫のセリフが、後から思い返すとより一層刺さる
折紙はお仏壇の下の引き出しにあるから、ついでにお仏壇にお供えをしておいて、と何気なく伝え、「遅うなっても大事ないぞ」「怪我せまいぞ」と娘を見送るのです。
こういうところの歌六さんの温かみが好きなんです。。

この流れで娘を一人行かせ、仏壇のことを言い置く。
嫌な予感です。

案の定、六郎太夫は、二つ胴の二人目に自らがなると言い出します。
慌てる周囲。しかしそこまでして、六郎太夫は娘のために、三百両をこしらえてやりたいのです。

ここで竹本、「大庭は一途に刀の欲しさ」と聞こえてきます。
そうか、大庭は悪気があるわけではなく、一途に刀が欲しいんですね。
そのためなら、と六郎太夫の提案を飲んでしまうわけです。
うーむ。大庭、憎めない、けど、視野が狭い。。

科人である呑助にも、優しく語りかける六郎太夫。どこまでも温かい。


この罪人である剣菱呑助ですが、名前の通り飲兵衛でして、この人の長ゼリフにはお酒の名前がたくさん出てきます
私はあまりお酒に詳しくないのですが、詳しい方が聞いたらきっと「おっ!」となるに違いない。笑


そうこうしているうちにヤツが痺れを切らしますよ。そうです、俣野です。(2回目)

ここ!個人的に大変好きなところです!!

自ら試し斬りをしようとする俣野を「無礼者め!」と止める梶原の一連のセリフのかっこよさたるや!!!もう何か何というか、これぞ!という感じです。
それにたじたじとしながらも、意地のように一歩踏み出して刀を梶原に渡す俣野の、ピンと張った勢いと迫力もとっても良いです!!!

いよいよ試し斬りのときがやってきます。
六郎の様子を語る竹本、「目元にほろりと一滴 わつと泣くよりいぢらしく」と聞こえてきて、またその様子を見た梶原の何とも言えない表情も切なくて。

折悪しく(いや、芝居的には最高のタイミングで)梢が戻ってきます。
事の流れを理解して、動転する梢。
しかし必死の抵抗むなしく、足軽に肘鉄砲を喰らって気を失ってしまいます。


大変に細かいところなんですが、梢、倒れるときに頭を床につけないんですよ。。
頭(鬘)を壊さないように、ということですよね。
鬘は結構重さがあると思うのに、頭を浮かせたまま、自然に倒れているように見せるってすごいことだなぁと思います。
気付かないだけで、こういう少しずつのすごさの結晶なんだろうなぁ。


この場面、梶原の頭の中には考えがあるわけです。
結局、この刀は一人目は真っ二つに斬りますが、二人目の縄を切ったところで止まります。

六郎太夫は斬られなかった。
「二つ胴」としては失敗です。

細かいとこですが、二つ胴の前に水で清めた刀をざっと振る梶原、かっこいいので注目です。笑

粗悪品を摑まされるところだった、と帰っていく大庭・俣野兄弟。俣野、帰り際まで嫌なやつー!笑

しかし梶原の表情をご覧あれ。
晴れ晴れとした、温かい顔をしているのです。到底失敗とは思えない。

それもそのはず、梶原はもちろんわざと失敗したのです。
父娘が源氏方であるのを、刀の銘から知っていたこと。そして自らも、平家方についてはいるが、心の中は源氏方であること。
この辺の事情を説明する梶原のセリフにまた聞き惚れるのですよ。。

で、ここへきてやっと石切なのですが、
石ってそれ切るの?!という。笑

なんと神社の手水鉢を真っ二つに切るのです。

いや、すごいけれども!確かに名刀だけれども!!
なんか罰当たりそう。。笑

何はともあれ、名刀に間違いなしというわけで、梶原がこの刀を三百両で買い取ることを約し、三人は梶原の屋敷へ向かうのでした。

最後、幕が引かれてからもしばらくお芝居が続きます。
こういうの、何だかちょっと長く楽しめた気がして好きなんです。単純。笑


■まとめ


はぁ、、何とも濃厚な舞台でした。味わいました。
又五郎さん大庭の貫禄、歌昇さん俣野の勢い、歌六さん六郎太夫の温かみ、米吉さん梢の可憐さ、
そして何と言っても吉右衛門さん梶原の圧倒的な大きさ。かっこよさ。気持ちのよさ。

加えて、歌舞伎らしい、現代から見たらとんでもない演出がいろいろ楽しめるのも嬉しいところです。
二つ胴の場面に使われる、ブラックジョークのような小道具。
ばっくり割れる(のに中の水には特に支障がない)手水鉢。

それから、先述した梶原と俣野との二人できまるところとか、梶原の刀の検分とか、そういう絵として記憶に残しておきたいような場面もあって。

歌舞伎を観たー!という感じの充実の一幕でした。

今月は月の前半に昼の部を観られたので、もう一回くらい行けるといいな。
昼の部は仕事帰りに行けないので、一度目は早めに観に行っておかないと、「もう一回観たい!」と思ったときに手遅れになるのだと最近やっと学びました。笑

 
プロフィール

わこ

◆首都圏在住╱平成生まれOL。
◆大学で日本舞踊に出会う
→社会に出てから歌舞伎と文楽にはまる
→観劇5年目。このご時世でなかなか劇場に通えず悶々とする日々。
◆着物好きの友人と踊りの師匠のおかげで、気軽に着物を着られるようになってきた今日この頃。

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